あの人
あの人が去ってしまった
あの人は僕のことを知らないが
僕はいつもあの人の言葉の料理を眺めていたのだ
あの人の織りなす言葉の海の中では
僕の言葉はしなびた海藻のようでしかなかった
僕は椅子に肘をかけ
のけぞるように天を仰いで言葉が降りてくるのを待ったが
あの人はまるで狩りのように言葉を追いかけた
モガで、ダンディで、ハンサムで、猟奇的
どれもが僕を魅了した
木目調の本棚に
びっしりと本が並んだあの人の部屋を想像する
音楽と外国の景色が好きな人だった
詩の匂いのする言葉を見逃さない人だった
言葉のキレを教えてくれた
あの人の堂々とした詩が増えることはもうない
この世に生まれて最初に覚えるコミュニケーションは
泣くことと笑うことだと教えてくれた
そっと静かにこの世を去ることを
教えてくれたのもあの人だった
どういう風にさようならを言えば
ニヤリと笑ってくれるだろうか
僕はあの人になりきってこう言うのだ
グッバイ