吉村さん

吉村さんの訃報を聞いてからそのことばかり考えているけれど
いまだに信じられない。
何の根拠もないけど、あの人はずっと生きているもんだと思ってた。
亡くなったなんて全然リアリティがない。
だけどいろんな人の言葉を目にして、
もう吉村さんの演奏が聴けないんだって
ぽっかりとした穴にはまりこんだ気持ちになっている。

自分は吉村さんを個人的に知ってるわけでもないただのファンだし、
古いファンというわけでも
ブッチャーズのライブに熱心に通っていたわけでもない。
だけどこれだけ思い入れがあってリアルタイムでずっと聴いていて
ライブにも何度も足を運んでいた人の訃報に触れるなんて初めてで
ただ戸惑う気持ちが大きい。


吉村さんのギターが好きだった。
楽器なんてわからないおれでもどうやって弾いてるのか不思議に思うような
聴いたことのない音色と重厚感。
吉村さんはギターをオーケストラにできるんだなあ、なんて思いながら
ライブに行ってはその轟音に身を任せていた。
それは他の誰も真似のできない、美しく圧倒される世界だった。


吉村さんはずっと生きてるもんだと思ってた。
映画の「kocorono」のなかで
「伝説になっちゃ駄目なんだよ。ってことは生き続けなきゃいけない」
って言っていたあの言葉は
まさに吉村さんを表現していると思ってた。
だから、なんで死んでんだよって思いもある。
伝説になんてなってほしくないから。
そんなもんで済まされてたまるかよって思う。

吉村さんは、なまものだと思う。
音源はずっと残るけれど、
あの人の生の姿のほうがよっぽど強烈だった。
あのギター、あの存在感
へったくそな歌声も
口下手で、感覚的すぎて何言ってんのかよくわかんないMCも
全部魅力的だった。
くだらない伝説なんかより
一回のライブのほうがずっとかっこよかった。



いつだったか、もう10年以上前
cowpersがシェルターでやったときに吉村さんも来ていて
シェルターの外の階段の一番上に
酔っ払った吉村さんが立ち塞がって、
階段を昇り帰っていく客全員と握手をしていた。
自分も握手をしたけど
おっきくて、なんだか温かい手をしていた。
自分は吉村さんを知らないけれど、
めんどくさい面もある、いや相当めんどうな人
だけど憎めなくて、愛される存在
そんな伝え聞く人物像に似つかわしいような
おっきくて温かい手だった。


吉村さんの存在を思うとき
時折ブコウスキーの作品のなかのある男女の会話が浮かんでくる。

「あんた、まるごとそこにいるのね」
「どういう意味?」
「だからさ、あんたみたいな人、会ったことないわよ」
「そう?」
「他の人は10パーセントか20パーセントしかいないの。でもあんたはまるごと、全部のあんたがそこにいるの」


客席からステージ上の姿を観ていただけだけど
自分には吉村さんもそんな存在に思えた。
吉村さんの奏でる音からは
そんなでっかい人物像が伝わってくるようだった。
最高にかっこよくて
いつだって吉村秀樹そのものだった。


「天使はポケットに何も持っていない」って
ジョン・ファンテの息子が、生前評価されずに貧しいまま死んだ親父に
オマージュを捧げた作品のタイトルだけど、
多くの影響は与えても世間からは十分に評価されなかった吉村さんも
何も持たずに去っていってしまったのかもしれない。
だけど何も持っていなくても、その存在だけで
彼に触れた人に多くのものを残していったのだと思う。
暴力天使だったかもしれないけどね。




吉村さん、あなたの音楽を聴いて何度も何度も
たまらない気持ちで胸がいっぱいになりました。
それはこれからも変わらないでしょう。
ほんとうにありがとうございました。
とても悲しいです。





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