文/清武英利(ノンフィクション作家)
取材には時間がかかりますよ
富裕層はなぜ、資産を抱えて祖国を出るのか。タックスヘイブンの国に、誰からどのように誘われたのか。息苦しい日本だったのか。異国で何を幸せとするのか。誰と生き、どこで死ぬのか。
そんなことを聞きに、2年半前、大金持ちの移住者で沸くシンガポールに渡った。旅の初め、いつものように、特ダネの神様に祈った。「本当のことを言ってくれる人を見つけ出せますように」。
先達の鎌田慧氏は『ルポルタージュの書き方』(明治書院)で、こう書いている。
〈ルポルタージュの旅とは、真実を語ってくれる人を探しだす旅であり、自己発見と自己変革の旅である〉
幸い、新聞記者時代の2000年にも、私はシンガポールを取材していた。英語は話せなくても、私には当地の古い友人たちが付いており、今では約3万7千人の日本人が住む“ムラ”がある。
ルポルタージュの手法の一つに、定点観測という描き方がある。その日本人ムラの真ん中に腰を据え、ひたすら話を聞いて全体を描こう。車酔いではないけれど、人酔いするくらいに、朝から晩まで次々に人に会っていれば、本当のことを話してくれる人に出会うことができるはずだ、と思っていた―と、ここまで書けば、読者はもうお分かりだろうが、取材を始めるとき、私はいつも楽天的なのである。そしていつものように、取材を始めてすぐ、ムラの住人に甘さを警告された。
「取材にはとても時間がかかりますよ」
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