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ゆみっきーのハピログ!

ディズニー系ブログ。大河ドラマ真田丸、ポケモンGO、ボウリングその他雑記も。

どん底から這い上がれ。誰にでも希望はあるから。

日記
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こんにちは。ゆみっきーです。

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今日だけ、家に居ることを辞め、ホテルに滞在することにしました。

突然どうしたんだ!?って思わないであげて下さい(笑)
この記事は、今日という日を迎えたら書こうと思っていた記事です。
私の過去を綴らせて頂こうと思います。人生の中でどん底を経験してきました。
以下に綴るのがどん底から這い上がろうともがく今の、真の「私」です。

ずっと感じている空虚感

もう、ずっと感じています。
何をしても満たされない。
常にある虚しさ。
私は、「私の人生」にずっと苦しんでいます。

「いじめられっこ」だった中学時代

中学2年生の時、気づいたら友だちは居ませんでした。
中学校に行くのが嫌で堪りませんでした。
派手にいじめられている訳でもありませんでしたが、陰口は日常茶飯事。
先生が「グループになって」と言われた瞬間、消えたくなりました。
誰のところへ行けば良いの?
誰の所にもいけずにひとりぼっちでした。

それを親にも言えませんでした。
父親はすぐに怒る人間で、それに怯える日々。
友だちが居ないことを言ったら、怒鳴られる。
実際、怒鳴りました。
母親も守ってくれませんでした。
怒鳴られる私を全く庇ってくれませんでした。

テストでクラストップだと言っても、褒めてくれない親。
それが当たり前と言わんばかりに。むしろ、ちょっとでも成績が落ちれば怒鳴る父親。クラス上位でも怒鳴る父親。庇ってくれない母親。
日々泣き続けました。
どれだけ頑張っても報われない。
私の存在自体が否定されている感覚で毎日を過ごしました。

元・精神疾患患者

高校進学とともに友だちをつくろうと頑張りました。
けれど、出来ませんでした。
「おとなしい子」
たったそれだけで、みんな離れていきました。
高校自体は進学校で、ごく普通の公立高校でした。
いじめられた訳ではないけれど、わたしの周りに誰もいない。
図書館に居る時間が多くなりました。
学校へ行かないこともしばしばでした。
修学旅行も行きませんでした。
つらい思い出をつくるくらいなら行かない、と。
それでも学費を払ってくれる親に悪いという気持ちでなんとか卒業だけはしました。

そして、高校1年の時に、友だちが出来ない私を親が心配し、心療内科へ行くことに。
私もこれで楽になれるならと行くことにしました。
そこでついた診断は

統合失調症

「(他の人の会話の)笑い声が、私が笑われているように感じる」
この主訴のみで、統合失調症の診断がつきました。
すぐに統合失調症の薬が処方され、薬漬けになりました。
当時は薬漬けだと思っていませんでしたが、今の職場に就職したばかりのころ、この医者がやぶだと知ることに(笑)この話は後ほど。
けれど、自分で病院へ話に行きたくても、お小遣いは無く(どうやって生活していたのか分からない。思い出せない)お年玉も親に使い込まれ(当時はこれが普通と教えられていたが、本当の普通の家庭はお年玉は子ども名義の通帳に入れ使わない。嘘を教えられていました(苦笑))、田舎の心療内科だから、行く手段は親の車に乗せてもらうしかなくて。
それに、薬漬けで頭がまともに回らなかった。
考えられなかったです、何も。
中学の時はそれでも上位に居た私の頭は、進学校の高校卒業時には最低レベルになっていました。

大学へ

レベルはとても低い大学に、(一応)行かせてもらいました。
といっても学費は全額奨学金。
実家から通える範囲。
定期的にアルバイトもして、はじめてまともなお金を手にしました。(お年玉は没収され使い込まれていたから。奨学金用に親から渡された通帳の残高4万円。私の貰ったお年玉の総額は桁が1つ上がる。)
そのアルバイト代で初めてまともに洋服を買いました。
高校のとき、周りは親に服を買ってもらっているのに、親は全く買ってくれなくて。(親のお古とか)
高校の長期休みにアルバイトして、ようやくまともに服を買いました。
その服は何年も大切に着ました。大学のアルバイトでやっとまともにおしゃれが出来ました。

そして、大学では初めてサークルに参加し(中学高校は親の意向で帰宅部、選択肢無し)、薬漬けで頭が回らないなりに勉強もし、いくつか資格も取得しました。
ようやく大学でそれなりに充実した学校生活が送れました。
友だちもできました。今でも付き合いがある数少ない友人です。

新卒で就職した「営業職」

営業ノルマにあっさり打ちのめされ1年で辞めました。

そして今の職業

介護職」です。
何かと話題ですね…。
現在は介護福祉士まで取得し、薄給低賃金ながらそれなりに頑張っています。

統合失調症について、サードオピニオンまで行った結果

就職して、車を買って(ローン全額自分で支払いました)自分の行動範囲が広がり、ある日「セカンドオピニオン」という言葉を知った私。
別の心療内科へ行きます。
とにかく救いを求めていました。
最初のヤブ医者には精神障害者認定はすぐにしてもらえるとさえ言われましたが、心療内科以外の科へ通院すると必ず言われる「統合失調症では無いように見える」。
薬の飲み合わせを見てもらうために必ず持って行ったお薬手帳。
それで、行くと必ずと言っていいほど聞かれた精神疾患名。
統合失調症と言うと、「え?本当に?」と驚かれていました。
だから、疑っていました。
私、統合失調症では無いのでは?

ようやく行けたセカンドオピニオン。
そこで「違う気がするし、薬も多すぎる」と言われます。
あっさり減薬スタート。
結果、種類は大幅に減り、量も減りました。
けれど統合失調症の診断が違うとまで言われない。
私は、そこでさらに違う医者を探します。
そしてサードオピニオンへ行くことに。
セカンドオピニオンの先生に診断書を作ってもらい行きました。
サードオピニオンの先生の所で色んな検査を受け、最終的には

統合失調症は誤診であり、何でも無いと言われました

将来的に発症することはあり得るけど、現時点で統合失調症とは言えない、と。
この結果に辿り着くまで、10年
ひとつ、自分で決着をつけました。
今は、何も薬を飲んでいません。
けれど、10年棒に振りました。今でも無駄に過ごした長い10年だと思っています。

介護施設に就職して知った「真実」

一番最初の医者はヤブ医者

たまたま、その施設の看護師から心療内科の話を聞くことがありまして。
その看護師が「あの医者評判悪いし、薬もやたら多いし、信頼出来ないから」ってwww おい

私が信じる考え方

最後に信じられるのは私だけ。

私の根底にあり続ける考えです。
常にひとり行動を愛し、上辺だけの付き合いしか出来ない現在の根底にあるのがこの考え方です。
統合失調症という誤診を解決したのは、私。
連れて行ってくれたのは親だけど、連れて行っただけ。
私は楽にならなかった。寧ろ苦しんだ。
親は連れて行くことだけで満足していた。
もう周りの人のことも信じられない。
信じて裏切られた時のことを考えるなら、私ひとりでやる。
ひとり行動を愛する根源です。

私はAC(アダルト・チルドレン)です

自覚して3年くらいは経ったでしょうか。
たまたまネットで知ったアダルトチルドレンの言葉。
機能不全家族の中で育っていたことに気づいたのです。
今でこそ「毒親」って言って、知られるようになりましたが、それまで毒親について知りませんでした。
私の場合、父親が毒親です。
常に私を怒鳴り、脅し、自分の思い通りにしようとした。
「俺の言う通りに過ごせば間違いない」と口癖のように言い続け、私を一人の人格を持つ人間として見てこなかった父親。
そして、それを見て見ぬ振りをして守ってくれなかった母親。
私は自分の事しか信じません。
けれど、自信がありません。
物事をちゃんと遂行出来ても自信がありません。
また、今でもよく「過小評価している」と上司に言われます。
「もっと自信を持っていい」とさえ言って下さる上司に感謝していますが、その言葉を信じ切れない自分もいます。

心の穴を埋めてくれたディズニー

こうやって自分の人生に苦しみ、何をしても空虚感苛まれ続けた私の唯一の救いでした。
東京ディズニーランドは夢と魔法の王国。
この場所で、いつもとは違う非日常を過ごす時間が唯一の救いの時間です。

今でこそボウリングで体力をつけたいと頑張ったり、真田丸やポケモンGOのためにアクティブに過ごしていますが、それでも空虚感は常に隣にあり続けています。

冒頭に話した、家=実家なんです。
ここのところ、ずっと実家の居心地の悪さを感じていました。
そもそも、この歳で実家暮らしをしている時点で「甘え」「自立出来ていない」「我が儘」であることも分かっています。
けれど、実家を出るにお金がありません。
ディズニーへ行くの辞めろって言われても仕方がありません。
けれど、今の私が働く、生きるための唯一の支えなんです。
それに、介護職は一度就職したら他業種への転職は困難。
出戻りが非常に多いです。そして薄給低賃金。
この職種に就いてしまったのは私のリサーチ不足でありますし、自分が悪いです。

今日だけ、ホテルへ逃げました。
一人きりで過ごす時間が欲しかった。
けれど、実家に居る以上すぐに一晩きり意味なく逃げることを許す親ではないことも分かっています。
表向きは意味なく出ることは初めてです。
けれど、私が私でいるために必要な時間でした。
実家にいればどうしても顔を合わさなければならない親。
そこに居るのがどうしても嫌で逃げました。

そして、ようやく本心や本当の私を語る決心も出来ました。
本心を語れば、少し楽になれるかなと。

批判も多い内容かもしれません。けれど吐き出せて良かった。

そして、私がブログを続ける理由の1つはお金が必要だから。
実家を出たいけど、お金がありません。
少しでもいいから介護以外の別の収入源が欲しかった。
だから、ゆっくりでもこのブログは続けます。

ブログは私が見つけた居場所です。
いつも読んで下さる皆様に本当に感謝しております。

今はまだ、空虚感に襲われる日々を過ごしています。
けれど、陽はまた昇ります。その太陽が明るく、嬉しく感じる日を目指して生きていきます。人生のどん底を見た私ですが、時間が掛かろうとも絶対に這い上がります。幸せと言えるようになりたい。

そして、次の記事からは通常運転に戻します。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。