ルーシーはムーンフェイス
あれは18のときだったか、おれが失われた時を求めてを読んだのは。
すっげーおもしろかった。
長い長いって話ばかり聞いてたけど、そんなのあまり気にならなかった。
単純におもしろいから。
おれにとって幸いだったのは、学校のお勉強で本を読まなかったってことだ。
単に好きで読んでた。
だから体系的なものやアカデミックな解釈はまるでわからないけれど、
代わりに何の先入観もなく作品を読むことができた。
ベケットにしたって難解さばかり強調されてるけど
おれがベケットでびっくりしたのはそのポップさだった。
難解なだけの作品なんて幾らでもあったけど
ベケットはその上で単純に笑えておもしろくて仕方なかった。
日本に蔓るひでーベケット研究者に教えてもらってる大学生はかわいそうなもんだよ。
妙な先入観に縛られて作品の魅力を味わえないんじゃないか?
まあ大学生なんてくたばっちまえばいいけどね。
それはともかくとして、失われた時を求めてだ。
おれはそのときプルーストの感覚記憶装置に感嘆した。
こいつはすげえやって、ずっと心に引っ掛かってた。
そしてあるとき閃いたんだ。
おれは音楽が好きなんだから、そいつを記録しとこうって。
それからというものおれはその時期その時期によく聴く曲をMDに纏めて録っている。
そいつは今では60枚以上にもなる。
おれの15年の記憶がそこに詰まっていて、おれはいつでもそのMDを聴くことで
その時期の記憶と匂いを引き出すことができるわけだ。
素晴らしい発明じゃないか。
おれだってマドレーヌ菓子をかっ食らうひきこもりの真似事ぐらいはできたわけだ。
がしかし、最近どうも気付いたことがある。
なんとなくその昔のMDを聴いてたときだ。
そう、素晴らしい楽曲の数々。
我ながらいい選曲だな。ん?こんな曲も聴いてたのか。うおーこの曲たまんないな…
と素晴らしい曲たち。音楽は素晴らしい。
ちまちまこんな作業をしてた甲斐があったってもんだ。
しかしどうも時折いやな影が走る。
ハッとした。
そうだ、おれには思い出したい記憶なんてなかった!
なんということだ。
せっかく作った感覚記憶装置がこんなことになるなんて!
なんかあれだ、自分のクローン人間を作ったはいいものの
他者として対峙した自分がクソみたいな奴でこいつ死んでくれねえかなと思うみたいな。
博士よ、あんたの研究は何だったんだ?
こんなはずじゃなかったのに!
音楽や匂いが記憶を運んでくれるというのはステキな出来事だと思うが
おれのような人間には全くもって迷惑極まりないものらしい。
がしかしどうしてもある種の風景を思い浮かべざるを得ない曲というのがある。
つい先日もYOUTUBEを漁ってたら奥田民生が歌うルーシーに出食わして
茫然と青春時代というものを思い浮かべていた。
まだ音楽に目覚める前、小学生のおれの耳に聴こえる音楽といえば
ユニコーン、スパゴー、ジュンスカ、電気といったところだった。
TVKを見て育ち、姉がユニコーンの追っかけなんかやってたら
これらのバンドは避けて通れないわけだ。
ルーシーってのはほんとにいい曲で、
そしてまた澄み渡った青空と青春を想起せざるを得ない曲だ。
胸が締めつけられて、たまらない気持ちになる。
だけどおれは青春時代というものを経験したことがないから
そのとき他人の青春を思い出していた。
そう、おれのような人間というのは他人の光景を拝借することで
自分のカタルシスを成就させる生き物なのだ。
小学生のおれはオンボロ団地の4階に住んでいた。
1階の家の家族には、高校生くらいのお兄さんがいた。
そのお兄さんは学校に行くわけでもなく、ずっと家の中にいて
まあいまで言うひきこもりだったようだ。
おれはそのお兄さんの顔を認識してる程度の間柄だったけど、
時折親がそんな話をしているのを耳にして、
なんとなくそんな状況だというのはわかっていた。
あるとき学校が終わり家に帰ると、珍しくそのお兄さんが家の前にいた。
お兄さんはヤンキーっぽいにーちゃんと話をしていた。
それからというもの度々、学校から帰ると2人の姿を見掛けるようになった。
ひきこもりのお兄さんとヤンキーのにーちゃん。
ときにはヤンキーのにーちゃんの仲間らしき数人が集まって
団地の前の道路脇で話をしていた。
ひきこもりのお兄さんの母親がヤンキーのにーちゃんに
感謝するように頭を下げていたのも見たことがある。
おれはいまでも事情は知らないし、彼らが何を話していたのかもわからない。
これは推測にすぎないけれど、おそらくヤンキーのにーちゃんは
ひきこもりのお兄さんを仲間にしてあげようと
家から出してあげようとしているみたいだった。
小学生のおれの目に、漠然とそれはそんな風景のように思えた。
それから何ヶ月か過ぎただろうか。
その間も家の前で彼らの姿をよく見掛けた。
ひきこもりのお兄さんは少しずつみんなと打ち解けていっているように見えた。
お兄さんがヤンキーのにーちゃんの後ろに乗って
バイクに乗っている姿を見掛けたりもした。
ある日また学校から帰ると、家の前でヤンキーのにーちゃんとその仲間たちに囲まれた
ひきこもりのお兄さんの姿を見掛けた。
お兄さんは髪を金髪に染めていて、まわりのみんなはそんな彼を冷やかしていた。
いまではみんなの仲間になったお兄さんは照れくさそうに、
そしてうれしそうに笑っていた。
あのときのお兄さんの恥ずかしそうな笑顔は、なぜだかいまでもよく覚えている。
青春ってものを思い浮かべるとき、時折このときの彼の笑顔を思い出す。
おれはそれを見ていたという役割に過ぎなかったけど、
それはおれが思い出せるただ一つの青春の姿だった。
とてもとても美しい、青春の風景だった。
すっげーおもしろかった。
長い長いって話ばかり聞いてたけど、そんなのあまり気にならなかった。
単純におもしろいから。
おれにとって幸いだったのは、学校のお勉強で本を読まなかったってことだ。
単に好きで読んでた。
だから体系的なものやアカデミックな解釈はまるでわからないけれど、
代わりに何の先入観もなく作品を読むことができた。
ベケットにしたって難解さばかり強調されてるけど
おれがベケットでびっくりしたのはそのポップさだった。
難解なだけの作品なんて幾らでもあったけど
ベケットはその上で単純に笑えておもしろくて仕方なかった。
日本に蔓るひでーベケット研究者に教えてもらってる大学生はかわいそうなもんだよ。
妙な先入観に縛られて作品の魅力を味わえないんじゃないか?
まあ大学生なんてくたばっちまえばいいけどね。
それはともかくとして、失われた時を求めてだ。
おれはそのときプルーストの感覚記憶装置に感嘆した。
こいつはすげえやって、ずっと心に引っ掛かってた。
そしてあるとき閃いたんだ。
おれは音楽が好きなんだから、そいつを記録しとこうって。
それからというものおれはその時期その時期によく聴く曲をMDに纏めて録っている。
そいつは今では60枚以上にもなる。
おれの15年の記憶がそこに詰まっていて、おれはいつでもそのMDを聴くことで
その時期の記憶と匂いを引き出すことができるわけだ。
素晴らしい発明じゃないか。
おれだってマドレーヌ菓子をかっ食らうひきこもりの真似事ぐらいはできたわけだ。
がしかし、最近どうも気付いたことがある。
なんとなくその昔のMDを聴いてたときだ。
そう、素晴らしい楽曲の数々。
我ながらいい選曲だな。ん?こんな曲も聴いてたのか。うおーこの曲たまんないな…
と素晴らしい曲たち。音楽は素晴らしい。
ちまちまこんな作業をしてた甲斐があったってもんだ。
しかしどうも時折いやな影が走る。
ハッとした。
そうだ、おれには思い出したい記憶なんてなかった!
なんということだ。
せっかく作った感覚記憶装置がこんなことになるなんて!
なんかあれだ、自分のクローン人間を作ったはいいものの
他者として対峙した自分がクソみたいな奴でこいつ死んでくれねえかなと思うみたいな。
博士よ、あんたの研究は何だったんだ?
こんなはずじゃなかったのに!
音楽や匂いが記憶を運んでくれるというのはステキな出来事だと思うが
おれのような人間には全くもって迷惑極まりないものらしい。
がしかしどうしてもある種の風景を思い浮かべざるを得ない曲というのがある。
つい先日もYOUTUBEを漁ってたら奥田民生が歌うルーシーに出食わして
茫然と青春時代というものを思い浮かべていた。
まだ音楽に目覚める前、小学生のおれの耳に聴こえる音楽といえば
ユニコーン、スパゴー、ジュンスカ、電気といったところだった。
TVKを見て育ち、姉がユニコーンの追っかけなんかやってたら
これらのバンドは避けて通れないわけだ。
ルーシーってのはほんとにいい曲で、
そしてまた澄み渡った青空と青春を想起せざるを得ない曲だ。
胸が締めつけられて、たまらない気持ちになる。
だけどおれは青春時代というものを経験したことがないから
そのとき他人の青春を思い出していた。
そう、おれのような人間というのは他人の光景を拝借することで
自分のカタルシスを成就させる生き物なのだ。
小学生のおれはオンボロ団地の4階に住んでいた。
1階の家の家族には、高校生くらいのお兄さんがいた。
そのお兄さんは学校に行くわけでもなく、ずっと家の中にいて
まあいまで言うひきこもりだったようだ。
おれはそのお兄さんの顔を認識してる程度の間柄だったけど、
時折親がそんな話をしているのを耳にして、
なんとなくそんな状況だというのはわかっていた。
あるとき学校が終わり家に帰ると、珍しくそのお兄さんが家の前にいた。
お兄さんはヤンキーっぽいにーちゃんと話をしていた。
それからというもの度々、学校から帰ると2人の姿を見掛けるようになった。
ひきこもりのお兄さんとヤンキーのにーちゃん。
ときにはヤンキーのにーちゃんの仲間らしき数人が集まって
団地の前の道路脇で話をしていた。
ひきこもりのお兄さんの母親がヤンキーのにーちゃんに
感謝するように頭を下げていたのも見たことがある。
おれはいまでも事情は知らないし、彼らが何を話していたのかもわからない。
これは推測にすぎないけれど、おそらくヤンキーのにーちゃんは
ひきこもりのお兄さんを仲間にしてあげようと
家から出してあげようとしているみたいだった。
小学生のおれの目に、漠然とそれはそんな風景のように思えた。
それから何ヶ月か過ぎただろうか。
その間も家の前で彼らの姿をよく見掛けた。
ひきこもりのお兄さんは少しずつみんなと打ち解けていっているように見えた。
お兄さんがヤンキーのにーちゃんの後ろに乗って
バイクに乗っている姿を見掛けたりもした。
ある日また学校から帰ると、家の前でヤンキーのにーちゃんとその仲間たちに囲まれた
ひきこもりのお兄さんの姿を見掛けた。
お兄さんは髪を金髪に染めていて、まわりのみんなはそんな彼を冷やかしていた。
いまではみんなの仲間になったお兄さんは照れくさそうに、
そしてうれしそうに笑っていた。
あのときのお兄さんの恥ずかしそうな笑顔は、なぜだかいまでもよく覚えている。
青春ってものを思い浮かべるとき、時折このときの彼の笑顔を思い出す。
おれはそれを見ていたという役割に過ぎなかったけど、
それはおれが思い出せるただ一つの青春の姿だった。
とてもとても美しい、青春の風景だった。
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