SAMは「いろいろなことが変わる」と言った
参議院選挙を翌日に控えた7月9日、外苑前で朝日健太郎と共に「最後のお願い」を行なったSPEED・今井絵里子のもとへ応援演説にやってきた盟友は、島袋寛子でも上原多香子でも新垣仁絵でもなくTRF・SAMだった。彼は演説で「90年代、TRFもスピードも同じ時代を駆け抜けたアーティスト同士」とした上で、「国政に入ることで、いろいろなことが変わると思う」(日刊スポーツ)と、なかなかざっくりとした応援演説を繰り広げたようだが、あくまでも記事からの引用なので詳細は分からない。
池上彰は、開票から間もなくして当確が出た今井絵里子に対して、沖縄の米軍基地問題について尋ね、今井の不勉強を露呈させる「これからきっちり向き合っていきたい」との答えを引き出したが、12歳から東京なので沖縄の現状を知らなかったと言い訳した今井に対して、「SPEEDというグループ名ですが、最終候補に残っていた名前には『沖縄チャキチャキ娘』もありましたね」と、情に訴えかけるもう一声を投じて欲しかった。
当選後のLINEは島袋からのものなのか
当確後、「SPEEDのメンバーから祝福の声が届いたのか」というシビアな問いを投げたのは、池上でも宮根誠二でもなく、選挙特番に出ていた桐谷美玲だ。彼女の問いに対して今井は名前を伏して「LINEが来た」と明かし、そこには「選挙行ってきました。本当に頑張れ。陰ながら応援してる」(マイナビニュース)とあったという。とっさの返答なのでそのままの文言だったとは限らないが、表立っては応援しないと暗に知らせるメッセージとも受け取れる。少なくとも、一定の距離感がある。このLINEを送ったのは、島袋、上原、新垣のうち、誰だったのか。
選挙に出る直前まで今井と島袋はERIHIROというユニットを組んでいたし、4月に行なわれた島袋のファンミーティング『32歳になりました。寛子の部屋でまってるよーん』には、メンバーの中で唯一、今井が参加している(上原は電話で参加)。今年前半の双方の日記・ブログ・SNSをざっくり遡ってみると、この二人でのコミュニケーションが盛んだから、当選後のLINEは島袋からのものと考えるのが自然だ。しかし、「自然だ」で終えてしまっては、さすがに分析としては弱い。その昔、石原慎太郎が選挙に出た時、渡哲也・舘ひろし・神田正輝を応援演説に引っ張り出して票をかっさらったように、今回だって、メンバーの多くが協力していれば、更なる票の獲得が見込めたはずなのである。でも、やって来たのはSAMだった。
島袋寛子『私のオキナワ』を聴いたのだろうか
あまり沖縄の現状を知らない、と言ってのけた今井だが、島袋からもらったはずの彼女のソロアルバム『私のオキナワ』のサンプル盤を開封していないのだろうか。2013年の日本レコード大賞企画賞を受賞したこの作品は、琉球民謡のカバーや、「島唄」をはじめとした沖縄をテーマにした楽曲で構成されており、自身が作詞した「ハロ」でも沖縄の海や風といった情景が歌われている。
シングルカットした『童神』は民謡歌手・古謝美佐子の曲のカバーだが、島袋はその後のインタビューやライブなどでも古謝への尊敬の念を繰り返し述べている。米軍基地の街・嘉手納で育った古謝は、4歳の時、米軍車両にひかれて父親を亡くしてしまう。その後、母親が家族を養うために基地の洋裁仕事を続けていたこともあり、「基地があったから生きてこられたというのがあって、ずっと複雑な気持ちだった」のだけれども、「もう(戦争や基地について)言える年になったかな、胸の内を明かしてもいいのかな、と思うようになった」(琉球新報・2005年6月30日)と語り、近年では沖縄の問題を直視する歌を作っている。
島袋は、最近になって沖縄への想いを発し始めたわけでもない。SPEED解散後に刊行された写真集『hiroko days-seventeen years 1984.4.7~2002.4.7』(主婦と生活社)を開けば、1ページ目から沖縄の海を写し、「あたりまえだった沖縄の海」「どこまでもすきとおる海 どうかそのままで」と言葉を添える。続いて、亡くなった祖母との思い出を紡ぐ。音楽が好きだったおばあちゃんは、いつもラジオから流れる民謡を聴いていたと静かに語る。そういう長年の想いが実ったのが『私のオキナワ』だったのである。SPEEDの解散の引き金となったのは、島袋が当時交際していた元ジャニーズJr.の男性と「沖縄で暮らしたい」(お店を開きたい、との報道もあったと記憶している)と言い始めたからだとも言われているが、とにもかくにも沖縄への意識が強い人なのだ。
「このグループ、ほんとバラバラなんです」
SPEEDのプロデューサーである伊秩弘将は、2009年、再結成後のインタビューで、彼女たち4人について「こんなに仲がいいグループも珍しい。よく女の子同士のグループって、どこか亀裂が入ったりしがちじゃないですか。でも彼女たちはそうじゃないから」(『SPEED Welcome to SPEEDLAND』青志社)と語っており、あっ、亀裂が入ったのってdeepsのことかな、と古い記憶を復活させるのだが、その直後に掲載されているインタビューで新垣仁絵は、伊秩の見解をひっくり返すように「このグループ、ほんとバラバラなんです」「『みんな買い物に行って来て』っていうと、4人がパーッと違う方向にいなくなっちゃうぐらいバラバラ(笑)」と語る。それでも、ステージの上ではひとつになるとポジティブな分析をする。
つまり、こんなに仲がいい、ではなく、バラバラだけど、それぞれの多様性を活かそうとしていたのが、4人の中で一番年上の新垣仁絵。選挙前まで頻繁に会っていたはずなのに今井の選挙運動には一切絡まなかった島袋寛子。日々のあれこれを毎日のようにツイートするも、今井の出馬・当選について一切触れなかった上原多香子。こう考えると、ジャーナリスト桐谷美玲が斬り込むことで得た「LINEが来た」との情報、その送り手は、バラバラの考えを持つことを当初から許容してきた新垣仁絵だったのではないか。来月5日でデビューから丸20年を迎えるSPEED、めっきり音沙汰のない新垣からの超間接的なメッセージではなかったか。
(イラスト:ハセガワシオリ)
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