僕が「離婚」を切り出して以来、僕ら夫婦はまったくスキンシップを取っていなかった。
なので彼女を抱き上げて、玄関口まで連れていった1日目、僕らは二人ともなんとも変な感じで、ぎこちなかった。
それでもそんな僕らの後ろを息子はそれは嬉しそうに手をパチパチ叩いてついてきた。
寝室からリビングへ、そして玄関口へと妻を腕に抱いたまま10メートルは歩いただろうか。
妻は目を閉じたまま、そっと「どうかあの子には離婚のことは言わないで」と耳元でささやいた。
僕は黙ってうなずいた。
でもなぜか、そうしながら心はひどく動揺していた。
妻をドアの外に静かに下ろすと、彼女はいつものバス停へ向かって歩いていった。
僕もいつも通り車に乗り込み仕事へ向かった。
2日目の朝。
初日よりは少しは慣れた感があった。
抱き上げられながら、妻は僕の胸に自然ともたれかかっていた。
僕はふと、彼女のブラウスから薫るほのかな香りに気づいた。
そして思った。
彼女をこんな近くできちんと見たのは、いつ以来だっただろうかと・・・
妻がもはや若かりし頃の妻ではないことに、僕は今さらながら驚愕していた。
その顔には細かなシワが刻まれ髪の毛には、なんと白いものが入り交じっている。
結婚してからの年数が、これだけの変化を彼女に・・・
その一瞬、僕は自問した。
「僕は彼女に何てことをしてしまったのだろう」と。
次ページへ続きます