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試験前に掃除がしたくなる気持ち。
柏木って言う人が「見送りは結構」颯爽と帰っていった後、武藤の親父さんと二人部屋に残された。
むしろ、事務所に残りたい気分だった。
いても経ってもいられないさっきのご来訪。
いきなり、物流センターの経費を15パーセント削れだなんて。
「どうします?」
いきなりすぎる。まぁ、いきなり来るから、驚くんだろうけど。
「どーかするしか、ねえだろう。」
苦笑いをしながら、こちらを見返してくる。
何をどうするかの具体的な答えは、簡単に貰えそうも無くて、でも、いても経ってもいられない不安を落ち着かせたくて。
「しっかし…」
とりあえず、何でもいいから、しゃべり続けたかった。
「今の人、何なの?あの高圧的な態度!」
「そうか? 俺は、ただの青二才に見えたけどな。大したことねぇよ」
心配するなという口調で、宥めスカされてしまった。宥められてもなぁ、アタシは気に入らないんだよねぇ… 人を小バカにしてきたあの態度がさあ…
「なんだよ、シケた面しねぇで笑えよ」ホレ、と麦茶が差し出される。
「親父さんほど大人じゃないんですよ、どーせ」天井を仰いだ
「まぁ、困ったときは、倉庫洗いからと相場が決まってら」
天井も仰ぎ飽きてそろそろ体勢を変えた時に、親父さんが呟いた
「倉庫は、ハコと物と人だ。ハコは、会社の物だから、いじらなくていい。残り二つを洗ってみるところから、話が始まるだろうな」
その二つにはぁ、とため息が漏れてくる。
100名のパートを抱えるこの物流センター。若干、ゆるい気質だとはいえ
「だからといって、解雇とかやりたくないよ~」首を申し渡すだなんて、やりたくない。
一番安直で手っ取り早いかもしれないけど、やりたくない。
そして勿論「バカヤロウ、簡単に口に出すんじゃねぇ」勿論、上司の決済が降りるわけが無い。
「人足を大事にしてこそ、一仕事だ。」そこまで一息に話して、二人でため息が出てくる。
「ま、お前さんが苦手なゼニ勘定から始めるべ」
親父さんが、「話はここまでだ」と言いたげに席を立つ。
「倉庫に関わる全部の数字をだせや。端から端まで全部な」
「今いきなり言われても。どこが端でどこまでが端なのかも、あいまいなのに。」
「うるせぇ。人と物。今はそれしか無ぇんだから、端も富士もあるかっての」
そこまで言うと、親父さんは、本当に部屋から出て行った。
一人残された事務所で、思い出したように外線がなり始める。
その電話に、すがるように。アタシは、受話器に手を伸ばした。
三日後。
例のツンケンした顔のまま、あの柏木が来た。
「急に印刷したいものがある。パソコンとプリンターが借りたい」んだそうだ。
そんなの、見え透いた建前だなぁと思いながら、素直に事務所へ通した。
聞かなくても分かるわよ、進捗を見に来たんでしょ?
そして、向こうもあえて何も話しかけてこないのが、なおさら無言のプレッシャーだった。
いてもたまらず… 私は、事務所の外に逃げ出した。
ぶっちゃけるとね、何もやってないのよ。
だって、わっかんないんだもん。
親父さんには、「倉庫に関わる全部の数字をだせ」って言われたけどさ。
簡単に言うけど、資材の費用とか、人件費とか、業者に払ってる別途の工賃とか、電気代とか、車両維持の税金とか、項目を挙げたらキリが無いわよ?
全部で何項目あるのか、数えるのも途方にくれる。そもそも、挙げきったところで、まだ挙げきってないんじゃないかという不安と隣り合わせになるだろう、手間がウザッタイ
そんなわけで、「わかんない」を理由にズルズルと逃げ回ったら、3日ぐらい過ぎてしまった。
学生時代、試験前になると無性に部屋を掃除したくなるのを覚えてる。
今はそれに近い感覚。
パートのリーダーたち5人から、ひっきりなしに電話が掛かってきてる…気になってしまう。
「ヤードで、業者のドライバーが無茶を言ってきています。何とかしてください」
それぐらい自分で何とかしてくれないかなぁ?と思いつつ、呼び出されたり、
「出荷計画に記載されてない商品が、大量に来てます。どう裁きますか?」
こっちが寝耳に水の仕事が飛んできたり
「梱包資材がもう足りないです。緊急発注していいですか?それとも、代替品つかっていいですか~?」
判断を頼まれる連絡がきたり
「よく分かんないクレーム電話来ました。助けてください」
電話越しに、事務所の女の子が泣きそうになってる緊急連絡がきたり
「出荷リミットに間に合わないから、ヘルプを他所に頼んだんですが、断られました~」
「今日の処理量が多いのに、ヘルプ依頼が来ました。キャパ超えしてるから断りたいんですけど、ヤダって言っていいですか~?」
二部署が険悪になってるのを仲裁に行ったり。
アタシ、「今日は忙しいからまた後日」で逃げていいよね?許してくれるよね?
そんなことも数日過ごせない事を知りつつ、柏木が帰るのを一番祈ってた。
祈りが通じたのか、奴は、思いの他、さっさと帰っていったそうで。
あーよかった、と思いつつ、逃げ切らせてくれるかなぁとみんなの足音を聞きながら呆然と思ったりした。
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