国際オリンピック委員会(IOC)はロシア選手団のリオデジャネイロ五輪出場の可否を、各競技を統括する国際連盟(IF)の判断に委ねた。ドーピング一掃へのハードルは高い。
もしIOCがロシア選手団をリオデジャネイロ五輪から全面除外する決定を下していたら、と考えてみる。
「五輪は公平性が保たれた」「クリーンな五輪が実現した」という称賛の声が上がる一方で、「薬物に手を出していない選手にとっては不公平」「連帯責任はおかしい」という意見も浮上したことだろう。
ブラジル経済は打撃を受ける。ロシアがリオに送り込む四百人近い選手団が消えるばかりか、同国メディアや関係者、競技観戦を目的とした観光客のキャンセルも相次ぎ、五輪を契機とした財政再建をもくろんでいた政府や企業に影響を与えることは必至だ。
個々の選手や競技団体と契約を結ぶスポーツメーカーなどの各企業も広告、販売戦略の見直しを強いられることになる。ロシア向けの放映権料にも影響は及ぶだろう。
今やこれらの五輪ビジネスは巨大市場となっている。一度に千億円単位の金額が動くこともあり、その規模は冷戦時に東西両陣営のボイコット合戦となった一九八〇年モスクワ大会、八四年ロサンゼルス大会の比ではない。
IOCとロシアの関係にも遺恨を残す。米国や追従する欧州各国はロシアを除外することに賛成する。しかしロシア政府はドーピング問題については一部の選手やコーチらが判断したこととし、欧米の主張はウクライナなどをめぐる対立を背景としたスポーツへの政治介入とまでいっている。
組織ぐるみの不正の中での個人の権利、経済的な影響、スポーツ大国であるロシアとの摩擦を避けたいという思い。これらを考え合わせれば、今回のIOCの決定はギリギリの判断で下されたものであり、その落としどころに一定の理解はできる。
ただ、一連のロシアと薬物の問題が、五輪に大きな汚点を残したことは間違いない。その責任はロシアだけではなく、本来は鍛え上げた技術と体、崇高な精神を競う場であるスポーツの祭典を、巨額の金銭や政治も介入する大会に肥大させてしまった五輪組織そのものにもあるはずだ。五輪の原点を、四年後の東京大会に向けて問い直したい。
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