最適解を組み合わせても、良い生産システムは作れない

先週の7月20日に「生産革新フォーラム」で行った講演『上手な工場見学の見方・歩き方 〜エンジニアリング会社の視点から〜』には、幸い大勢の方が来場され、このテーマに対する関心の高さをうかがうことができた。そして同時に、「工場設計」という重要な仕事に関する、世間での情報源の少なさも、あらためて再認識することになった。工場づくりのポイントを学びたいと思っても、世の中には殆ど教科書・参考書の類いがないのだ。

たとえば、前回も書いたとおり、機械組立加工系の工場レイアウトには、やっかいな典型的問題がある。それは上下動線の錯綜と分断の問題である。「材料受入→部品加工→組立→検査→梱包出荷」という工程の順序のうち、前半の部品加工はしばしば大型で重い機械設備が必要になり、後半の組立検査は人手中心の作業である。だから、敷地の制約で二階建て以上の工場を計画する場合、重い機械を要する部品加工工程を1階におき、組立検査工程を上階に配置することが普通だ。重たい機械を2階以上に設置するには、床の耐荷重を上げなければならず、建築コストが上昇するからだ。

ところが、原材料搬入も製品出荷も普通はトラックで行うから、搬入搬出口は1階に設置する。そして倉庫も、(それが材料倉庫・中間部品倉庫・製品倉庫のどれであっても)重たいので1階におく。かくして、工場の中には、1階→2階→1階→2階→1階というような縦の物流動線が複数必要になる。そればかりでなく、生産の流れが複数フロアにまたがって分散すると、全体としてどこに滞留が生じているか分かりにくくなるし、どこかで問題が生じても、他のフロアは気づかずに操業を続け、結果として仕掛品の山とワークロードの不均衡を生み出してしまう。「流れをつくる・流れを見せる」が工場レイアウトの基本なのに、それにそむくことになるのだ。

この問題の一つの解決法は、前回ご紹介したN社の事例のように、製品搬出口を2階に持って行く方法である。1階から搬入した材料は1階で部品に加工する。そして2階で組み立てた製品は、2階から梱包出荷する。N社の場合、上流側の部品加工はNCを用いたロット加工であり、下流側は個別受注生産になるため、必ず中間部品在庫が生じる。そこで中間部品在庫用の立体自動倉庫を置き、自動倉庫に縦搬送機能を持たせることによって、工場全体の中に1階→2階という明確な流れをつくったのである。「入口と出口を分けて、流れをつくる」は物流倉庫の基本だが、それを工場全体で実現したのである。

もう一つの解決法が、講演で説明したK社の工場レイアウトだ。K社は我々が数年前に見学した、川口市にある歯車メーカーである。従業員数約200名、年商数十億 の中堅企業だ。K社の工場は3階建てだが、製品種別にしたがってフロアを分けている。大型歯車は1階で、小型歯車は2階で、それぞれ全工程を完結できるようにしてある。したがって、2階にも重量のある機械を置いている。建築の素人であるわたしの目から見ても、床の耐荷重は大きめの構造になっていた。 建築費が上がることは承知の上 でのレイアウトである。

だが、一つの品種の製造の流れが、フロア内で見通せることのメリットの方が、建築費の節減よりも大きいという判断があったのだろう。大変立派な判断だと、わたしは思う。K社を見学に行ったのはたしかリーマンショックの直後だったと思うが、急激な受注減を受けても、ちゃんと持ちこたえて経営されていた。「製造は労賃の安い中国で」というのが常識のごとくメディアで宣伝され、「日本の中小製造業は、大企業の新製品開発サポート業務くらいしか生き残る道はない」と経済産業省が勝手に決めつけていた時代を、ちゃんと生き延びているのだ。

じつは、K社を良く知る知人の指摘によると、K社にはもう一つ首都圏に工場があり、そちらは何とN社と同じような、2階搬出口によるレイアウトになっているという。同社にはこの他にも、学ぶべき立派な事がいくつもあって、講演でもその一端を紹介した。まともな工場を作り、まともな方針で経営している企業は、サステイナブルに事業を継続できるのだと、強く印象づけられた工場見学だった。

それにしても、N社やK社などの創造的な中堅企業ではずっと前から実現できているレイアウトが、なぜ全国の大企業の工場ではできていないのだろうか。工場の規模が違いすぎるから? わたしはそうは思わない。というのは、現代日本ではどこの製造業も、多品種少量生産を否応なく迫られていて、個別の製品群で見ると、そんなに巨大大量生産の工場というのは無いからである。大企業には創造性の高い人材が少ないから? いや、中小企業の経営者たちは口を揃えて、優秀な学生は大企業にばかり入りたがる、というであろう。

わたしは、「部門の縦割り(サイロ化)の弊害が、非効率な工場設計を生んでいる」のではないかと疑っている。企業が大きくなればなるほど、組織構造は立派になり、分業が進み、それぞれの部門が明確な責任範囲を受け持つ体制が発達する。小さな企業では、一人がいろんな事を見なければならない。だが大きな組織では、守備範囲にしたがって、工場づくりなどの仕事も進められる。

そのような分業体制の中で、「各人がその持ち場で最善を尽くす」ことにより、企業全体として最良の結果を得る。——これが一般に信じられている原則だ。たとえば、工場設計においては、機械類は生産技術部門が、建物は総務部門が担当するケースが多い。機械は最高のパフォーマンスのものを導入し、建物は最も安価で堅牢なものをつくる。かくして素晴らしい工場ができあがる、はずである。

しかし、そうではないのだ。N社やK社の例を見ればわかるとおり、建設費の点ではむしろ、外周スロープや耐荷重などで余計なコストをかけている。とうてい最適解とはいえはない。しかし、ある部分ではあえて最適から外すことで、全体としては効率とフレキシビリティを兼ね備えた優れた工場(生産システム)に仕上がる。これが「システム」を設計する仕事の妙味である。なまじ分業化を進めると、こうした視点が消え失せてしまうのだ。

わたしの見た限りでは、日本のディスクリート型製造業における工場づくりは、典型的には次のような流れで進む。

(1) まず、生産技術部門の機械エンジニアが、製造工程の中核となる製造機械装置の基本設計を行う
(2) 続いて、生産技術部門が機械メーカーを選定し、そのメーカーとともに詳細設計を進める
(3) さらに、生産技術部門は資材部門の協力の下、汎用機など補助製造設備の選定を行う

ところで上述の通り多くの企業では、「建物は総務部門の管轄」という決まりになっている。そこで、

(4) 上の流れに並行して、総務部門は設計事務所をよんで、建屋の建築レイアウトをすすめる
(5) ついでゼネコンが入ってきて、建築の実施設計にむけた作業を続ける

ただし工場は建屋と製造機械だけでは成り立たない。保管用の倉庫や搬送装置など、物流搬送設備が必要だし、あるいは電力・水・圧縮空気などのユーティリティも必要だ。というわけで、

(6) 生産技術部門が、製造機械の設計を追う形で、物流搬送設備等の基本設計をすすめる
(7) ついで、生産技術部門が物流メーカーを選定し、そのメーカーとともに詳細設計を進める

で、その結果どうなるか。技術を良く知らない総務部門の事務屋さんが設計事務所に命じて描かせた、ガランドウの建屋プランの中に、生産技術のメインとサブのグループが、エンジニアの視点でそれぞれ選んできた機械設備を配置しようとする。答えはご想像の通りだ。きれいに収まる訳がない。しかたなく、それぞれ基本設計に戻ってやり直しとなる。かくて目に見えぬ無駄な時間が浪費されていく。
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こうした再調整のリワークを避けるたければ、あらかじめ、機械 – 建築 – 設備の間の取り合い(インタフェース)に、かなり余裕を見ておくしかない。インタフェースとはすなわち、耐荷重、電力容量、貫通孔などなどである。だが、当然これはコストアップを意味する。よほど余裕のある工場でなければ(あるいは総括原価方式などで顧客にコスト転嫁可能な企業でなければ)できる相談ではない。

しかし、それよりも問題なのは、「建築コスト最小」と「機械パフォーマンス最高」の足し算の方程式を無理やり解いた結果、全体の流れが錯綜した空間構造、レイアウト変更が容易でない空間構造になってしまう点である。これが、操業後の見えない非効率の温床になる。分業と「すり合わせ型」意志決定が、全体の設計思想なき工場を生んでしまうのだ。

おわかりだろうか。A. 大きな問題を、複数の小さなサブ問題に分解する。→ B. そして、それぞれのサブ問題に対して、最適解を求める。→ C. それらを組み合わせて、全体に対する最良の解を得る・・というのは、いつでも成立する訳ではないのだ。このアプローチは有用だが、元の問題が「足し算の論理」で評価できる場合にしか、成り立たない。そして、わたしの言う『生産システム』は、そうした足し算だけでは評価できない典型なのだ。そこでは、もっと別のアプローチ、すなわちモデリングとシミュレーションを使ったシステムズ・アプローチが必要になる。有用性・冗長性・安定性など複数の評価尺度を考えながら、システムの構成員である人間のふるまいを予測し、導くような設計論が必要なのだ。

そして、だからこそ工場見学は面白いのである。そこには相矛盾する複数の問題に対する、知恵が込められている。込められている、はずである。少なくとも、現場近くで実際の仕事を見ているエンジニア達は感じているはずなのだ。ただ部門単位での局所最適を足したって、全体として良い仕組みは生まれないのだ、と。


<関連エントリ>
 →「工場レイアウト設計の典型的問題と、そのエレガントな解決法」 (2016-06-16)
by Tomoichi_Sato | 2016-07-25 22:37 | 工場計画論 | Trackback | Comments(0)
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