サハリンで亡くなった日本人の合同慰霊祭
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ロシア極東のサハリン、もとの樺太で25日、戦前、日本が統治していた40年間に、現地で亡くなった日本人の合同慰霊祭が行われ、日本から訪れた元住民や子孫などが肉親を追悼しました。
日本が1905年から40年間、樺太として統治していたサハリン南部には、1945年8月にソビエト軍が侵攻するまで、40万人余りの日本人が暮らしていました。
サハリンの中心都市ユジノサハリンスク、もとの豊原では25日、現地で亡くなった日本人を悼んで、元住民で作る団体が、去年に続いて合同慰霊祭を行いました。慰霊祭には、北海道や東京などから元住民や子孫などおよそ50人が参列し、祭壇の前で手を合わせて肉親を追悼しました。
サハリンには、北海道の支援を受けた元住民たちが毎年、墓参のため訪れていましたが、12年前に事業が打ち切られ、元住民の高齢化も進んでいることから、現地での慰霊が難しくなってきています。
当時の樺太で4歳まで過ごしたという北海道岩見沢市の鎌田勇さん(74)は「戦後初めて訪れました。姉などを追悼することができて、胸がいっぱいになりました」と話していました。
サハリンの中心都市ユジノサハリンスク、もとの豊原では25日、現地で亡くなった日本人を悼んで、元住民で作る団体が、去年に続いて合同慰霊祭を行いました。慰霊祭には、北海道や東京などから元住民や子孫などおよそ50人が参列し、祭壇の前で手を合わせて肉親を追悼しました。
サハリンには、北海道の支援を受けた元住民たちが毎年、墓参のため訪れていましたが、12年前に事業が打ち切られ、元住民の高齢化も進んでいることから、現地での慰霊が難しくなってきています。
当時の樺太で4歳まで過ごしたという北海道岩見沢市の鎌田勇さん(74)は「戦後初めて訪れました。姉などを追悼することができて、胸がいっぱいになりました」と話していました。