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悟り

悟り

 

 

こうやって詩を書いていると

何世紀も前から詩を綴っていた気がする

 

人間の脳は30%しか使っていないと言われているが

それは間違っていると思う。

 

残された70%の要領域は過去生で埋められている

生まれる前のことが

圧縮されたファイルのようになって詰まっている

 

なので

それらが基になって

生まれたときには性格が備わっている

 

性格は親に似ると言うが

そうではない

 

生まれて来るときに

自分と同じ色の出口を用意され

その中から出口を選んで生まれて来る

つまり親を選んで来る

 

生まれ来るこの世では

自分がどうありたいかという目標を持って生まれて来る

 

その目標にいちばん近づけると思ったところに生まれ落ちる

目標は様々だ

 

過去生で失敗したこの改め

謝らなくてはならない人との出会い

結ばれなかった恋の実り

親として子としての家族の契り

助けてもらった人への感謝

傷つけられたことへの憎しみ

 

生まれ来る理由は様々だ

決して生まれてきたことを悔やんではいけない

生まれ出たことを有り難いと思わなくてはならない

 

「有り難う」とは

「有りることが難しい」ということ

 

生まれてくることは

それほど難しいことだとされている

 

釈迦は

「この世には答えの出るものと出ないものがある

この世は答えの出ないものがほとんどだ」と説いた

そして

「生まれてきた理由を問うてはならない」と言った

釈迦がこの世を離れてから2千5百年が経った

 

「答えのないものを問うてはならない」という悟りは本当だろう

しかし

僕は思うのだ

「釈迦のたどりつかなかった悟り」を悟りたいと

なぜ生まれてきたかの理由はかならずある

 

僕は自分の人生をこう思う

やがて生まれ来る自分のために

生きたいと

 

 

バイキング

バイキング」観ました。

サンスポの記者は、許してあげましょ。みなさんも、そう思われたでしょう?

C&Aに関しては、無知、無学です。「ライブ後、食事は別」と、言い切るのですから。どこからの情報でしょうか?あれを、オリジナル情報と言います。37年間で、そんなこと、何回あったかなぁ?

 

ま、文春に関しては「700番」では、仮名にしてありましたが、本人がテレビで「自分だ」と、言い切りましたので、もう、仮名にする必要はないですね・・。

 

隠し録音をしたのは、あの中村という編集長です。「ASKAさんから連絡があった」?僕が連絡をしたのは、1回目の「記事にはしない」という約束で行われた会話のときです。その後、文春側から「挨拶に伺いたい」という連絡がありました。もちろん、最初は断りましたが、「どうしても挨拶をしたい」とのことでした。そのときに、中村氏はやって参りました。なので、あの話は1回目と2回目を都合良く繋げたものです。

何か、危うげな雰囲気もありましたので、ナベさんに立ち会ってもらいました。もちろん「取材ではない」と、いう約束の上で。しかし、それを記事にしました。

詳細は「700番」に書いてあります。文春は、僕が病気であることの方が、都合が良いのです。自分たちがやったことを、隠せるからです。「病気のASKAが言っていることは、信じるな」と、いうことです。

 

CHAGEと殴り合いをやった」?

たとえ、僕がCHAGEを殴ったとしても、CHAGEが、殴り返すことなどありません。平和なヤツですから。僕に闘争心を向けることはありません。それから、C&Aの会社は、五分五分です。僕が主導権を握るなんてこともありません。

 

話は変わりますが、「Google」のCFは良いですねぇ。あの、犬がライオンのたて髪のかぶり物をするCFです。心が和みます。あのような存在、アルバムを目指したいものです。

ASKA

アルバム「君の知らない君の歌」

いつだったか、僕は、ある恋愛話をしました。その恋が終わった後も、

 

「今も、一日たりとも、その彼女のことを思い出さない日はない」

 

と、ステージで話しました。生活の、何気ない一瞬で、彼女のことを思い出すのです。本当に、その恋愛は楽しくて、楽しくて。

 

その女性の住んでいたところは、きっと、その昔、桜並木に挟まれた上水道があったのだろうな。それが由縁となって地名がついたのだろうなと思っています。その頃の僕は、

 

「恋愛って、こんなに素敵なものなんだ。」

 

と、毎日過ごしていました。もう、このまま結婚することになるだろと。

しかし、そうはなりませんでした。なぜ、別れたのかの理由は書きません。理由は、確かにありました。それは、その頃の僕たちの理由でした。

今、この年になると、「あんなことぐらいで」と、思えてしまっています。それでも、その時には、精一杯の理由だったんです。今ですか?もちろん今でも会ってみたいと思っていますよ。僕は、年をとりましたが、彼女はあの頃のままです。

 

昨日のブログに「ネットは怖い」と、書きましたが、実のところ、そうは思っていません。感謝しています。ある日、丸一日暇だった僕は、思いつく限りのキーワードを並べ、検索したのです。数時間、思いつく限り・・。

 

そ写真は、バーベキューをしている家族の写真でした。彼女でした。幸せそうでした。心から、救われたような気持ちになったのです。ずっと、ずっと思ってたんです。幸せであって欲しいと。

 

僕の歌には、忘れられない恋を歌ったものがあります。恋愛は、その恋が終われば、「女性は見切りが早い」「男は、いつまでも引きずっている」と、考察されることが多いようですが、それは本当でしょうか?恋愛の深さによって違うのではないでしょうか?

 

写真を見つけた後、僕は、彼女のことを歌った曲だけでアルバムを作ってみたいと思いました。それが「君の知らない君の歌」です。レコーディングは、切なさいっぱいで進んで行きました。「君の知らない君の歌」の完成後、僕には不思議なことが起こりました。思い出さないのです。彼女のことを。毎日のように、思い出すことがなくなりました。

もちろん、キーワードとなるものが現れると、ふいに思い出したりすることはありますが、もう、毎日ではありません。

 

僕は、長い間、その恋愛、別れを浄化できてなかったのだと気づきました。どこかに、すまなさや、申し訳なさを抱えながら生きてきていたのです。

 

アルバム「君の知らない君の歌」を、作り終えたことで、本当の意味で、すべてを想い出に変えられたのだなと思いました。「君の知らない君の歌」を聴いた方々から「ひとつの映画を観たような気持ちになった」と、言われました。気持ちは、伝わるものですね。そうです。僕の映画です。

ASKA

パキラの葉

パキラの葉

 

 

その部屋は渋谷区神泉の交差点を

真っ直ぐ下ったところにあった

 

隣人の顔は知っていたが

大家の顔は知らなかった

 

初めての一人暮らし

六畳二間

 

未来予想図は描いていたが

それは当てのない約束

 

心の中には簡単に倒れてしまいそうな

口には出せないドミノがあった

 

僕は旅から帰ってくると

いつも「ただいま」と言ってドアを開け

直ぐにテレビを点けた

 

がらんどうとした部屋

人恋しかったのだ

 

真夏の太陽がビルに消されてゆく

 

友人宅へギター持って遊びに行った時だった

僕たちは夢を語りギターを鳴らし合った

 

その時だった

ふいに持ち上げたギターが

観葉植物にぶつかってしまったのだ

 

バサリと音を立て落ちた一枚の葉

床の上に手のひらのようになって動かない

僕はすまない気持ちでいっぱいになった

 

僕はその小さな葉をギターケースに入れ

部屋に連れて帰った

 

友人が飲んだビールの空き缶を

何度も丁寧に水で濯ぐ

僕は早速その葉をビール缶に挿してみた

 

毎日のように水を変えてあげた

葉を拭いてあげた

話しかけた

 

「ただいま」と言える相手ができたのだ

仕事の帰りを待っていてくれているようだった

 

僕と一枚の葉の生活が始まった

頑張って生きていてくれる

それだけで嬉しかった

 

1ヶ月を過ぎようとしていた

いつものように水を変えようとしていた時だった

茎に糸のような根が生え始めていたのだ

命を見た瞬間だった

 

その根が5センチくらいになったころ

僕は鉢を買ってきて

小さな命を土に植えた

葉は賢明に生きようとしているようだった

 

「僕がいなければこの葉は生きてゆけない」

そう思うと愛おしくて仕方がなかったのだ

 

しかし

間もなく僕は忙しくなった

旅が始まったのだ

旅は1週間10日とつづいた

 

そして

2週間の旅からか帰って来たある日

「ただいま」とドアを開けた時だった

葉が横たわっていたのだ

 

僕は「ごめんね、ごめんね」と水をあげ

お箸で当て木をしてあげたが

葉は元に戻らなかった

 

僕は葉を埋葬のように土に埋めた

 

それから間もなく

その土でポトスを栽培した

そのポトスは今もリビングで生きている

 

不思議にあの部屋の夢を未だに見る

あの頃の僕になって住んでいる夢なのだ

 

ステレオラックの上には

缶ビールに挿さったパキラの葉があった

 

 

 

ちょっと待って

こんばんは。

 

ザビエルです・・。

 

今、部屋に戻りました。何でしょう?このコメント数・・。ザビエル、ザビエル、ザビエル、ザビエル・・。

 

夕方から、ここを見ていなかったので、今、参っています。ザビエル症候群に陥っています。だから、生えてる!ってば。今は、芝生だってばぁ。

 

ホント、怖いな。ネット・・。

Live doorやYahooニュースにまで、ザビエル化が掲載されてる。明日中に300万アクセスを超えることなどは、どこにも書かれてない・・。何なの、この偏った報道。

 

今日は、友人の誘いにより、隠れ家のようなところで、刺身、サカナを食べてきました。みなさんは、僕が生ものを嫌いだと思われているようですが、マンモス間違いです。ちょっと、古いな・・。

 

血の滴るようなレア肉、馬刺し以外は何でも食べます。馬刺しは、あの優しい目をした馬を見ると、とても食べられないという、食わず嫌いです。

 

これから、みなさんのコメントを拝読させていただきます。

ザビエルを。

ASKA