世界銀行はしばしば、自らの役割を探し求めてきた。ニューヨーク大学教授のポール・ローマー氏を新たなチーフ・エコノミストに登用し、はるかかなたの可能性を追い求める準備をしている。
ローマー氏は、その輝かしい経歴において、通説にあらゆる方法で挑んできた。だが、機能不全に陥った社会に良いガバナンスをもたらすという、おそらく世銀の役割に最も近い分野では、同氏の発想は民主主義の実現とはほど遠い方向に傾きがちだ。
成果を出せたかどうかは議論が分かれるが、数十年前には世銀の役割は明確だった。1980年代から90年代に掛けて、財政赤字や経常赤字に歯止めを掛ける必要があった多くの発展途上国や経済の機能不全の国がある中で、世銀は民営化や規制緩和、ひずみの解消などをセットにした「構造改革」や大規模な物的インフラプロジェクトへの投資を条件に融資を行った。
■「ナレッジバンク」への移行試みる
それが最近では、民間資本市場の拡大で、世銀の外部金融提供者としての役割は奪われている。これは世銀が融資先獲得のためにより一層の努力を強いられるようになったことを意味する。世銀は資金だけでなくアイデアも提供することに力を入れる「ナレッジバンク」への移行を試みている。
ローマー氏は過去に有用だったものをたくさん持っている。同氏は80年代、従来型のマクロ経済学に異論を唱える「内生的成長理論」の草分けの一人だった。同氏は経済成長率は資本や労働力の供給や、天からもたらされたように起こった技術の進歩だけに制約を受けるのではないと主張した。経済成長は、スキルの向上と知識の拡大を目的とした政府による介入や、産業クラスターの創成による影響も受け得る。
同様にアイデアや制度の果たす役割を重視することで、ローマー氏はごく最近の取り組みである「チャーター・シティ」の着想を得た。これは、機能している法制度や経済をこれらのいずれも確立できずにもがいている国に移入するという急進的なものだ。何もないところに新しい都市を創造し、それを外国政府や他の主体にアウトソースして、法の施行や徴税などの運営をさせるというアイデアだ。
今では、広範囲に適用する前に限られた地域で政府が様々な経済規制を試みる事例がいくつも存在する。例えば中国は深圳などの経済特区を半自由化した輸出主導型の成長モデルの実験台にしている。だが、独立した都市を新植民地主義の前哨基地として運営することと、その法律や制度をその周辺地域にも浸透させることとは全く別だ。
世銀は既に、経済政策の制御に注力することから、「ガバナンス」、つまり民主主義と法の支配の尊重や汚職撲滅を根付かせることに主眼を移したが、まだ大した成果は出せていない。政府機能に真の抜本的な改革を施すことを目的に融資の条件を付けることが、例えば、国営電力会社の民営化よりも難しいと露見した。
実際、ローマー氏自身が自分のアイデアを実践する上で困難にぶつかっている。同氏は携わっていた主要なプロジェクトであるホンジュラスの「チャーター・シティ」計画から撤退した。同国政府が十分な透明性を確保せず、相談なしに投資グループと契約を結んだ後のことだ。
同氏の登用は新たなアイデアをいくらか必要としている世銀にとっては良いことだ。だが、世銀は、また別の押しつけがましい条件を持ち込んだと見られないよう、極めて慎重に歩みを進める必要がある。
(2016年7月25日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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