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昭和48年の出来事を、信平信子は、涙ながらに
「恥ずかしい話」忘れもしない家族を犠牲にし
てきた話を、週刊新潮に告発手記として掲載した。
でも、その内容は週刊実話にもっとエゴい話と
して連載する。
昭和48年レイプ被害を受けながら、厚顔に昭和
48年2月度本部幹部会参加者記念文集で、自らの
デタラメ入信動機を書いている。
この信平信子の入信動機が掲載されている第五巻
について、同文集に同じく掲載されていた草創の
北海道方面婦人部幹部に、記念文集発行までの記
録を確認したところ、先生の発案で、昭和48年9
月に原稿用紙にて入信動機をまとめる指示があり、
原稿が集まったのは晩秋頃、出版印刷配布は昭和
49年春頃と確認した。つまり、信平信子は、レイ
プされてから、この記念文集の原稿を書いたこと
になる(-_-)
厚顔の人物ですね。レイプされて平然とデタラメ
入信動機を原稿用紙に書いて提出しているわけで
す。ひかりさまが述べているとおり、内容はぐち
ゃぐちゃ、ろくでなしのお父ちゃんとの生活が
よく描かれています。後日、資料紹介が終わって
から簡単なフロ-をまとめて説明します。
私は、信平被害者の会が出来る前に、函館に入っ
て、不信感一杯の現場組織で、これらの資料展開を
行い皆で大笑いして、疑念を払拭してきました。
さて、信平ネタの資料がまだ有りますので、添付
します。
昭和40年発行 婦人部体験集「私の歴史」ここ
にも信平信子が出ています。大笑いして?
http://
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