つれづれイタリア~ノ<75>選手たちの‟堪忍袋の緒”が切れる時…代表的な「キレやすい男」とは?
今年のツール・ド・フランスは様子が少しおかしい。見たこともない、聞いたこともない珍事が相次いでいます。7月8日に行われた第7ステージではラスト1000mを示す巨大な風船アーチ、フラムルージュが落下するハプニングが発生。7月14日、華のステージになるはずの第12ステージでは、コース上に飛び出した観客を避けるため急停止をしたカメラマンのバイクに、クリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)、バウケ・モレマ(オランダ、トレック・セガフレード)、リッチー・ポート(オーストラリア、BMC)が相次いで衝突。自転車が使用できなくなったフルームはランをする羽目になりました。まるでトライアスロン大会を見ているようでした。
「選手の扱いが不公平」イタリア人がブーイング
しかし、その前にイタリア人が怒りを抱く出来事がありました。原因はフルームのとある行為。7月9日、第8ステージでフルームが彼に近づきすぎた観客を殴ってしまいました。本来ならスポーツマンシップに欠ける行為として退場処分に当たりかねませんが、 UCI(国際自転車競技連合)のコミッセールはフルームに対し、たった200スイスフランの罰金を科しただけで、その後は何事もなかったようにレースが続行されました。
しかし、この処分に対し、イタリア人の多くは大きな違和感を覚えました。2001年のジロ・ディタリア中に同じ行為をした選手がいたからです。総合3位だったウラジミール・ベッリ(イタリア、当時ファッサ・ボルトロ)は、しつこく付きまとっていた観客に堪忍袋の緒が切れ、殴ってしまいました。その時の処分は退場。サッカーで言うと「レッドカード!」です。
選手の不公平な扱い方に対し、イタリアのジャーナリストやファンたちが不満を募らせています。フルームに対する過剰な保護なのではないかと、コミッセールに対しブーイングが起こりました。
UCIが発行する規定によれば、競技者、コミッセール、観客に対する暴力行為は厳しく罰せられることになっています。その一部を紹介します。
■UCI規則より抜粋(第12部 懲戒および手続き)
(前略)自転車競技分野において他人に対し不正あるいは不正直なふるまいをする者、あるいは約束を守らない、契約上またはその他の義務を履行しない者は、3カ月以下の資格停止および/または100~10000スイスフラン(11万~1100万円)の罰金により制裁される。さらに、懲戒委員会は上述の制裁に連携しあるいは別個に下記の制裁を科すことができる。
トレード・チームに対し:その登録の取り消しあるいは有期の資格停止。トレード・チームはまた、下位のクラスに降格され得る。
主催者に対し: その主催者の競技大会は,下位のクラスに降格され得る(後略)
※参照:UCI競技規則(日本自転車競技連盟公式サイト)
スプリンター男はキレやすい?
自転車競技は比較的紳士的なスポーツですが、レースに集中している選手たちがたまに“キレ”る時があります。頻度が少ないただけに、強く印象に残ります。そして、その多くはスプリンター級の選手のようです。ここで代表的な「キレやすい男」5人を紹介しましょう。
マリオ・チポッリーニ(イタリア)
「切れやすい男ナンバー1で賞」はマリオ・チッポリーニ。イタリア、トスカーナ生まれの男はとにかく切れやすいことで有名。その代表は、まさにイタリアの最強のスプリンター、チポッリーニそのものです。選手として活躍していた時は豪快な喧嘩で有名で、ジャーナリストのみならず、コミッセールでさえその標的でした。
2003年春、‟北のクラシック”の一戦、ヘント~ウェヴェルヘムの最中にコミッセールのオートバイにクラクションをしつこく鳴らされ、カッとなったチッポリーニがボトルを2つ投げつけました(画像参照)。もちろん、制裁金の処分を受けた上に、即退場となりました。本人は後悔するどころか、レース後は強く抗議し、大騒ぎとなりました。
同じ年の6月に『スケルツィ・ア・パルテ(ジョークですよ!)』というイタリアで人気のドッキリ番組のターゲットにされてしまい、チッポリーニの自転車を盗んだと設定されたドッキリスタッフに激怒した彼の怒りが容赦なく降り注ぎました。それ以来、ドッキリ番組は彼を避けることになりました。
ジャンルーカ・ブランビッラ(イタリア、エティックス・クイックステップ)
比較的冷静なジャンルーカ・ブランビッラは今年のジロ・ディタリアでステージ優勝し、2日間マリアローザを獲得した選手です。
しかし、2014年のブエルタ・ア・エスパーニャの第16ステージでは、イヴァン・ロヴニー(ロシア、ティンコフ)と殴り合いの末、2人とも追放されました。原因はロヴニー選手の態度にあったようです。
ナセル・ ブアニ(フランス、コフィディス ソリュシオンクレディ)
元プロボクサーという異例の経歴を持つフランス人スプリンター、ナセル・ブアニは頭に血が上りやすい選手として有名です。
レース中の口喧嘩や威嚇でぎりぎり追放を免れるこの男ですが、今年のツール直前に絡まれてきた酔っぱらいと殴り合いになり、手を負傷しました。それが影響し、今年のツールへの出場を逃しました。
マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)
品に欠ける言葉使いで有名なマーク・カヴェンディッシュですが、非常に荒れた時期がありました。2010年のツール・ド・スイス第4ステージ、ゴール手前300mのスプリントの最中に行った強引な進路変更のせいで先頭集団を大落車に導きました。
そのときに巻き込まれたハインリッヒ・ハウスラー(オーストラリア、イアム サイクリング)が激怒し、殴り合い寸前までいきました。ランプレ・メリダのロベルト・フェラーリ(イタリア)とも非常に仲が悪いようです。
アルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ)
クールなアルベルト・コンタドールも実は頭に血がのぼりやすい男です。2011年のツール・ド・フランス中に医師のコスプレをした観客のしつこい行為に対し切れてしまい、パンチを加えました。また、総合優勝を果たした2015年のジロ・ディタリアでは、沿道にいた観客の邪魔な自撮り棒を地面にたたききつけるというエピソードもありました。
暴力行為は確かによくないことですが、極限のストレス状態で集中力を維持している選手たちに不用意に近づきすぎると怒りを買うこともあります。彼らだって、やはり生身の人間ですから。
さて、ツールも終盤に入りました。パリで黄色いジャージを着るのは誰か。最後まで選手たちを応援しましょう。
東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ」