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【コラム】

筆洗

 「灰色のバス」(グラウエンブッセ)。その大型バスはそう呼ばれた。車体は灰色一色。窓には白い板。その不気味なバスに乗れば二度と元の場所には帰れない▼バスが使われたのはナチス政権下のドイツである。「T4作戦」。障害者を価値のない生命、社会、民族への負担と見なし命を奪った。犠牲者は少なくとも約二十四万人。「灰色のバス」は、障害者を殺害場所へと送る「死のバス」だった▼障害者が殺された後、遺族にはこんな手紙が送られてきたそうだ。<患者は生の苦しみに満ちていました。死は幸ある解放と受け止められるのがよろしいでしょう>。歴史の狂気である▼なぜ容疑者は「灰色のバス」のハンドルを握ってしまったのか。相模原市緑区の障害者施設が襲撃された事件である。十九人の大切な命が奪われた▼戦慄(せんりつ)するのは犠牲者数ばかりではない。「障害者なんていなくなればいい」。その思い上がった供述である。いなくなればいい命なぞ一つとしてない。衆院議長に宛てた手紙には「障害者は不幸をつくることしかできません」と、ある。冗談ではない▼容疑者は施設の元職員だった。だとすれば、障害者の生活の中に命の重さを感じる場面もあっただろう。世話をする家族の温かさも目撃したはずである。その幸福の光景をなぜ忘れて、「いなくなれば」のバスを運転したのか。それがくやしい。

 

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