小池ゆり公式サイト



日本有事3つのシナリオ

VOICE 2003年3月号
衆議院議員 小池百合子
現代コリア研究所主任研究員   西岡 力
杏林大学教授 田久保忠衛


第1のシナリオ イラク攻撃
アメリカは孤立主義に戻る 小池百合子


小池 私は長年、中東問題に関わってきましたが、加えて、北朝鮮の拉致や朝銀の問題にも取り組んでいます。ふと自分が「悪の枢軸」担当議員だというアイデンティティに気がつきました(笑)。
 昨年末、大晦日に日本を出てドバイやアブダビ、オマーンなど湾岸地域を視察しました。現地でいろいろなメッセージを受け取ったのですが、今の彼らの共通意見は、「サダム・フセインは嫌いだが、アメリカもいい加減にしてほしい」ということです。アラブ諸国でもアメリカの大衆文化が浸透しており、一種の憧れが存在する一方、アメリカの影響が強すぎることが、イスラエル問題と相まって、複雑な反米感情を抱かせている。アメリカがイラク攻撃に成功すればするほど、反米感情は高まるでしょうし、中東での混乱の根は深まるでしょう。
 1991年の湾岸戦争では、イラクがクウェートという同胞を侵略したことで、反イラクの感情を共有していたのですが、今回は、アメリカ対イラクの色合いが強く、「文明の衝突」への広がりも否めません。IAEA(国際原子力機関)のエルバラダイ事務局長が雑誌『タイム』で「核兵器開発の確たる証拠はない」と語ったこともありましたが、当初の行け行けムードから、二の足を踏むような空気が広まっています。
 アメリカにとってのイラク攻撃は、91年の湾岸戦争の総決算としての位置づけでしょうか。ブッシュ大統領の代替わり以外は、チェイニー現副大統領、パウエル現国務長官といった顔ぶれは、湾岸戦争時と同じです。違いは、標的がサダム・フセイン大統領本人の処遇ということに尽きます。すでにフセイン亡命説も流れていますが、イラク最大の病根をピンポイントで抜き去ることは、イラク国民にも、周辺のアラブ諸国にも、何よりもブッシュ政権としても望ましいシナリオでしょう。ただし、よほど強力な圧力をかけなければ、フセインは亡命に踏み切らないでしょう。
 亡命先はリビアやサウジアラビア、ロシアなどが推測されていますが、私は亡命受け入れ経験が豊富なエジプトがふさわしいと考えます。
 大量破壊兵器の除去については今後、ポスト・サダムをはじめ、イラク戦後にどのような政権をつくるか、すでにアメリカの外交評議会でも俎上に上がっています。クルド族などの問題もあって、青写真を描くのは困難なようですが。
 それでも、アメリカがイラク攻撃をそう簡単にあきらめるとは思いません。先のエルバラダイIAEA事務局長についても、同じエジプト外務省の出身で、国連改革案によってアメリカの不興を買い首になったプトロス・ガリ事務総長の姿と重なります。エルバラダイ氏の椅子も、その発言次第ではないかと。
 最後にもう一点。「悪の枢軸」と呼ばれる2カ国のうち、片やエネルギーが有り余るイラク、片やエネルギー不足の北朝鮮と、結局「エネルギー」を共通項としているように思います。その意味で、日本はイラク問題についてアメリカの動向だけを見て右往左往するのではなく、イラク問題は、石油エネルギーの9割を中東に依存するわが国の国益に直結することを忘れてはなりません。
 ちなみに昨年末にスペインが、イエメン向けの北朝鮮製ミサイルの積み荷を臨検しましたが、イエメン産の石油を買い入れているのは、じつは中国です。中国は、年間厄50万トンの石油を北朝鮮に分けています。積み荷のミサイルはおそらくその代金なのでしょう。世界各国はエネルギー資源の確保に国益を重ね合わせて対応しています。アメリカにその視点がないとは考えられません。日本政府が、石油問題をたんに石油会社の購買部の仕事だと思っているならば、これは恐ろしい話です。

討議
「世界の警察」を降りる恐れ

田久保 小池さんがおっしゃった「サダム・フセインの亡命がベスト」という考えはそのとおりでしょう。この解決法はイラク側も満足するでしょうし、アメリカの世論も納得し、世界の国々の合意も得られる。ただ、これが現実にできるかどうかが問題です。1月中旬の時点で、たしかにこれまでは100%あるだろうといわれていたイラク攻撃が、一時的にトーンダウンしました。イギリスのブレア首相が必ずしも米英が一心同体でないような発言をして、歩調が若干乱れている印象を与えたが、米国のペースでいま進んでいる。
 戦後処理については、ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン博士が「イラクのトラブルが終わったあとは、この国がサウジアラビアに代わって中東の脚光を浴びる国になる」と述べているように、中東の力の均衡が変わると予想されます。
小池 イラクを「フセイン亡命」という選択肢にもっていくのは、まさに力の勝負です。自らをバビロン王のごとく思っているサダム・フセインに「名誉職を設けましたから、こちらにお移りください」といっても、そう簡単に引き下がりません。アラブ人は亡命を望んでも実現しないとあきらめていますよ。
田久保 もし仮にサダム・フセインの亡命を実現しようとして米国が失敗した場合、ブッシュ政権は大打撃を受けるでしょう。この数年間、とくに昨年1月29日の大統領一般教書演説における「悪の枢軸」発言以来、アメリカのイラクへのパンチの出し方がジャブ、フックときたが、肝心のボディブローで腰が砕けてしまうということになる。これが同盟国その他の不信につながると、厄介なことになる。とはいえ、中央司令部・先遣隊が1000人も現地に派遣されているなかで矛を収めることは、アメリカ国民が許さないでしょう。
西岡 亡命という外科手術が成功しなかった場合、「アメリカの力もここまでだった」という認識とともに、各国の反発が強まります。そのとき、アメリカは孤立主義にもう一度戻るかもしれない。すなわち、それは「世界の警察」の役を降りることです。北朝鮮と軍事力増強を続ける中国を身近にもつ日本にとって、これはよくない。逆に、サダム・フセインの亡命が成功すると、金正日とそのファミリーにも亡命の道が生まれるかもしれない。
 アメリカの対テロ戦争が失敗していまい、アメリカが引くことになれば、極東はどうなるのか。イラク戦争の行方は中東だけはなく、極東秩序、さらには世界秩序にとって重大な岐路です。日本は同盟国として何ができるのかを考えて準備をすべきですし、イラク攻撃である程度アメリカに恩を売っておくことは、次の対北朝鮮戦争において大きな意味を持つと思います。
田久保 そのアメリカの決意について決定的な変化を述べると、一つは、国土安全保障省(Department of Homeland Security)の設立です。これは冷戦時代にトルーマン大統領が創設したペンタゴン、復員軍人省に次ぐ大きな組織です。スタッフはおよそ17万人。再編とはいえ、日本でこのような改革は不可能でしょう。国務省、厚生省、司法省、運輸省、財務省の一部などあらゆる対テロ組織が総合的な対策を実施しようとしている。これがブッシュ政権の「今世紀中はテロと戦う」という意思の表明です。
 もう一つは、小泉首相が訪朝した9月17日の3日後に、ブッシュ大統領が「アメリカの国家安全保障戦略」を出して政策を転換したことです。アメリカには伝統的に「最初の一撃を相手に打たせてから開戦する」という政策がありました。1898年の米西戦争では、米国砲艦メーン号がキューバのハバナ港で自爆し、スペインの潜水艦に撃沈されたと嘘をついてスペインを叩いた。第一次世界大戦では客船ルシタニア号がドイツのUボートに沈没させられたことで参戦し、第二次世界大戦の契機は周知のようにパールハーバーです。アメリカは、この建国以来の国是を変えたのです。「テロリストは、いついかなる手段で何を狙うかわからない。最初の一撃を待ってはいられない」というコンセンサスを、堂々と政策に書き込んだ。この姿勢は、今世紀中は変わらないでしょう。

同盟国をなんだと思っていいるのか

西岡 おっしゃるとおり、アメリカにとってイラクがビンラディンに協力したか否かは、もはや問題ではなくなっています。アメリカはその点を査察しているのではなく、イラクが核兵器+生物・化学兵器を保有しているか、あるいは製造しようとしているかどうかを問題にして、査察、さらには攻撃を考えているのです。「悪の枢軸」に対して抑止力でバランスをとることは不可能だから、相手の能力を先に潰すというのが、アメリカの新しい戦略です。日本は同盟国としてこの戦略認識を共にしなければならない。
田久保 同盟国の対応は問題です。イラク攻撃においてはドイツ、北朝鮮攻撃においては韓国が、難色を示しています。すると朝鮮半島の安全に関わる問題にもかかわらず、アメリカ人だけが血を流す必要があるのか、という世論になりかねない。いま申しあげた国土安全保障省は、あくまでアメリカ本土とその国益を守る機構であり、他国を守るためのものでありません。同盟国が難色を示すと、アメリカ国民の気持ちは急速に冷えていくかもしれません。それは日本にとって好ましくない。
西岡 アメリカの国内の一部には「核開発を公言している北朝鮮があるのに、なぜやっていないというイラクに先に武力行使をするのか」という意見がありました。それに対するブッシュ政権の回答は「危険度は同一であるが対処法は違う」というものです。北朝鮮には経済制裁が効くが、イラクには軍事圧力しかないということです。湾岸戦争以来経済封鎖を続けても、サダム・フセインや彼の親衛隊が困窮している様子はない。イラクに比べたら北朝鮮の生活水準は雲泥の差で、それはイラクに石油の密輸という経済手段があるからです。
小池 イラクの経済封鎖など無きに等しい状況です。イラクはハーフ・クローズドで、ハーフ・オープンです。人、物、金の抜け道がいくらでもある。先日もアブダビで「イラクより北朝鮮のほうがよほど危険じゃないのか。中で何をしているかがまったく見えない」と鋭い指摘をするアラブ人と会いましたが、たしかにそのとおりですね。
田久保 日本の政治家もマスコミも「手荒いことはアメリカがするので、われわれは対米関係上、どこまで協力できるかを現行法制の枠内で決める」という役人的な考え方に閉じこもっています。また、日本の一部の言論人は「テロリストは悪い。さりとてアメリカも悪い」と、無自覚に両方を等分に批判するかのような傾向がある。アンパイヤ役よろしく振る舞うつけがいつ日本に襲いかかるかわかりません。
 その際に注目すべき例が、ドイツです。シュレーダー首相は総選挙で緑の党やSPD(社会民主党)など中道左派の票を取ろうとして「アメリカのイラク攻撃では手を汚さない」と明言してしまった。おまけにその後、ドイツの前内閣の司法大臣が「ブッシュのやっていることはヒトラーと同じではないか」とまで言ってしまった。新聞記者がいないと思って発言した言葉が新聞に載って大騒ぎになったのですが、これに対してウィリアム・サファイア(元ニクソン大統領のスピーチライター)が『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで「“中東のヒトラー”については批判しないのか」と問い質した。つまり「同盟国を何だと思っているのか、戦後復興のために支払ったマーシャル・プランの金を返せ」と。ドイツとアメリカの関係は険悪で、ドイツ側の努力がないと修復不能になることも考えられる。イラクの問題も北朝鮮の問題も、どこが敵かの判断を誤ると、大きなしっぺ返しを食うことになります。
小池 日独が折れて、そこにイタリアが加われば、日独伊という枢軸が甦ってしまう(笑)。それは日本としても避けたいところですね。

第2のシナリオ 北朝鮮危機
オールコリアンVS日米?


西岡 冒頭、小池さんが自分を「悪の枢軸専門」だとおっしゃいましたが、私は悪の枢軸のうち一国専門です(笑)。ブッシュの「悪の枢軸」発言が出た一般教書演説の原文を読むと、実は言及の順番は北朝鮮、イラク、イランで、北朝鮮が最初なのです。
 北朝鮮を「悪の枢軸」に指定した理由は、「ミサイルと大量破壊兵器で武装しながら国民を飢えさせている」という点です。注意すべきなのは、大量破壊兵器について「開発している」ではなく「武装している(is arming)」と断定していることです。一般教書演説の原文ですから、即興ではなく推敲を重ねた末の表現です。
 核兵器については、最も少なく見積もる人でも核ミサイル1,2発相当のプルトニウムがあるという見方で、私は5発の核弾頭保有という考えです。安全保障の基本は「疑わしきは準備せよ」です。アメリカは米国本土まで届くミサイルがあるという前提で核査察を迫っているので、絶対に妥協はしません。
 金正日もそのことを知っています。拉致を認めたのも核開発の封印を解いたのも、私の見方では金正日は2003年に絶対に緊張が高まることを想定して、アメリカが攻撃しにくい時期、つまりイラク攻撃が終わっていない段階で、なおかつ韓国の盧武鉉大統領が訪米してアメリカに親北朝鮮の姿勢を改めるよう説得される前に、韓国内の反米感情を盛り上げて「オールコリアン対米国」という「文明の衝突」
を目論んでいます。
 問題は韓国です。昨年末、韓国の新大統領に選ばれた盧武鉉の人気を支えているのは、若者たちの反米感情です。保守派の人たちがいくら米韓同盟や普遍的な価値としての民主主義の大切さを訴えても、若者は「同じ民族」という感情に流されてしまう。これは北朝鮮が80年代以降、韓国に対して政治宣伝を続けた成果でもあるわけです。韓国では、左翼のほうが民主主義的なんです。全学連委員長にあたる活動家が韓国の国旗を体に巻いて集会に出てくる。
 国際社会が団結して金正日を弾劾する前に、南北は話が通じるということで金正日が訪韓し、盧武鉉と握手をし、「私たちの願いは統一」という歌を一緒に歌う、ということになれば問題です。「朝鮮民族の問題は内部で話し合うのがいいんだ。アメリカは自分も核兵器を持っているくせに、1,2発を口実に干渉するとは何事か」という韓国内の反米気運が高まる。このままいけば、朝鮮半島に早晩、緊張状態が生まれるでしょう。早ければ2月にも、国連安保理の経済制裁決議が出る前の、金正日ソウル訪問があるかもしれない。日本にその認識があるのか、きわめて不安ですね。

討議
南北の「国家連合」もありうる

田久保 西岡さんのおっしゃった中で、韓国ファクターはきわめて大きいですね。2月25日の新大統領就任以降、何か事件が起こらないかぎり、少なくとも5年間は盧武鉉政権が続くことになる。彼は1月13日にアメリカのケリー国務次官補と会って「韓米同盟は過去、現在、未来にわたって重要だ」といいましたが、彼の基本的姿勢は変わらないと思いますね。『ニューヨーク・タイムズ』に「韓国の反米主義はそのまま親中に結びついている」という記事がありました。また、昨年は韓国を訪れた中国人の数が最大になり、貿易も急速に伸びています。韓国の親中の度合いはいっそう増しているのではないでしょうか。
西岡 韓国の貿易黒字相手国は昨年、ついに中国がアメリカを抜いてトップになりました。
田久保 親中、親北の政策が続けば、日本としても黙って見ているわけにはいかない。金正日が2月にソウルを訪問するという説もあります。
西岡 その噂は事実、ソウルで流れていました。今年の1月に韓国に行ってきたのですが、まさに米韓の「同盟」よりも南北の「民族」を選ぶというムードを感じましたね。
田久保 盧武鉉は選挙期間中、「米朝が戦うようなことがあれば韓国が止めに入る」といっていました。仲裁役になるというのもおかしな考えです。
西岡 「仲裁」というのは、およそ同盟国の発想ではありません。私もソウルに行く前は平沢勝栄代議士らから「韓国にも拉致議連のような組織があれば、連帯して戦えるので探してほしい」といわれましたが、こういう雰囲気になると絶望的ですね。仮に、盧武鉉に会った金正日が「北朝鮮は核開発をやめてもいい」といったとします。金正日がpその言葉をアメリカに行って伝えてくれ」といい、盧武鉉がそれを実行したら、彼の株が上がります。韓国の保守派が懸念しているのはこうした動きで、いずれ南北の「国家連合」まで行ってしまうのではないか。
田久保 大統領就任式の2月25日を狙って金正日が「国家連合」をもちかける手もあるね。
西岡 十分ありうることです。それを防ぐには、韓国の保守派にどれぐらい反金正日デモができるか。保守派は若者が少ないですからね。
 いま韓国では反金正日を堂々と報道しているのは『朝鮮日報』だけです。韓国の一部では『朝鮮日報』不買運動が起こっていて、知識人社会でも『朝鮮日報』に寄稿しないという運動があります。盧武鉉も数年前までは公然と「『朝鮮日報』は暴力団の新聞だ」といっていました。
 昨年12月14日の反米デモのときは、『朝鮮日報』の社屋に卵が数百個、投げつけられました。このとき『月刊朝鮮』編集長の趙甲濟だけが毅然と「これだけの卵があったら、北朝鮮の飢えた人たちがどれだけ助かることか」と、インターネットのコラムに書いていました。韓国が盧武鉉政権の5年間、自由民主主義国家と呼べるかどうかは、少し誇張していうと、『朝鮮日報』『月刊朝鮮』がどういう処遇を受けるかで判断すべきかもしれません。日本人拉致について「金大中政権が終わったら情報が多く出る」と話していた人たちも今回、「やはり困難だ」と沈痛な面持ちでいました。
田久保 深刻ですね。韓国が北朝鮮に接近してアメリカから距離をとるようになると、米韓関係に亀裂が走る。もともとアメリカは金大中政権の「太陽政策」との付き合いに辟易していました。アメリカの今の指導者たちの頭には、1938年におけるヒトラーへの宥和政策の失敗が刻み込まれている。韓国が盧武鉉政権になったことで「太陽政策」がもう5年続くとみるのが常識だから、軋轢は避けられないでしょう。
小池 韓国に関して、事件を起こした在韓米兵は、住民によって殴る、蹴るで袋叩き同然のバッシングに遭うそうですね。日本はマスコミによる袋叩き程度。そのうち、アメリカの世論から「もう在韓米軍基地は撤去しよう」という声も出かねないですね。アメリカが北朝鮮との対話を求めた背景には、38度線にいる在韓米軍3万7千人という「人間の盾、人質」の問題が大きいでしょう。私は盧武鉉政権の誕生や「大胆な提案」を見て、アメリカの在韓米軍引き揚げという選択肢もあるなと思いました。
田久保 また、沖縄の新聞を見ていると、沖縄からソウルの反米デモにボランティアがかなり参加している。「同じアメリカの基地問題を抱えた仲間だ」というのです。
小池 日米地位協定見直し派ですね。
田久保 この動きが韓国、平壌、さらに北京に通じていく。今後、米韓関係のギクシャクが続くと、米韓の対立が日本の国内にまで波及してくるのではないかと危惧しています。極東の歴史を見ると、朝鮮半島は中国大陸との結びつきが強い地域で、李氏朝鮮の時代までは、はっきりいえば属国でした。大陸国家と海洋国家という、21世紀の国際秩序が変化して元に戻っていく傾向があるのではないか。
西岡 韓国の保守派の人たちは、韓国の「大陸国家化」を懸念しています。韓国が発展できたのは38度線のおかげでした。中国との結びつきがなくなり、海洋国の日米と手を結ぶことで、韓国が一種の「島」になったからです。輸出志向の貿易立国になり、工業化戦略が成功した。それをもう一度、大陸国家に戻そうという動きがあります。
田久保 さらにいえば、アメリカと北朝鮮の関係は波乱含みです。1月14日、ブッシュ大統領が、核開発を放棄すればエネルギーや食料などの支援策を検討するという「大胆な提案」を発表しました。アメリカのぶら下げるニンジンが次第に大きくなると、日本の政策に悪影響を及ぼしかねない。米提案の真意は北朝鮮に厳しいのですが、ここを誤解し、「だからいったことではない。北朝鮮に宥和策が有効だ」と躍りあがる人々が出てくる懸念がありますね。
小池 アメリカ国務省でも2つの筋があります。ボルトン国務次官を中心とする強硬派と、パウエル国務長官を中心とする宥和派です。アメリカ国務省の人と話すと、「北朝鮮は論理で話せば、対話は可能」という確信がうかがえます。「時期がくれば食糧支援の用意もある」ともいう。これは以前から漏れ聞く話です。ただ、私は、日本単独でも経済制裁を加えるべきだと主張してきましたし、なかでも朝銀への公的資金の注入や送金の停止をずっと訴えています。1兆4千億円も納税者のお金をつぎ込んで、領収書代わりにテポドンが飛んできたという、こんな馬鹿げた話はありません。
 じつは昨年1月にワシントンを訪れたとき、アーミテージ国務副長官らに日米共同での経済制裁を呼びかけました。朝銀の送金停止の話をすると、「その問題は、かねてよりアメリカが指摘してきたが、日本は何も動かなかった。そもそも、これは日本自身の問題ですよ」と切り返されてしまう。拉致問題もしかり、なんですよ。結局、日本の対応が問われている。日朝平壌宣言はもはや宙に浮いていますが、それでも小泉首相が1つのページをめくったのは事実です。これからが本当の勝負で、北朝鮮は日本の経済支援を喉から手が出るほど欲しいのですから、この外交カードを武器に強硬姿勢で臨むべきでしょう。

北朝鮮の恫喝に耐えられるか

田久保 そもそも大量破壊兵器の開発という問題以前に、通常兵器として日本を射程においたノドンが100基展開されている。この驚異認識が皆無なんですよ。ノドンが日本のどこに向けられているかを専門家に聞くと、まず防備が脆弱な原子力発電所の原子炉だという。その原発が日本で19施設51基、北朝鮮に近い日本海側だけでも11施設30基あります。もしノドンを新潟県の柏崎市に撃ち込まれたらどうなるか。専門家いわく、原子炉自体は大丈夫だが、それに隣接した使用済み核燃料を冷やす冷却管理プールが問題だという。中に入っている放射能は広島に落とされた原爆の約1.7から7倍で、ミサイルが直撃して放射能が飛散したら大惨事になります。
西岡 私は以前、黄長燁元朝鮮労働党書記に会って、北朝鮮がミサイルを使うタイミングを聞いたことがあります。彼は、短期決戦のとき奇襲の一環として使うだろうと言いました。韓国に特殊部隊を送り込んで在韓米軍と韓国軍の機能を数日間麻痺させ、そのあいだに奇襲南進作戦を展開する。その場合、在日米軍基地が一番邪魔だから、ミサイルを日本の主要都市に向けて「日本政府が在日米軍基地の使用を許可すれば発射する」と脅す。アメリカは防衛条項に従って動くでしょう。
 ところが、アメリカ軍が在日米軍基地から出動する場合、極東有事における米軍基地使用は、日米安保条約第6条で事前協議の対象になります。すると日本政府が「基地使用にイエスというかちょっと待ってくれ」ということになるかもしれない。そのような悠長な話がアメリカに通じるはずがない。
田久保 アメリカの保守派は朝鮮半島は50年の朝鮮戦争当時に戻るのではないかと懸念しています。朝鮮戦争の原因の1つは、当時のアメリカのラスク国務長官が、朝鮮半島を大陸国家と見なして防衛線に含めなかったからです。アメリカは同じ轍は踏まないでしょう。
小池 近年でこれほど北朝鮮の危険が高まったのは、93,94年以来です。当時、アメリカと北朝鮮の対立が「塩漬け」になった原因は、94年のカーター元大統領の訪朝と、そののちに結ばれた米朝枠組み合意でしたよね。カーターはノーベル賞をもう一度とばかりに今、訪朝計画でうずうずしているのではないでしょうか(笑)。北朝鮮の体制が中途半端に温存される最悪のシナリオです。
西岡 当時は、ノドンがまだ実験段階で、その北朝鮮に武装する時間とお金を与えたのがカーターでした。
田久保 私は物理学賞ならともかく(笑)、ノーベル平和賞だけは信用できませんね。カーターに太陽政策の金大中韓国大統領、それに
テロリストを匿うアラファトですから。一方、日本人に関して私が心配なのは、北朝鮮の恫喝に耐えられる精神的基盤があるかということです。9月11日にテロがあった直後、ブッシュが「テロリストはアメリカのビルの基礎を破壊できたかもしれないが、アメリカ人の心の基礎は絶対に破壊できない」といいました。テロに立ち向かう精神をアメリカ国民に問い、国民はそれに応えました。これに比べてわが国はどうかというと、心もとない。震え上がって土下座する向きが出るかもしれない。
小池 金正日は日本よりも数倍の外交感覚でイラク情勢を見ています。だからこそ、イラクに耳目が向いているときに「こっちを向いて」といわんばかりに核封印を解いて、攪乱作戦に出た。「悪の枢軸」同士の地下ネットワークがあるかのようです。かつての対日ABCD包囲網のごとく封じ込められている北朝鮮の状況を、わが国に置き換えたらどうでしょう。よかれ悪しかれ、あれほど手練手管のリーダーが日本にいるかと考えると、疑問ですよね。永田町内での手練手管は何人もおられますが。

第3のシナリオ 日米安保の消滅
日米同盟か、核武装か


田久保 現在の日本の状態を考えると、わが国は日米安保を頼りにしなければ生き残れない。そのことが鮮明になった契機が、今回のイラクと北朝鮮の問題です。今から5年ほど前、ブレジンスキーが日本を「事実上のアメリカの被保護国(de facto Protectorate of The United States)」と言いました。この表現に私も当時は憤慨したのですが、この「被保護国」という言葉を「外交・防衛をアメリカに頼らなければどうにもならない」という意味にとれば、ブレジンスキーは正確に現在の状態を言い当てたと言わざるを得ない。いま正式に「被保護国」というのは、世界でアンゴラとモナコ公国、この2カ国だけです。日本がなぜそのような状態になったかというと、いつの間にか独立自尊の精神を失って、危険な仕事はアメリカがやると思いこむようになってしまったからです。
 1月3日付けの『ワシントン・ポスト』に、チャールズ・クラウトハマーという有名なアメリカのコラムニストが「ジャパン・カード」という記事を書いています。「中国が最も怖いものは何か。それは日本の核だ。日本が最も怖いものは何か。それは北朝鮮の核だ。だから北朝鮮が核武装すると、日本も必ず核武装に向かうだろう。中国は日本の核武装が嫌ならば、アメリカと協力してまず北朝鮮の核武装を抑えよ」という衝撃的な内容です。
 もう1つ、1月13日号の『ニューズ・ウィーク』に、ファイード・ザカリア編集長が「北朝鮮の核武装は北東アジアの力のバランスを急激に変えるだろう。それは日本と中国が大変な核軍拡に突入していくかもしれないということだ」と書いています。核武装した北朝鮮に恫喝される中で日米同盟への疑問が起こったら、あとの選択は非武装中立という空想を信じるか、北朝鮮の核を抑止するため核武装するほかない。
 その核武装が嫌ならば、日米同盟が機能するように努力しなければならない。核武装は、日本が他の手段で生きられなくなった場合に、好むと好まざるとに関わらず使わなければならないカードだと思います。日米同盟と核武装。これら2つの選択を迫るのが北朝鮮の問題だと捉えないかぎり、透徹した安全保障観は生まれません。そのなかで反米ナショナリズムなどというものが、いかに的はずれな議論かを知らなければならない。
 日本は小沢一郎氏の「普通の国」ならぬ「普通の民主主義国家」の軍隊、それも機能する軍隊を組織する方向に向かうべきだし、そのためには有事法制をなんとしても通してほしい。われわれはテロリストの驚異に直面しているのです。そのことは、北朝鮮の工作船の活動、拉致事件でも明らかでしょう。これに警察が当たるのか、自衛隊が当たるのか。海上保安庁が当たるのか。治安出動、防衛出動と警察機能との中間にあたる領域警備法制、これらの整備は焦眉の急です。街頭演説で「有事法制は戦争法制」と非難していた野党の議員たちは、眼前の北朝鮮の危機をどう考えているのか。
 また戦略ミサイル防衛は研究段階から一歩踏み出してほしい。防衛庁設置法における参事官制度も改めるべきでしょう。防衛庁長官の下に官房長と局長(=参事官)がおり、陸海空の三幕の長に命令を下すというシステムでは軍隊が機能しない。それなら統幕会議とは一体何なのか、ということになってしまう。軍令と軍政をきちんと分けて、軍政のトップには小池さんのような、国民から選ばれた政治家が立つというシステムを確立する。
 もちろん最大の目標は憲法改正ですが、それが当面できないのであれば、「被保護国」の地位から一歩でも脱するため前進するのが日本の緊急課題です。片務的な日米関係を次第に正し、一人前の国家として自律する。その過程で、アメリカにイエスというかノーというかの幅は広まる。

討議
「三矢研究」に戻れ

小池 そもそも日本の有事法制をめぐる議論が政治の舞台に現れたこと自体26年ぶりのことです。なぜ封印されたかを遡れば、昭和38年(1963)の「三矢研究」の禁止からでしょう。研究の対象は、ほかならぬ朝鮮半島有事だった。北朝鮮が38度線を越えて侵攻した際に、自衛隊、日本政府、米軍がどう動くかを、自衛隊統合幕僚会議がシミュレーションしていたのです。社会党の岡田春夫議員が暴露して大問題になり、その後お蔵入りとなったのですが、その朝鮮半島有事がいま、現実に起こるかもしれないのです。したがって、今こそ「三矢研究」を行わなければいけない。そこに思いが至らない国会議員は、日本の国会議員ではないんじゃないですか。
田久保 その後、77年にも三原防衛庁長官が福田首相の了解を得て、有事法制の検討を防衛庁の事務当局に命じたが、26年たった現在もお蔵入りしたままという経緯がありますね。
小池 そうです。同じく四半世紀もの間放置されてきた拉致問題でも、警察の不備もありましたが、法整備という点では、お縄を与えずに盗人を捕まえよと言っていた節があります。これらの法律の検討に反対していた政党の議員は、いわば拉致を幇助していたわけです。その図式が今如実に浮き上がってきた。
西岡 アメリカの要求は「核開発放棄を検証可能な形で行うこと」でそのことがクリアされないかぎり経済制裁は続くでしょう。しかし、日本にも「拉致被害者を検証可能な形で取り戻す」という要求があります。それがアメリカとの共同行動なしに可能なのか。
小池 そうした危機感もあって、昨年、超党派で「新世紀の日本の安全保障を考える若手議員の会」を発足させました。集団的自衛権の解釈変更から、憲法改正までさまざまな議論をしていますが、そこで分かった事の一つは、集団的自衛権の解釈変更は、紙一枚の法律案で可能だということです。実際に、草案をつくる話も出ています。
西岡 真っ先にしなければならないのは、まさに小池さんが紙一枚で変えられるとおっしゃった、集団的自衛権の解釈変更です。これをしないで、もし北朝鮮の制裁決議が出た場合、どのような事態が起きるか。臨検中に北朝鮮の攻撃を受けて「日本の自衛隊は撤退、アメリカ兵は500名死亡」とCNNで報道されれば、日米同盟は破綻です。北朝鮮から見ても、在日米軍基地の存在は明らかに集団的自衛権を意味しています。米軍が日本の領土から発進するのだから、日本の基地に米軍がいること自体が、集団的自衛権の証なのです。
 もし日本人が集団的自衛権は認められないというのなら、日米安保条約を改正して、基地使用を定める第6条を廃止し、日本が攻められたら米軍が戦うという第5条だけで日本を守ってくれといって、それがアメリカに通るかどうか試してみたらいい。それが通らないとすれば、日本は個別的自衛権で核武装するしかないんですよ。
小池 ただ、若手議員のなかにも「北朝鮮が攻めてくるはずがない」という人がいますね。たしかにテポドン、ノドンの発射はアメリカの反撃と北朝鮮の最期を意味しますから、北朝鮮も軽々なことはしないでしょう。しかし、最悪の事態に備えるのが安全保障というものです。あらゆる手だてを講じるべきなのです。
西岡 アメリカ人のほとんどは、日米安保条約の第6条では日本の義務としては基地の使用しか書かれていないことを知りません。朝鮮半島で有事が起きた際は、当然、自衛隊も戦うと思っているのです。普通のアメリカ国民は、日本海で米海軍が攻撃されたら、自衛隊は近くにいても応戦せず逃げていくなどと夢にも思いません。戦わない同盟国の首相がブッシュ大統領に仲間だといって握手をする、そんな虚構があってよいのか。

東京に米国の核ミサイルを

西岡 アメリカが金正日政権を倒すと言っているときに日本が袖手傍観していると、仮にアメリカが勝ったとして、そののちに日本は見放されるでしょう。あるいはアメリカが本当に利己主義的になれば、彼らはアメリカまで届くテポドンだけはストップさせるが、日本を狙うノドンは放置するでしょう。事実、ジュネーブ合意では、ノドンについては触れられていません。
小池 軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうるのですが、それを明言した国会議員は、西村真吾氏だけです。わずかでも核武装のニュアンスが漂うような発言をしただけで、安部晋三官房副長官も言論封殺に遭ってしまった。このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません。今の国会は時間とのせめぎ合いがほとんどで、労働組合の春闘と同じです(笑)。それももうないのに。
田久保 西村真吾氏が「日本は核をもて」といって批判されるのは、地球は平たいと思っている社会で「地球は丸い」と主張したからです。しかし、そのうちに誰が正しかったかが明らかになる。
 64年、フランスのド・ゴール大統領が核武装を宣言する直前に、陸軍士官学校で「1つの国民国家が自分で自分の運命を決めようと思うなら、核武装をするのは当然である」という演説をしました。彼は集団安全保障という概念を認めなかった。ド・ゴールの側近ピエール・ガロワ将軍によると、ド・ゴールの心中には、第二次世界大戦後、ヤルタ体制で米英の下に置かれた屈辱があった。ソ連の脅威に対抗するという名目で核を持ったとき、初めてフランスはアメリカの支配から解き放たれる、とガロワは考えていたのです。そして「中国も早晩、核を持つだろう」といった。同年に中国が核実験をすることをガロワはすでに知っており、「中国の脅威に対抗して日本も核を持ち、米国の支配から脱してはどうか」と不気味な提言をしたのです。
西岡 私が94年から主張してきたのは、「北朝鮮が核開発を続けている間は、日本は核武装ではなく、非核三原則における『核持ち込ませず』を凍結せよ」です。つまり、アメリカに核を持ち込んでもらう方がいい。日本がアメリカの核の傘に入ることを望むのであれば、核ミサイルを東京に持ってきてもらうのがベストです。北朝鮮が戦術核のある東京を撃てば、同じ戦略核が平壌に飛ぶことになる。日本の核武装はNPT体制の完全崩壊を意味しますし、日米安保体制を維持できなくなります。集団的自衛権の行使を認めない立場なら、実は論理的には独自核武装しかないのです。私の主張はそうではなく、日本が「普通の民主主義国」となって、歴史観においても独立国のそれを回復した後、世界を見回して米国との同盟が最も国益に適うという考えです。
田久保 私は日米同盟の絆を信じていますが、同時にぎりぎりのところでアメリカが日本を見放した場合にどうするかと言うことも、タブーではなく、頭の隅に入れておいた方がいい。日本が核武装を選択するかどうかは、我々以降の世代が判断する。ただ、この議論だけをタブー化するのはおかしいと思うんですよ。それを目覚めさせてくれたのは紛れもなく金正日です。ただ、日本が力の威嚇に脅えて無力感に陥ると、日本にとって致命的なお灸になってしまう。
小池 小泉首相はパンドラの箱を開け、金正日は日本の目覚まし時計として鳴り響く、といったところでしょうか。ところでこの座談会、北朝鮮側に読ませたくないですね(笑)。手の内が分かってしまうので。