福光俊介の「週刊サイクルワールド」<168>時代の先頭を走るフルームと次を担う若手たち ツール・ド・フランス2016総括
世界最大のサイクルロードレース、ツール・ド・フランス2016が大盛況のうちに終了した。大会序盤こそ大きなクラッシュが見られたが、出走198人中、近年では最も多い174人が完走。パリ・シャンゼリゼへの帰還を果たした。そして、クリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)が3度目の頂点に立った。今回はいま一度、フルームの強さや果敢に追った若手ライダーの走りに迫り、この先のサイクルロードレース界への思いを馳せたい。
幅の広がりを見せたフルームの戦いぶり
名実ともに今大会の総合優勝候補筆頭に挙げられていたフルーム。その見方に違わない戦いぶりで、マイヨジョーヌを射止めた。過去の走りから、山岳と個人タイムトライアルにフォーカスされがちだった彼の戦いぶりは、このツールを通じて新たなスタイルを確立した。
前回、前々回のこのコーナーで触れたが、レース展開次第では下りや平坦でも勝負できることを実証したあたりは、戦い方の幅を広げたといえるだろう。近年は下りで仕掛ける選手が増えつつあるが、フルームが第8ステージで会心のダウンヒルでマイヨジョーヌを獲得し、それを最後まで守り通したあたりから、今後のレースにおける下りの重要性と、有力選手たちのダウンヒルテクニックの向上が求められることにもつながるだろう。
また、個人TTがフルームのマイヨジョーヌを磐石なものとしたことも触れておきたい。第13ステージ(37.5km)と第18ステージ(17km山岳個人TT)の2つで、最終的に総合2位となったロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール ラモンディアル)から稼ぎ出したタイム差は3分31秒。最終の総合タイム差が4分5秒だったことを考えると、フルームがいかに孤独な戦いを自分のものとしていたかが分かる。
そして、「過去最強布陣」との呼び声も高かったアシスト陣の働きも、フルームを大いに支えた。フルームは過去に落車をきっかけにリズムを崩すケースがあり、2014年ツールでは途中リタイアの要因ともなったが、今大会も第19ステージの下りでピンチがあった。
この日はクリアしたものの、ともすると続く第20ステージが落車ダメージなどからバッドデイに陥る可能性が否定できなかったが、スタートから終始アシストがフルームを守り続け、結果的に4人がフルームを囲みながらフィニッシュする鉄壁さを披露。
昨年のジロ・デ・イタリア総合3位のミケル・ランダ(スペイン)、今年のリエージュ~バストーニュ~リエージュ優勝のヴァウテル・プールス(オランダ)、山岳から平坦までマルチにこなせるゲラント・トーマス(イギリス)らが名を連ねるチーム構成は、他チームがどれだけベストメンバーを組もうとも太刀打ちが難しいほどの強力さ。名前だけでライバルを威圧できるような、レース外での戦いからも勝機を見出していたといえよう。
フルーム個人の能力はもちろんだが、チーム力、いわばアシストも含めた個々の力がうまく噛み合った末の勝利であることは明白である。
フルームに迫る次世代ライダーたち
グランツールが終わるたびに、「次世代の台頭」を強く感じる。ゴールデンエイジと呼ばれて久しい1990年生まれの選手たちを筆頭に、いよいよ1990年代に生まれた、現在25歳前後の選手たちがフルームに続く存在であることが、今大会の結果からも分かる。
総合2位のバルデ、同3位のナイロアレクサンデル・キンタナ(コロンビア、モビスたー チーム)は1990年生まれ、同4位のアダム・イェーツ(イギリス、オリカ・バイクエクスチェンジ)、同8位のルイ・メインティス(南アフリカ、ランプレ・メリダ)は1992年生まれ。
地元フランスの期待を一身に背負い、強さを結果で示したバルデ。第19ステージでの逃げ切り勝利を含め、キャリア最高の3週間となったことは確かだ。山岳では安定した走りを見せ、フルームが攻撃に出たステージでも遅れを最小限にとどめた。
自らも大満足の総合2位ではあるが、今後はフルームら強力なライバルの攻撃への対応力と個人TTの向上が求められることとなる。バッドデイのような、突如調子を崩すケースが少ないことも強み。長く待たれるフランス勢のツール制覇に、一番近い存在となった。
打倒フルームの一番手と目されたキンタナは、目立った攻撃がないまま3週間の戦いを終えてしまった。かつてはタイム差をつけられてしまうことの多かった第1週をまずまずの走りでクリアしただけに、第2週、第3週の走りに期待を持たせたが、逆にライバルたちの積極性に屈してしまった。
もっとも、急坂でライバルの動きに一度は対応しながらも、その後徐々に遅れてゆく姿は本来の走りから程遠いことが確かだった。
キンタナ自身は、不振の原因がアレルギーによるものであると分析。裏を返せば、体調不良でありながら総合3位とまとめるあたり、大物の片鱗を見せたということか。今後は、当初出場予定だったリオデジャネイロ五輪を回避し、アレルギーの検査にあてる。次のターゲットとなる、ブエルタ・ア・エスパーニャへは万全の体調で臨むことを誓った。
今大会の殊勲は、大会終盤まで総合表彰台が見える位置を走り続けたイェーツ。総合4位で、文句なしのマイヨブラン(新人賞)獲得だ。2014年のプロデビュー当時から将来を嘱望されてきたが、いよいよグランツールライダーとしての資質を証明。決して、山岳で強烈なアタックを見せるわけではないが、淡々とハイペースを刻むスタイルで上位をうかがい続けた。
第7ステージでフラムルージュのバルーンが直撃するアクシデントこそあったものの、3週間を通してピンチらしいピンチがなかったことも、イェーツのタフさを示している。今後もツールを中心にステージレースを賑わせる存在となるだろう。
イェーツと同い年のメインティスも、昨年のブエルタ(総合10位)に続くグランツールトップ10入り。大会終盤のアルプスステージで調子を上げ、総合順位をアップさせた。こちらも、今後のグランツールではさらなる上位進出を目指していくこととなる。
この年代では、第20ステージでのハンガーノックが影響し総合13位に終わったファビオ・アール(イタリア、アスタナ プロチーム)も1990年生まれ。彼らよりは年上となるが、山岳賞のマイヨアポワを獲得したラファウ・マイカ(ポーランド、ティンコフ)や、総合14位のセバスチャン・ライヘンバッハ(スイス、エフデジ)が1989年生まれ。たびたびの山岳逃げでインパクトを残したハルリンソン・パンタノ(コロンビア、イアム サイクリング)が1988年生まれと、今後の飛躍が期待できる選手たちがまだまだひしめいている。
現在伸び盛りの選手たちが、今後グランツール制覇に向けてどのような戦い方を身に付け、強さを発揮するのかにも着目していきたい。
サガンのマイヨヴェール連覇はどこまで続く?
スプリンターの勲章である、ポイント賞のマイヨヴェール。今回もペテル・サガン(スロバキア、ティンコフ)が獲得し、5連覇達成。これは、1996~2001年のエリック・ツァベル(ドイツ)の6連覇に続く記録で、マイヨヴェール獲得回数でもツァベルに続くこととなった。
勝因は、ステージ3勝に裏打ちされたスプリント力と、狙い通りに逃げグループに加わることのできる洞察力、上級山岳をクリアできるだけのコースへの対応力といったところ。今大会も、山岳ステージでは中間スプリントポイントまで逃げグループでレースを進め、しっかりとポイントを稼ぐ定石の走りだった。
この賞を獲得できる可能性を持つピュアスプリンターが、大会途中で離脱したり、賞レースへの色気を見せなかったりと、“サガン一強”となるだけの要因があったとはいえ、5連覇は並大抵のことではない。一方で、中間スプリントで付与されるポイントが充実している現行のレギュレーションが、サガンのようなタイプのライダーにマッチしていることも見逃せない。
来年はツァベルの記録に並ぶ6連覇がかかる。サガンの記録はどこまで伸びるのか。本人が脚質を変えて新たなチャレンジを企てたり、レギュレーションが劇的に変わらない限りは、トップを走り続ける可能性は高いだろう。新たな対抗馬の登場も待たれる。
ちなみに、サガンも1990年生まれの26歳。年齢やここまでのキャリアからしても、マイヨヴェールに限らずあらゆる可能性が秘めていることを、われわれは認識しておかなければならない。
今週の爆走ライダー-アダム・イェーツ(イギリス、オリカ・バイクエクスチェンジ)
1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシスト や逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。
23歳のイェーツがツール総合4位。これは今年のツールにおけるサプライズの1つといえるだろう。かねてからその走りは高く評価され、昨年はクラシカ・サン・セバスティアン(スペイン)でUCIワールドツアー初勝利を挙げるなど、躍進の足がかりはつかんでいた。ただ、ツールとなれば話は別。歴戦の猛者を相手に、自らのスタイルを貫いた点が好結果につながった。
チームメートでもあるサイモンとの双子としても知られる。今でこそ、それぞれトップシーンで力を発揮するが、その道のりは異なる。18歳でブリティッシュサイクリング(イギリス自転車競技連盟)の強化選手となったサイモンと、その強化選手から漏れたアダム。2013年のトラック世界選手権で金メダルを獲得したサイモンの一方で、アダムは活動の場をフランスへと移しロードを中心に己を磨いた。若手の登竜門、ツール・ド・ラヴニール(フランス)では2013年に総合2位。プロ入りを決定付ける好走だった。
プロ入りにあたっても、地元のチーム スカイからの熱心な勧誘があったが、「層が厚いチームで自分たちの力を埋もれさせるわけにはいかない」と兄弟で判断し、現チームを選んだ経緯がある。だからこそ、プロキャリア最初のチームで結果を残したことが誇らしい。
今年のツールではサイモンとの共闘はかなわなかったが、そのサイモンが7月25日にスペインで行われたレースで優勝。同30日のクラシカ・サン・セバスティアンでは、久々に同時エントリーを果たし、2連覇をかけて臨むことも決まった。
「あらゆる経験を積んで、マイヨジョーヌ獲得するためにツールへ戻りたい」。それを実現させられるだけの可能性に富み、タレント性も持ち合わせる。兄弟で切磋琢磨する姿は大いなる魅力にあふれている。
サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、気がつけばテレビやインターネットを介して観戦できるロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。自転車情報のFacebookページ「suke’scycling world」も充実。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。