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本編・序章~第29話ダイジェスト①
不良なのに、修学旅行に行こうとするから死んだ。
いや、死んだのは俺だけではないはずだ。
俺たちの乗っていた列車は突如起こった土砂崩れに遭遇し、渓谷から落下した。
あっけない。
中学時代から喧嘩で数多くの修羅場を潜って、最強とか自惚れていた不良中二病時代。
他校やよそのチームの連中たちとツルんで好き放題して、楽しいけどむなしかった。
だが、そんな俺が高校生になり、修学旅行へ行くようになったのは、あの女が居たからだ。
『うおおおお、朝倉くんのバイクってカッチョイーねー』
出席日数の関係でたまたま学校へ行ったとき、悪友以外が俺を避ける中で、何の物怖じもせずに一人の女子が話しかけてきた。
学校生活や行事を青春時代の中心に持っていくタイプ。クラスの中心になって騒いで盛り上がるタイプ。
しかも、頭が悪いと来ている。俺が留年しないために追試や補修を強制的に受けるようになったら、いつも顔を合わせた。
顔もずば抜けて美人なわけでもない。運動も得意なわけではない。
だが、何事にも懸命で、へこたれず、誰とでも素の自分をさらけ出すあの子は友達が多く、いつしか俺も彼女のペースに巻き込まれていた。
気づけば不良の俺も学校に行くようになり、今まで俺を恐れていた奴らも、俺に親しげに接するようになった。
『朝倉くん、修学旅行は行かないってどういうこと! てーやんでい、べらんめーだよ! いこ、みんな楽しみにしてるよ』
気安く接する周りの連中が、ウザくて、でもまんざらではなかった。
「神乃……」
俺は、そんな生活を与えてくれた『神乃美奈』に惚れていた。
だが、彼女は目を覚まさない。あれほどのバカみたいな笑顔が消え失せ、他のクラスメート同様に無惨な姿で目をつむっていた。
本当は、もっといっぱい話たかった。
照れくさくて言えなかったことがいっぱいあった。
一言お礼を、そして、「好きだ。付き合ってくれ」この言葉をずっと言いたかった。
「またこの夢か。俺も女々しいねえ、女みたいに」
そんな俺が朝倉リューマを思い出したのは、『ヴェルト・ジーハ』として八歳の誕生日を迎えたころだった。
それからしばらくの間、腐って、落ち込んで、周りに対して壁を作って、たまに、どうしようもないときに、自然と涙が出た。
正直、俺は自分が分からなかった。俺は、ヴェルト・ジーハなのか、朝倉リューマなのか。
ヴェルト・ジーハとして生まれ変わったのか、朝倉リューマの記憶が宿ったのか。
そう考えた当時の俺は血の繋がっている両親ですら、他人に見えてしまった。
「やれやれ。いつまでもこんなままだと、親父とおふくろが心配しちまうな」
今にして思えば、なんて馬鹿なガキなんだと、自分で自分をぶん殴りたくなる俺の後悔。
血の繋がっているはずの親父とおふくろの愛情をウザイと思って、俺は素直になれなかった。
『聞いたぞ~、ヴェルト。お前、昨日の学校の授業で行われた浮遊の実践テストでやらかしたらしいな』
『あら、私は聞いてないわよ?』
『畑で作業していたら、先生が泣きながら飛び込んできたよ。浮遊で壺を演習場の端から端まで移動させる課題で、お前は壺を手でぶん投げたらしいな!』
『まあ! できないことを逃げ出さずに、自分で活路を見いだすなんて、エライわ!』
『ママもそう思うだろう? とっても豪快なやり方で、パパも嬉しかったよ!』
二人のことを思うと、脳裏に蘇るのは、過保護でいつも俺を甘やかし、いつだって笑顔を見せていた親父とおふくろの姿。
朝倉リューマが転生した世界の俺の生みの親は、俺と誰よりも近しく、血の繋がりもあるのに、本当の俺の姿を知らない。
そして、この世界そのものもまた、朝倉リューマだった時代や世界にあったものが無い世界。
周り一面を麦畑で囲まれた農業地帯。電気もなければコンビニも車も存在しない。
移動手段は馬。近所もかなり離れた間隔で家が数件建っているだけだ。
しかし、田舎というわけではない。三十分ぐらいかければ、エルファーシア王国の王都にたどり着くことが出来る。
俺が通っている、『エルファーシア児童魔法学校』もその中にある。
王都の人口は数十万人。衣食住に満たされ、技術や魔法文化も発達し、犯罪も少なく、平和に満ちた国である。
しかし、それでも、朝倉リューマの世界とは大きく違う。
自分は死んだ。そして、中世を感じさせるファンタジーな世界に生まれ変わった。
だからこそ、朝倉リューマの記憶が、親父とおふくろ。俺を取り巻く全ての人に、俺はいつも本当の自分を曝け出すことが出来なかった。
そんな時代が俺にもあった。
でも、そんな俺を変えてくれたのは、やっぱり親父とおふくろだったり……
「ヴェルト! いつまで寝ていますの! 今日は休日ですので、一日中ワタクシと一緒に居るようにと言ったのを、もうお忘れですの?」
このガキ。フォルナ・エルファーシアだったりする。
「あ~、起きてるよ。フォルナ。んな大声で朝っぱらから来るんじゃねえよ。うるさいから」
「何を言いますの! ワタクシにはヴェルトと常に一緒に居て、立派な大人にするという使命がありますもの! だから、甘やかしたりなどしませんわ」
金髪ロングで左右をクルクルにさせたお嬢様カット。黒地のワンピースのような格好に赤いマントとエメラルドに輝くブローチ。
顔は可愛らしいが、人をとことん見下したような強い態度を出すのは、僅か十歳の子供。
まあ、今では俺と同じ歳だが。
この、フォルナ・エルファーシアはこの王国の姫にして、俺と同じ歳の幼なじみ。
五歳の頃、王都を勝手に抜け出して麦畑で迷子になっていたところを俺たち一家が保護して城へ送り届けたことをきっかけに、よく俺を連れ出したりするようになった。
そして、俺と将来結婚するとか、既に式場予約しているとか、更にそのことをこの国の王族貴族は既に容認しているとか、もはや意味の分からんことになっていたりする。
だが、一方で、こいつの存在が、俺の心を救ってくれたのも事実。
そして……
「おやあ? 姫様、毎朝ごくろうさんですね。ほれ、ヴェルト。ちゃっちゃと顔洗って男の勤めを果たしてこい」
そして忘れてはならないのがこの人。
「先生~」
小柄の強面で、頭に手ぬぐいを巻いて、豪快な笑みで俺をからかってくる人。
メルマ・チャーシ。俺が今、居候して衣食住を世話になっている人。
エルファーシア王国に最近できた飲食店の店主。その珍しい料理と絶品の味で瞬く間に大繁盛した店の名は『とんこつラーメン屋』。
本来この世界では存在するはずのない料理。それが存在することの意味は、ただ一つ。
この人が、俺と同じ世界の人間で、俺と同じように前世の記憶を持って転生した人だからだ。
そして、その正体が、俺の前世のクラスの担任でもあったりするわけだから、再会した日は、そりゃもう驚いた。
「ったく、今日はせっかくの休みだからゴロゴロしたいってのに」
「おバカ! せっかくの休みだからこそ、妻であるワタクシとの時間に充てようという心が欠片もありませんの? もう怒りましたわ! 今日はワタクシが「いい」と言うまで返しませんわ」
「姫様の言うとおりだぜ、ヴェルト。料理ってのは心がこもってなきゃならねえ。男としての心構えが出来てねえお前はまだまだってことだ。ちっとはそれを勉強して来い!」
これが、今のヴェルト・ジーハの日常だった。
朝倉リューマとしての思い出を大切にしつつ、ヴェルト・ジーハとして今を生きる。
俺をヴェルトとして想ってくれるマセガキや、先生と笑って生きていく。
かつて、やさぐれて素直になれなかったことで後悔したことを胸に刻み、もう二度と後悔しないように生きる。
仕事だってやる。この世界で生きていくためなら魔法だって訓練する。
そして、いつの日か、あいつと再会するために。
そう、俺と先生が再会できたことで、俺たちは、俺たち以外の奴らもこの世界に転生している可能性に気づいた。
だからこそ、俺は、朝倉リューマを変えてくれたあの女といつか再会したいと思った。
この世界のどこかに居る神乃美奈と再会すること。それが、今の俺の生きる目標だった。
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