これまでと趣の異なる世界遺産が誕生した。東京・上野の国立西洋美術館本館である。パリを拠点にした建築家ル・コルビュジエ(1887~1965)が手掛けた。

 フランス、アルゼンチン、インドなど7カ国にある17作品の一つとして登録された。複数の大陸をまたぐ世界遺産は例がない。日本が他国と共同で推薦したのも初めてだった。

 人類全体の宝を守るのが世界遺産の目的だ。しかし、ややもすると、自国の文化に国際的なお墨付きを得たいとの思いが強まり、考え方が内向きになるきらいがある。

 それが今回は、各国の協力で登録に至ったのが意義深い。

 ル・コルビュジエは、ヨーロッパ伝統の石やれんがの建物から離れ、コンクリート、鉄、ガラスを使って、工業化と都市化が進んだ時代にふさわしい、機能的で開放的な建築を目指した。その思想は国を超えて共有された。人や物、情報が世界を頻繁に行き交う20世紀の文化を象徴する「遺産」といえる。

 日本の世界遺産としても異色である。

 これまでの19件は寺社や城、屋久島、富士山などで、特別な価値や歴史を感じとりやすい。一方、西洋美術館本館は、1959年にできた鉄筋コンクリートの四角い建物。一目で格別の価値は分かりにくい。

 だが、戸外に開かれた1階の空間「ピロティ」や、展示室が四角いらせん状に外に広がる構造などに込められた考えを知ると興味が深まるのではないか。ル・コルビュジエの影響を受けた日本の建築家は多い。そういう人たちの作品にも関心を広げると、日常目にする建築の見え方が変わるかもしれない。

 一歩踏み込んで知り、考えることを促す。新しい世界遺産はそんな「宝」といえそうだ。

 西洋美術館はすでに、資料や解説などで建物の魅力を伝える取り組みをしているが、これを機にさらに拡充してほしい。

 建物の成り立ちにも目を向けよう。

 第1次大戦で利益を得た経済人、松方幸次郎は、日本の人たちに見せたいとヨーロッパの美術品を集めた。多くは散逸・焼失してしまったが、パリにあった約400点は第2次大戦中に敵国人財産としてフランス政府の管理下に置かれた。それが戦後、日本に寄贈返還され、展示のためにつくられたのが、この美術館だ。

 二つの世界大戦、国を超えた理解と交流。美術館が語る20世紀の歴史にも耳をすませたい。