スラムダンクの深津をほめるおじさんについて書きたい。
そのためには、まずスラムダンクの説明をしなければいけないが、これはまあいいだろう。九十年代を代表するバスケ漫画である。読んだことのない人も名前くらいは知っていると思います。
次に深津である。これは少し説明が必要かもしれない。湘北高校が物語の最後で対戦する相手、山王工業のキャプテンである。
深津は作中で一度も笑顔を見せない。徹底的にクールなキャラクターとして描かれている。語尾は「ピョン」。このへんは作者のバランス感覚だろう。どこかに隙を作らないと怖すぎると思ったのではないか。
これくらいで準備はいいだろう。
ということで、今回の主題である「スラムダンクの深津をほめるおじさん」の話である。これは、作中に少しだけ登場するキャラクターなのである。画像を引用しておこう。完全版20巻の52ページ。
「深津だ。いつも黒子役に徹する深津のパスあっての山王工業だ」
私は中学時代から二十年、折にふれてスラムダンクを読み返しているから、そのたびにハマるキャラ、好きなシーンも変化しているんだが、今はこの「深津をほめるおじさん」が面白くてたまらない。たしかに、深津のような影の主役タイプをやたらと評価したがるのは、こういうおじさんなのである。
ちなみに、このおじさんの前には、こんな二人が出てくる。山王のエースである沢北をほめる女と、山王のセンターである河田をほめる男である。
資料1:沢北さんが大好きな女
資料2:河田のプレイにスカッとする男
この二人からのおじさんなのである。
「イケメンのスタープレイヤー」である沢北を若い女子が褒める。これは「恋愛対象として見る」ことである。「マッチョなパワープレイヤー」である河田を若い男が褒める。これは「投影の対象として見る」ことである。
「好き!」と言う女、「スカッとする!」と褒める男、しかし深津をほめるおじさんに、そのような感情的な言葉はない。
おじさんの目は、スターの輝きやパワープレイヤーの迫力に幻惑されない。おじさんは派手な表層の下にある構造を見る。当然、口調は「深津だ」になる。他の二人と比べてみればよい。「大好き!」「スカッとするもん!」からの「深津だ」。まったくちがう。一人だけビックリマークがつかない。冷静そのもの。
見た目の造形も秀逸である。ひげに意味がある。しわに意味がある。ただの無精ではない。すべては強烈なこだわりの結果である。このおじさんには「思想」があるのだ。
作中、深津をほめるおじさんはもう一度登場する。
ここでも深津を褒めている。
しかも褒めるところは「深津の視野の広さ」である。ここに、深津をほめるおじさんの深津への強い感情移入が見え隠れしている。おじさんは深津に自分を重ねているのだ。
深津をほめるおじさんがアイドルやサッカーを語るとどうなるか
ここで一旦、スラムダンクを離れ、「深津をほめるおじさん」を他の場所に連れ出してみよう。例えば、このおじさんがアイドルを褒める場合はどうなるか。
おそらく個々のメンバーには言及しないだろう。「あれはだな、意外と楽曲が凝っていてだな……」という切り出しで、過去の洋楽からの影響関係を指摘するにちがいない。
サッカー日本代表について語らせれば、言及するのは監督の戦略である。誰の顔がカッコイイ、誰のゴールがスゴかったと盛り上がる若者たちを制して一言、
「戦略だ。戦略の勝利だ」
「いや、そんなこと聞いてないんだけど…」と戸惑う若者をよそに、深津をほめるおじさんは滔々と持論を述べ立てることだろう。
「今回のゲームにおいて何よりも評価されるべきは相手の性質を的確に見抜いた監督の〇〇、そして目立たないが良い動きをすることで終始チームに貢献した△△、二点目に関して褒められるべきはシュートを打った□□ではなく最小限の動きでDFを引きつけた●●と言える。ちなみに▲▲に関しては及第点、全盛期のキレを知っている私からすればとても満足のいく出来とは言えないが復調の兆しが見えたことを前向きな材料と捉えたい」
このへんでまわりから人が消えている。
「山王を30年見ているおじさん」もいる
スラムダンクに戻ろう。
実は同じ完全版20巻には、「山王を30年見ているおじさん」も登場している。
こちらもコマを引用しておこう。
このおじさんも、私の中では深津をほめるおじさんと同じ箱に入っている。
というか、ほとんど同じ顔である。深津をほめるおじさんはポロシャツ、山王を30年見ているおじさんはラウンドネックだが、それ以外は一緒と言っていいだろう。こういうおじさんは絶対に髭を生やすのだ。そして口髭と顎鬚をつなぎはじめる。
ちなみに、30年山王を見ているおじさんも、作中でもう一度出てくる。河田が豪快にダンクを決めた直後である。
「やってくれるわ河田の奴!! ははっ」
冷静なおじさんが、河田のようなスカッとするプレイに興奮している姿。ここに私は、おじさんのもうひとつの顔を見て、すこし照れる。楽曲ばかり褒めていたアイドルオタクのおじさんが、いざ握手会となるとデレデレするようなものか。
以上である。
無事にスラムダンクの深津をほめるおじさんについて書くことができたが、まあ、本当に細かいところに入りこんでる気がしますね。いきなり口調が変わってすみませんが、なんなんですかね、この文章は。
第一、あれだけ語りどころのあるスラムダンクで、深津をほめるおじさんに言及するということ自体が、ものすごく深津をほめるおじさん的な行為でしょう。私も三十をすぎて、着々と深津をほめるおじさん化しているということでしょうか。
ということで、ニーチェで締めようと思います。
深津をほめるおじさんって、ブログをニーチェで締めたがりそうじゃないですか?
おまえが深津をほめるおじさんを覗くとき
深津をほめるおじさんもまたおまえを覗いているのだ
ニーチェ
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