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職業病から始まった 恋のナンチャラの予感
ヘルプ勤務地は、某夢と希望の魔法の国の近くだった。ほら、6本指のネズミがいるあそこ。アメリカ製メルヘン王国。
物流業界、長いとねー
あの一帯は、客か仲間か、はたまた敵か、ワンサカいるエリアなのさ。
電車に乗ってれば、王国のトレードマークな耳付きカチューシャつけてる珍妙なお嬢さんと隣り合わせだけど。この物流業界に、どっぷり浸かった人間たちにとっては、違う場所だ。
そうはいっても。
夢の国付近までの通勤定期持ってたら、遊びに行くことを考える、こともあるわよね。
…でも、どうにもあたしは、行きたいとか思う気が起きずにいた。
アレって、子供っぽいな、とか思っちゃうんだよね。三十路でキャラクターグッツとか集めるんじゃねえ。とかね、思っちゃう。
…そんなあたしは、女子として終わっちまってるんだろうか?
ヘルプで飛ばされた職場は、日々 50人程度で回る4階建倉庫だった。ここでのあたしの仕事は、日々電話番と細かい雑用。
…そうはいっても、貧乏性なあたしは、どうにもヒマが好きじゃない。
今だって、事務所の書類を片っ端からひっくり返しては、不備書類から申請漏れまで日々チェックして片付けていた。
「お疲れ様。」
この事務所には、作業員とか出入り業者が顔を出しては、入退室記録を書きにくる。さっきも、日常清掃のオバちゃんが「この天気じゃモップが乾かないわね」ぼやいて帰って行ったばかりだった。
「忙しそうだね」
若干、馴れ馴れしいこのオトコは、えーっと…ウチとの協力会社(業者ともいう?)のオトコだ。ウチの商品センターと荷主さんを情報ソフトで結んで、入出荷データの運用をサポートしてくれるカイシャの人。
「あれから、どう?」
SE っていうの?こーゆーひと。
仮にも業者ならスーツで来るもんだと思ってたのに、ここは荷主さんが自由だからか、この人は いつも ラフな私服。
たぶん、見た目、同年代。
悪い顔立ちじゃないけど…気さくなオトコは、すっかり警戒するようになったのがこの頃のあたし。
もはや、極力 踏み込んだ会話を避けていた。
なのに、このオトコは、いつも悪びれなく、人懐っこい笑顔でいるのよねー
名前は加藤、だったかな?スラッとしたキレイな王子様みたいなオトコで、みるからに話が巧くてチャラそうな雰囲気が、好かんのよ。
あたしの警戒心もフル放置で、加藤さん(だよな?)は話し続ける。
「さっき、品川のセンターに行ってきたんです」
カバンから封筒を取り出してきた。
…品川のセンターってことは、ここの荷主さんの総本山かな? ウチが、もともと付き合ってる客先。
加藤さん(たぶん、加藤さんだ。もう、加藤さんと思おう!)は、ウチとあっちとあっちの本社含めた各拠点の情報システム保守を担当しているんだとさ。あまりに、ここのお客さんのことを知ってるから、出向社員とか、グループ会社かなんかと思ったんだけど、ただ単に付き合いが長いらしい。
「ここは、最近立ち上がったばかりだしね。」と、気遣ってくれるのか、頻繁に顔を見る。
…そんな、しょっちゅう気にしなきゃいけないショボいシステムじゃなかろうし…
むしろ、なんかの口実なんじゃないかな? 最近は、品川の総本山からの回し者なんじゃないの?と、疑い始めた。
加藤さんが、こちらの疑いも意に介さず封筒を開きながら言う。
「柏木さんって知ってる?柏木アシスタントマネージャー」
柏木アシスタントマネージャー、かあ。
あー 名前だけなら聞いたことがある。確か…現場たたき上げで次長級にまでなった女の人って、聞かされた。
そんとき、ちらっと思ったんだよね。女で現場叩き上げって、ナニモンよ?…怖っ!!
「会ったことある?」
いや。フルネームすら知らんばい。
むしろ、その人が出てきたときは、一番ヤバいんじゃないの?知らないままが花よね、こーいうのは。
加藤さんは、よく会うのか、
「…柏木さんから、スポンサー優待券、渡されたんだ。」
じゃーん!と言わんばかりに、封筒の中身を開けて見せた。
扇のように出されたのは、例のテーマパークの優待券。ほら、ここのご近所の…ネズミーランド。
うわ、要らねー あたしは、用無いな。
むしろ、テンションが下がるあたしを余所に、
「こっちで行きたい人がいたら、渡してあげてだって。」
加藤さんはテンションが高かった。それどころか
「うわ、コレ タダ券だ。」
テンションが上がったまま、渡してこない。
あーはいはい。だったら、持って帰れば?彼女とか、気になる子と行けばいいのに。
「皆に聞いてみます。」
事務的に受け取ろうとするあたしを、加藤さんは 「ああ、ごめん」と封筒へ戻して手渡してきた。
コレで帰ってくれれば、加藤さんもまだ可愛いんだけど。
「柏木さん、なんか 姐さんみたいな人でさ。」帰るどころか、がっつり世間話をしていくのが、この人だ。
相手にするのも、若干面倒になってきたので、あたしは、パソコンの画面に浮かぶ申請書類をやっつけ始めた。
「柏木さんって、こーいうの、ポンとくれたり、いきなり業者集めて飲みに連れてってくれたりするんだよね。」
ふーん。確かに気前いいかも。ネズミーランドの入場券を(しかもタダ券)、景気よく渡しちゃうなんて。
「御自分が行かれてもいいのに…申し訳ない心遣いですね」
加藤さんが視界の端で頷いているのが見えた。
「結構 興味の無いモノには、バッサリな人なんですよ。たぶん、一回会えば分かるんですけど…」
「バッサリ?」
つい、聞き慣れない単語に手が止まった。いかんいかん。
「『こーゆーモノに、興味がないオンナもいるのよ』って」
ふうーん。
堂々と言っちゃうんだ。カッコいいかも。
あたしも…変わってるって思われながら、やってきた。だからこそ、時として、思うんだよね。
一番楽な生き方は、オトコが好きそうな流行を愛する平均的なオンナノコの趣味を追い求め、その仮面をかぶり続けること。
永遠に、オンナを出してはだめ。
永遠に、オンナノコで居続けるべし。
でも、あたしには、出来なかった。
どうしても、「オンナノコ思想」にも「オンナ哲学」にも馴染めなかった。
カッコいいオトコと、どこで なにして どんなのをプレゼント貰ったとか。そんな感じでオトコに大事にされるオンナのセオリーが どうにも羨ましいとか、思えなかった。
…って、はっ!!
遠くの妄想から帰ってこなかったあたしを、加藤さんは見逃したかのように呟いた。
「僕も、そういう人、嫌いじゃないんです。むしろ、僕も、そっちの人間だし。」
加藤さんが髪をかきあげる。
「権田さんもそうでしょ? ごめん、勝手に僕が思いこんじゃってるだけだけど。」
その時だった。
なんかこのオトコ、適当なこと言ってるけど点そんな事より、気になることがある。
…この人、言葉よりも実は、ちゃんとした生活送ってる人だ…
いきなり、そんな事を考え始めるのも、訳がある。物流業界で、作業員の手配をやっていると ついついそういう「観察眼」が育ったりする。言うなれば、これは職業病。
あたし達、人材派遣の部門で作業員の手配業やってる人間にとって、作業員の人選は、成績直結の生命線。これ一つで、売上は大きく変わる。だから、作業員の手配業をずっとやってると、相手の何もかもを、全て一つ一つ、つぶさにみるようになる。それこそ、話し方、仕草、言葉の選び方、考え方、もろもろ。
その人の特性とか背景を探りつつ、どこの現場で何をやって貰えば、本人と現場が喜ぶか…常に思考回路がそっちへ進む習性が有る。もはや、職業病と言うより、ビョーキかもしれない。
だからだ。
目の前の加藤さんの肌に、少し驚いた。
このオトコ、キレイなオトコだ。キレイすぎる。
まず、髪がキレイだ。そして、おでこの生え際もまた、キレイ。もちろんこれは「内面性のキレイ」とリンクしたキレイだ。
自分で言うのも変だけど、あたしの直感は、だいたい当たる。
髪も肌もキレイな人は、基礎的な生活サイクルが保たれてる人に多い。なぜなら、頭皮と顔の皮膚は、同じ血液で栄養が回っているので、本当の食生活は、この二つを見れば分かる。
この…目の前のオトコは、多分、どんなに朝が早い現場でも 遅刻とか欠勤しない傾向が高いと思う。だって、ソフトウェア開発やりながら、こんだけの肌艶維持してるんだもん。ちゃんと、自分の生活リズムの守り方を分かってる。しかも、出来ない約束もしないタイプだ。
念のため、こういうとき、最後に確認するのは、歯。
虫歯で奥が黒い人は、どこかでだらしなかったりする…この根拠は、あたしの経験と勘だけど。
あ。
…すごいな。そこには、予想通りの認めたくない結果があった。それは、あたしの中で、「コイツ、珍原種かも」直感した瞬間でもあった。
このオトコ、あたしがみてきたのとは、何かが、全く違う。
…なんだろう。とにかく違和感がする…言葉にできないけど、直感でそう思うの。
「どうかしました?」
誤魔化すように、間髪入れずに答えた。
「いえ、なんでもないですよ」
なんで、沸き起こるこの感覚に、説明が付けられないんだろう?自信を持って「このオトコは、こういう系」カテゴライズが出来ないでいる。
あたしだって、作業員の手配業、伊達にやってた訳じゃない。そこそこ長いけど…ちょっと分からないワ、このオトコは。
取り敢えず、アタマのもやもやを振り払いたくて、話を変えた。
「そうそう。柏木さんって、こちらにも いらっしゃる可能性って、あるんでしょうか?」
「さあ、どうだろうな。柏木さんって結構上の人だから。そう簡単には出てこないと思うけど…」
加藤さんが、首を少しだけ傾げた…なんだこのオトコ、天然で可愛いく見えたぞ。
幸か不幸か、あたしは、ますますアタマのもやもやを振り払えずにいる。
この日以来、物流業界で、コーディネーターやってきた経験と勘へ注釈をつけるべく、あたしは、今日から 悶々と考えることになるんだけど。
それがどうも 職業病でなく、恋のナンチャラと認めるのは、随分 先の話。
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