ついに日本でも「ポケモンGO」が配信を開始した。
任天堂のお膝元である日本でこれだけ配信が遅れたのには、様々な理由があり、しかも大人の事情とか夏休みまで待ったとか色々言われているが、とにかく無事配信されたので全国のポケモントレーナーたちは早速ダウンロードしてポケモンゲットだぜ!とやっていることだろう。
だが、残念ながら自分はこの波には乗れない。なぜなら、「ポケットモンスターシリーズ(以下ポケモン)」を遊んだ経験がないからだ。
ポケモンは1996年にゲームボーイ(以下GB)で発売された。開発に6年以上の歳月を費やし、その間に停滞してしまっていたGBでのリリース。発売当初は殆ど注目されておらず、大作ソフトに甘いファミ通のクロスレビューでも8、7、7,7の合計29点と満点には程遠い評価だった。誰もこのソフトが、後にまさにモンスターコンテンツに成長するとは思っていなかったのだ。
かくいう自分も、この時期はPlayStationとSEGA SATURNのソフトを買い漁ることに夢中で、携帯ゲーム機は蚊帳の外だった。眼中になかったと言ってしまっても良い。
ポケモンが発売された1996年のGB市場は本当に「終わった市場」だと思われており、現にその年に発売されたソフトの本数は40本にも満たない。すでにGB発売から7年も経過しており、ポケモン自体の出荷本数も20万本とちょっとに留まっていた。
ところが、ポケモンはコロコロコミックとの提携や、通信ケーブルで対戦できるというGB本来の楽しみ方などが、口コミやプロモーションでジワジワと広がっていき、結果的には日本を代表するRPGに育っていった。
ポケモンの大ヒット後、GB市場は再び活性化し、ポケモンのように2バージョンで発売する対戦型のRPGが次から次へとリリースされた。ちょっと前まで麻雀や競馬予想ソフトのたまり場みたいになっていたGB市場は、なんと発売から11年目にしてリリースされるソフト数が最大(175本)になるという、前代未聞のV字回復を見せたのである。
自分がGBを買ったのはその頃だった。
元々は買うつもりはなかったのだが、その時期に従兄弟が謎の重病にかかって長期入院することになった。最初は肺に腫瘍があると言われたが、最終的には肺に胎盤のようなものが出来るという珍しい奇病だった。
その入院している病院で暇だろうという事で、せめてゲームで暇つぶしでもと思い、どうせなら二人で楽しめるソフトが良いと思って買ったのが「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド(以下DQM)」だ。
ポケモンに関しては全くプレイ経験がないので、モンスターにいまいち愛着が湧かないが、ドラクエならば全てのモンスターを知っている。それらを捕獲し、配合し、育成することが出来るとはなんと楽しいゲームなのか。小学生がポケモンを遊ぶ時の高揚感ってこんなものかな?とか思いつつ、かなりハマって遊んだ。
その時期は仕事が終わって暇な時は、従兄弟が入院している飯田橋の病院まで足を運び、DQMで対戦をした。が、従兄弟は自分よりはるかにプレイに費やす時間が長いので、いつも勝てなかった。だが、自分に勝って得意気に笑っている従兄弟と見ていると、それで良いのだと思った。
GBを手に入れた自分はポケモンに興味はあったが、何故かその世界には踏み込めなかった。就職して時間がなかったというのもあるし、従兄弟が退院して対戦する相手もいなくなったという事もあり、どうしても手が出なかったのだ。
結局人生でポケモンには殆ど触れずに今に至り、このポケモンGO祭りを羨ましい思い出見ている次第である。
スクウェア・エニックスがこのブームを見て似たようなシステムのDQM作ってくれないかなぁ。そしたら祭りに参加できるのに…