【再掲】吉田清治の慰安婦デマは高木健一のサハリン訴訟で始まった

文庫 サハリンの韓国人はなぜ帰れなかったのか: 帰還運動にかけたある夫婦の四十年 (草思社文庫)
朝日新聞の北野隆一という記者が(またHuffPostで)デタラメな記事を書いているので、訂正しておく。私が高木健一と和解したことは事実だが、一方的に「謝罪」した事実はない。この今年4月26日の記事に書いた事実は、高木も法廷で認めた。弁護士報酬の件についてだけは彼が「無報酬だった」と主張したので、この前の記事で訂正した。したがって吉田清治という詐話師を世に出して「慰安婦問題」を作り出したという高木の歴史的責任はこの訴訟で確認されたのだ。

高木健一弁護士が私に対して起こした訴訟の中で、吉田清治が「慰安婦狩り」を1982年に初めて法廷で証言したことを高木は認めた。したがって「慰安婦の強制連行」というデマを世に出したのは、高木が事務局長として提起したサハリン韓国人帰国訴訟だったという重要な事実が確認された。

終戦直前にソ連軍がサハリンを占領したとき、現地に住んでいた日本人と朝鮮人を抑留した。当時、約4万人の朝鮮人がサハリンにいたが、ソ連と韓国は国交がなかったため、その帰還をめぐって各国政府や赤十字がソ連と交渉していた。

そのとき高木などが起こしたのがサハリン訴訟である。これは「日本軍が韓国人をサハリンに強制連行したので、彼らの帰国費用を日本政府が負担せよ」という請求だったが、そんな事実はない。朝鮮人は募集に応じてサハリンに渡り、彼らを抑留していたのはソ連なのだから、日本政府が受け入れを表明しても帰国できない。

この荒唐無稽な主張を裏づける証人として登場したのが「吉田清治」だった。これは彼の本名ではなく、国籍も不明だ(韓国人という説が強い)。彼は1982年9月30日にサハリン訴訟で、「済州島へ行って204人の若い女性を連行し、サハリンにも送った」と証言した。これが彼が「慰安婦の強制連行」という嘘(のちに吉田も認めた)を証言した最初である。

吉田は1977年に出した『朝鮮人慰安婦と日本人』という本では「韓国人をだまして慰安婦にした」と書き、サハリンの話は出てこないが、この訴訟で初めて慰安婦をサハリンに強制連行したと証言した。彼以外に同様の加害者証言は今日に至るまで一人もないので、これはサハリン訴訟の筋書きにあわせて弁護団が彼を誘導したものと思われる。

その証言が1983年の『私の戦争犯罪』という本で詳細に書かれ、それまで歴史に存在しなかった「慰安婦狩り」が騒がれ始めた。そして吉田の嘘を朝日新聞が報道し、日韓関係をめちゃくちゃにしたが、朝日は主犯ではない。この壮大な嘘を作り出したのは、高木が弁護人をつとめたサハリン訴訟だったのだ。続きを読む

高木健一氏へのお詫び

私が、2014年9月1日に当ブログに掲載した「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」と題する記事において、「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」、高木健一弁護士と受け取られるような書きぶりで「慰安婦を食い物にする『ハイエナ弁護士』」と記載したことは誤りでしたので、高木弁護士に多大なご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。

平成28年7月27日 池田信夫

福沢諭吉の武士的リアリズム

978-4-7593-1406-9
福沢諭吉といえば啓蒙的なモダニストと思われているが、そういうイメージを定着させた丸山眞男が、ほとんどふれなかった2冊の本がある。『明治十年丁丑公論』と『痩我慢之説』である。

福沢は前者では西南戦争で死んだ西郷隆盛を「士魂」の人として賞賛し、後者では明治に生き残って出世した勝海舟と榎本武揚を「忠臣は二君に仕えず」と批判した。両方とも福沢の最晩年や死後に出版されたので、彼も他の著作と異質であることを意識していたのだろう。

本書は、あえてこの二著から出発して「武士としての福沢」を描く。廃藩置県を実行した西郷が明治政府に対して戦争を起こしたのは、合理的には理解しにくいが、政府が江藤新平や板垣退助などを追い出して長州の藩閥政権になったことに対する反乱だった、と『丁丑公論』はいう。とはいえ政府をつくった西郷は戦いに勝ち目がないことを知っていたので、いわば武士の魂に殉じて政府を批判したのだ。

『痩我慢之説』は「立国は私なり、公に非ざるなり」という逆説的な言葉で始まる。これを丸山は「国家を相対化するシニシズム」と読むが、本書の解釈は逆だ。圧倒的に強力な列強と戦うのは痩我慢だが、「強弱相対して苟も弱者の地位を保つものは、単にこの痩我慢に依らざるはなし」と福沢は書く。そういう士魂を捨て、かつての敵に仕える勝や榎本のような日和見主義では日本は今後の戦争に生き残れない、と福沢は批判する。

戦争で大事なのは軍事力だけではなく、国に殉じる武士のエートスだ。それがナショナルに結束しないと列強にはとても対抗できない――という福沢の思想は、実は『文明論之概略』の「国の独立は目的なり、国民の文明はこの目的に達するの術なり」という結論と連続している。それは今の平和ボケには理解できない、東アジアの軍事的緊張の中でのリアリズムだった。

続きは8月1日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

首相にも知事にも原発を止める権限はない

原発の運転については、厳格な規制が存在する。原発の運転停止命令を出せるのは、原子力規制委員会だけだ(原子炉等規制法43-3-20-2)。首相にも都道府県知事にも、原子炉を止める権限はない。知事の権限は、原発を新設するときの建設同意だけだ。

続きはアゴラで。

日本とトルコ 二つの憲法の運命

憲法誕生: 明治日本とオスマン帝国 二つの近代
日本とオスマン帝国は、19世紀のほとんど同じ時期に同じような対外的な脅威にさらされ、近代化を迫られたが、両国のたどった運命は対照的だった。日本は名目的な天皇を立てて国家を統一し、議会の弱い憲法をつくったのに対して、オスマン帝国ではスルタンの専制権力が強いため、その権力を制限する議会をつくった。

日本では不平士族や自由民権運動が強かったため、それを抑えるためプロイセンをまねた行政中心の憲法をつくった。井上毅は議会が反政府勢力の拠点となることを恐れ、議院内閣制をとろうとした大隈案の憲法を排除し、明治14年の政変で彼を政権から追放した。

オスマンにはもともとイスラム法があるため、それに西洋の法律を接合する形で憲法がつくられた。立憲議会制を要求する「新オスマン人」が西洋の法制度を学び、改革を進めたが、スルタンの権力を守ろうとするオスマン帝国の高官との権力闘争が続いた。改革派はクーデタでスルタンを退位させたが、スルタンは憲法を無視して専制政治を行ない、改革派の大宰相ミドハトを追放した。

こうして日本では議会の勢力を抑える「行政国家」ができたが、オスマンでは混乱が続き、西欧やロシアの軍事介入で近代化が遅れ、第一次大戦で帝国は解体されてしまう。その原因としては地政学的な位置の違いも大きいが、イスラムが普遍主義だったことが、かえってヨーロッパに支配される原因になったという。

続きは8月1日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

金融政策には「逆サプライズ」が必要だ

29日の金融政策決定会合で日銀が、事実上の「ヘリコプターマネー」を打ち出すのではないかという観測が市場の一部に出ているようだが、これは誤解だ。先日、早川英男氏とも話したように、財政ファイナンスという意味のヘリマネは、とっくに始まっている。

reuters


続きはアゴラで。

参院選後の争点は財政と社会保障

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きのうときょうの2日間、湘南国際村でアゴラの夏の合宿をやった。メインのセッションは、民進党の細野豪志さんと、おなじみ田原総一朗さん。内容はオフレコなので書けないが、これからの争点は財政と社会保障だ。行き詰まったアベノミクスをどう軌道修正し、財政をいかに再建するか、野党も具体的に提案する必要がある。

また憲法改正が、論議の対象になりそうだ。これまでの「安保法廃止」という無意味なスローガンは空振りに終わり、民進党の岡田代表も「改正の議論には応じる」という立場に変わってきた。第9条の改正は無理だが、それ以外にも参議院の位置づけなど、改正すべき点はある。

田原さんの提案は「9条にこだわらないで民進党の乗れる改正案をつくるべきだ。国民が憲法を制定する主権者としての役割を経験することは意味がある」。自民党の改正案は参議院にまったくふれていないので、民進党が衆議院の優越を明確にする改正案を出し、「改革の党」としてのイメージを打ち出してはどうだろうか。

続きは7月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

都知事選が「古い政治」を葬る


きのう音喜多さんと話したが、都知事選の情勢は鳥越事件で大きく変わり、トップは小池百合子氏で増田寛也氏との戦いになってきたようだ。小池氏は自民党員ではあるが、東京都連などは増田支持で組織を固めているので、「無党派vs組織選挙」になっている。これで無党派が勝てば、今後の都市型選挙にも大きな影響を与えるだろう。

今回の選挙は、その意味で古い政治と新しい政治の戦いだ。街頭演説でも、都政はそっちのけで「憲法を守れ・安保反対」しかいわない鳥越氏は60年安保以来の古い政治の典型である。JBpressにも書いたことだが、もうそんなアジェンダ設定には意味がないのだ。

東京では青島幸男氏や石原慎太郎氏が当選して以来、無党派が圧倒的な第一党だ。全国も同じ傾向になっているが、彼らの支持を得る党がないため棄権が半分近くにのぼり、民主政治が機能しなくなっている。今日からのアゴラ夏の合宿では、そういう問題を考えたい。

続きは7月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

【追記あり】鳥越俊太郎のスラップ訴訟

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鳥越俊太郎が刑事告訴した、話題の週刊文春の記事を読んでみた。話は2002年夏で、強姦未遂事件とすれば時効になっているが、証言しているのは被害者の夫で、事実関係も詳細で具体的で、事実無根とは考えられない。これが事実なら、選挙妨害も成立しない。週刊誌もバカじゃないから、事実無根の話を告示後に出したりしない。
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無血の二・二六事件

戦争責任は何処に誰にあるか ―昭和天皇・憲法・軍部
本書は山本七平の未発表原稿を集めたものだが、戦争責任を論じているのがおもしろい。彼の意見は明快だ。もちろん最大の責任は軍にあるが、それを止める権限は天皇には実質的になかった。開戦を止められなかった責任は、軍事予算を承認した内閣と議会にある

これはイギリスでは明確に意識されており、シビリアン・コントロールとはその意味だ。高橋是清はこれを認識して軍事費の膨張を止めようとしたが暗殺され、不拡大方針の宇垣一成が1937年に組閣に失敗したため、内閣が軍をコントロールできなくなった。

この意味で日米開戦への決定的な分水嶺は、二・二六事件による高橋財政の挫折だった。今の日銀の財政ファイナンスは、これと同じだ。黒田総裁は高橋のように安倍政権をコントロールするつもりだったのだろうが、残念ながら無血の二・二六事件は起こってしまった。

日銀という「打ち出の小槌」があると思っている首相は増税を再延期し、「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と称して、大規模な補正予算を組もうとしている。その先に待っているのは、財政ファイナンスの行き詰まりによる金利上昇だ。歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は愚かな政治家による笑劇として。

続きは7月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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池田信夫の「オフレコ政経ゼミ」
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