かれが好きだった

美しい人の悲しみに、おれは心を打たれてしまう。
この人のために身を捧げてもいいと思うくらいに。
だけどもその人が悲しみを脱した途端に
自分でも驚くほどその人に興味を失ってしまうことがある。
おそらくランチしてるOLにでも聞いたら、
「んーっと、それってー、初めから愛情じゃなくて、ただの情だったんじゃないかなー」
なんて言うのかもしれないが、奴らはわかっちゃいないよ。
どこにでも入ってける奴は誰が入ってきても構わないんだ。
だけどドアを開けちゃいけない人が入ってきてしまったとき
その人が出て行くまで、その悲しみに身を捧げることもあるというお話。




だけどこれはまた別のお話。
ドアからみんなを追い払った人のお話。


20代の頃、おれはあるミュージシャンの姿に
何度も救われてきた。
おれはそのバンドのライブに幾度となく足を運び
彼らの演奏、彼の語る言葉の数々に
何度も何度も助けられた。
彼がいなかったら、おれはあの時期を乗り越えられていただろうか
そんなことを思うくらい、ほんとうに大切な存在だった。

おれがそのバンドのライブに頻繁に通うようになった頃というのは
そのバンドの集客が最も落ち込んでいた時期でもあった。
隙間だらけの客席、彼はその少ない客に向かって
自己を顧み、しんみりと言葉をつぶやいていた。
その言葉の数々は、あの場にいた客の心を打ち
客席がひとつの感動で溢れる瞬間が何度もあった。
彼はあそこにいたはみ出し者たちにとって
とてもとても大きな、代えがたい存在だった。



数年前から彼の言動が変わっていってしまった。
自分にケチを付ける人間を全否定し、
自分と意見のそぐわない人間を排除し始めた。
まるで音楽ファンというのは
好きなミュージシャンを全肯定しなければいけないとでもいうように。
仮想敵を作り、それを攻撃し
出来損ないの自分こそ正しいとでもいうように。


特定のバンドのファンというのは、確かに宗教じみたものがある。
よくこんなにミュージシャンの都合のいいように解釈できるなと
特定のファンにあきれるような経験は自分も何度もある。
だけどそのバンドは、そんな存在じゃなかったはずだった。
何の意見も合わないあらゆる落ちこぼれたちが
それでもそのバンドを拠り所にしているという部分だけは共有できる存在だった。
おれは彼の言葉に何度も心を揺さぶられたけれど
彼を崇拝していたわけでも、彼を聖人のように思っていたわけでもない。
むしろどうしようもない奴だとは思ってた。
だけどここまでクズだとは思わなかった。




ためらい、自己を疑い、それでも力を振り絞る人間というのは美しい。
普遍的な人間になりたいと思うわけじゃないけど、
どこかでそれに憧憬を持ち、そうなれない自分に負い目を感じる人間というのは。
確信しているかのように振る舞う人間は浅ましいものだ。
そこには何の深みも感じない。
まっとうとされるものを否定し
そうではない自分を誇るようになってしまった姿というのは。


元々その程度の人間だったのだろう。
とはいえ今でも彼は自分にとって重要な存在だということに変わりはない。
あの頃、彼の言葉に受けた感動も
幾度も救われたあの思いも変わらない。
おれはかれが好きだった。
だけどそんなものはもう存在しないのだろうか?




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