電磁波と健康を考える - 1
新予防原則に基づいた環境対策が求められている
身近にありながらあまり知られなかった電磁波の危険性が、切実な健康の問題としてクローズアップされるようになってきた。「疑わしきは罰する」という“予防原則”
荻野晃也 (おぎの・こうや)
1940年富山県生まれ。京都大学工学部講師。理学博士。原子物理学、原子核工学、放射線計測が専門。原発、人権、環境問題など多方面で活躍。主な著書に『原子力と安全論争』(技術と人間)『原発の安全上欠陥』(第三書館)『ガンと電磁波』(技術と人間)他多数。
小児白血病の危険性が二倍に
WHO(世界保健機関)の国際がん研究機関(IARC)は2001年10月、「事実情報(ファクト・シート)」で、電磁波により「0.4マイクロテスラ=4ミリガウスを境に小児白血病発症の危険が倍増する」と発表した。1996年に始まるWHOの国際電磁波プロジェクトの途中報告で、1979年以来行われてきた高圧送電線などによる生活中の電磁波と小児白血病に関する20件近い疫学調査を分析評価したものである。通常、小児白血病の発症率は10万人に3~5人といわれる。
なお、99年には、アメリカが92年以来進めてきた「ラピッド計画」という電磁波に関する調査で、高圧送電線などによる生活中の商用周波数の磁界には「発がん性があるかもしれない」という発がん性ランク2bの評価が与えられた。この2bはコーヒーやワラビ、ガソリンエンジンの排ガスなどと同程度の発がん危険性を示すものだ。
一方、国内で初めて進められていた電磁波に関する疫学調査からも、今年になって「高いレベルの電磁波を浴びると、小児白血病の発症頻度が2倍になる」というデータが示された。この調査は、国立環境研究所と国立がんセンターの研究班が各地の大学などの協力により実施したもので、対象となった電磁波は郊外を走る高圧送電線をはじめ、街中の配電線や家庭内の電化製品などから出る「超低周波(50~60ヘルツ)」と呼ばれるものだ。
「私は自分の専門研究の実験で強い高周波の電磁波を発するサイクロトン加速器を使っていて、『あまり近づくと危ない』とよく警告されていたことから、身近に電磁波というものがあり、それに危険性があるということは以前から認識していました。そして、79年にスリーマイル島原発事故の調査で渡米した時、ワルトハイマー博士らが発表した『電線の形状と小児がん』という論文を見て驚いたのです」
荻野晃也さんはこう振り返る。この話に出てくるように、電磁波と様々な病気の関係については、70年代からアメリカやスウェーデンなどで相次いで報告されてきた。そして、欧米では送電線などの電磁波を低減したり避けるという対策もとられるようになっている。
一方、日本政府は電磁波の健康への影響を否定する立場をとってきたが、九七年にWHOの国際電磁波プロジェクトに参加した際、欧米で小児白血病と電磁波の関係が指摘されたことから、日本もこれを調査することになり、今年の発表に結びついた。
日本の疫学調査では、15歳以下の健康な子ども約700人と白血病の子ども約350人を対象に調べている。子ども部屋の電磁波の強さを1週間続けて測定し、家電製品の使用状況や自宅から送電線までの距離なども調べた。そして、それぞれの家庭の平均磁界の強さと発症率を統計処理し、白血病の増加と磁界の強さに関連があるかどうかを分析している。
その結果、子ども部屋の電磁波が平均4ミリガウス(0.4マイクロテスラ)以上の環境では、白血病の発症頻度が2倍以上になることが分かった。ただし、この磁力環境にさらされているのは、日本では人口の1%以下となるとされている。電磁波は距離が離れると急激に低減する(距離の2乗に反比例する)ため、ほとんどの一般家庭での平均磁界は1ミリガウス(0.1マイクロテスラ)前後といわれる。
「日本はこれまで『WHOは5ガウス(0.5ミリテスラ)以下は安全としている』と言っており、これを根拠として『日本に電磁波の問題はない』としてきました。ところが、WHOはその1000分の1というレベルでの発がん性を指摘したことになり、日本の研究機関もそれを支持したということですから、いよいよ電磁波を無視できなくなったということになるでしょう。私は『高圧送電線から安全なのは1km、せめて子供のためには400m離してほしい』『安全だといえるのは、0.1ミリガウス(0.01マイクロステラ)ではないか』と言ってきました」
日本には電磁波を浴びる量を制限する規制はない。そのなかで、「欧米並みの電磁波低減対策を」と求める声が出始めている。
電磁波とは「電波」のこと
電流が発生するところを電場といい、電流が流れるとその周りに磁気的な作用が発生し、その影響が及ぶところを磁場という。一方、磁場の中で導体を動かさせ ると導体中に電流が発生する。このように電場と磁場は密接な関係にあって、電場が作られれば磁場、磁場が作られれば電場というふうに交互に作られながら空 間中を波として伝っていく。この波動を電磁波といい、太陽光線などの放射線も電磁波なら、地上の電気機器から漏れてくるものも電磁波に含まれる。要するに 「電気のあるところには必ず電磁波が存在する」のである。
電磁波は周波数と波長、エネルギーの高さで分類されているが、いずれも光の仲間なので1秒間に地球を7回半回るという速度を持っている。周波数とは1秒間に波が何回発生するかという回数のことで、ヘルツ(Hz)という単位が使われる。
電磁波の中でも最も周波数が高くて波長が短いグループには、原爆や原発の放射能漏れ事故などで問題になったガンマ線や、レントゲン撮影に使われるX線などが含まれる。これらは高いエネルギーを持っていて、細胞などをつくっている分子をバラバラにしてしまう電離効果を示すことから電離放射線と呼ばれ、波というよりは「粒子」のような性質を持っている。
一般にいわれる「電磁波」とは、太陽光より周波数が低くて波長が長く、より波らしいものを指している。レーダーや電子レンジ、携帯電話などから出てくるマイクロ波と呼ばれるもの、テレビ、ラジオの放送波、そして、送電線・変電所・配電線や家庭用電化製品からもれてくる低周波と呼ばれるものがその仲間だ。つまり「電磁波問題」の電磁波とは、いわゆる「電波」と呼ばれるもののことなのである。
この電磁波のうち、高圧送電線や冷蔵庫、洗濯機など一般家電製品などの電力に伴って出る低周波は、周波数が1秒間に50~60回(50~60ヘルツ)と極端に低いので超低周波と呼ばれる。波長はほぼ地球の半径に相当するくらい長い。一方、携帯電話や電子レンジなどが出すマイクロ波は周波数が約10億ヘルツととても高くなり、高周波とも呼ばれる。荻野さんは、日本ではこうした電磁波に対する理解が極めて不十分だと話す。
日本では『放射線は危ない』ということは理解されていましたが、『電波が危ない』という認識がないため、なかなか電磁波が注目されなかったのです。そし てマスコミに取り上げられるようになっても、もっぱら小児白血病の原因とされる低周波のものについてでした。しかし、携帯電話装置など高周波成分が中心の 機器についても、安全性が確認されたわけではありません」
家電にも電磁波が電磁波の強度を表す単位は電場ではV/m(1m当たりの電圧)、磁場ではG(ガウス) だ。ガウスは単位面積あたりの磁束(磁力線の束)の密度を示す。たとえば「500ガウス」と表示してあれば、「一平方センチメートルあたり500本の磁力 線がある」ということになる。1997年より、磁気の国際単位はテスラに変更されており、1ガウスは0.1ミリテスラ、その1000分の1の1ミリガウス は0.1マイクロテスラに相当する。そして磁気の強さは電流の大きさに比例する。
「諸外国の電力は200ボルト電圧ですが、日本は100ボルト電圧を使っています。すなわち同じ電力消費なら日本は2倍の電流が必要なのです。ですからおおざっぱにいえば日本の配電線や家庭内の電磁波の影響は諸外国の2倍と考えなければなりません」
電磁波は、日常的に暴露されるレベルの1000倍あるいは1万倍のレベルとなると、健康影響を与えることが確かめられている。低周波の電磁波では「誘導電流」による影響が現れ、高周波では「発熱作用」による影響が現れる。たとえば太陽光という高周波の電磁波が人にあたって暖かく感じさせるように、電子レンジではマイクロ波という電磁波の発熱作用が食べ物などを温めるのである。
誘導電流による影響とは、磁気があることにより体内で電流が起こり、そのためにいろいろな生理的な変化がもたらされることである。生物が微弱な電磁波に影響を受けているのではないかということは以前から考えられてきた。細胞の内と外には微妙な電圧差があるし、神経伝達も弱い電気パルスで行われていることを考えれば外部の電磁波の影響を受けることは当然考えられる。てんかんという病気も、その発作は脳内で化学物質のバランスが乱れた結果、異常な電気が発射することによって起こる。
「クロ」を示す数々の疫学報告
荻野晃也さんは、1979年に訪米した時、ワシントンでワルトハイマー博士の論文を知って非常に驚いた。それにはコロラド州デンバー市で発生した小児がん 発生が送電線に関係があると示されていたのである。これ以降、荻野さんは電磁波に関する疫学研究に関心を寄せ続けることになった。
81年、ワルトハイマー論文を批判する形で、「電磁波の影響なし」とするフルトン論文というものが発表されている。すぐさまワルトハイマー博士はフルトン論文の統計手法の誤りを指摘し、「正しく計算すると電磁波は影響ありとなる」と反論を行った。
86年、ノースカロライナ大学の有名な疫学者であるデービット・サビッツ博士が、ニューヨークの電力会社のプロジェクトとして、一般家庭を対象に高圧線や送電線の影響に関する疫学調査を行っている。ワルトハイマー論文の調査場所と同じデンバー市で、論文を検証するという形での調査だった。そして翌87年、「送電線の近くに住む子供のがんの発生率は、送電線から離れた家に住む子供よりも約1.7倍高い」とし、ワルトハイマー論文を支持することになったのだ。以降、電磁波が小児がんを増加させる可能性があるとの発表は相次いだ。
「1988年の12月、原発事故に関する取材を受けた時、私は『電磁波も大きな問題になると思う』と話しました。この話がある週刊誌に『不気味な予言』と掲載されたことから、問い合わせが殺到したのです。おそらく日本人は誰もこの問題を知らなかったのでしょう。『これは国民にちゃんと知ってもらわなければならない』と思いました」
1992年スウェーデンのカロリンスカ研究所は、25年間で40万人以上、高圧送電線から300m以内に1年以上居住した人たちを対象とした大規模な疫学的調査を行った結果を発表した。その結果、送電線から300m以上離れているところで暮らす子供に比べて、3ミリガウス以上の被爆で小児白血病の発生が3.8倍、2ミリガウス以上では2.7倍という衝撃的なものだった。
一方、職業人を対象とした疫学研究は、子供を対象としたものよりも多い。レーダー操作員や、鉄道員、電話技師、電気技師、アルミニウム工場員など、電気を扱うことの多い人たちに対して、幅広く研究が行われている。
いつでもどこでも携帯電話
じつは旧ソ連では、電磁波被ばくによる影響調査はずっと早くから進められていた。すでに一九六六年に「電力配電所の従業員に精力減退症状や神経・心 臓疾患が多い」としたアサノバ報告というものが示されている。そして、高周波電磁波についての規制はアメリカの1000倍も厳しい時期があった(現在のロ シアでも100倍程度厳しいといわれる)。こうしたことからアメリカでは、「電磁波の影響あり」とする学者には、「ソ連派」というレッテルが貼られた時期 もあったという。
1989年アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学のジェネビーブ・マタノスキー博士がニューヨークの電話会社に勤務する五万人以上の男性従業員を対象に疫学調査をおこなった。その結果、「継続勤務をしてきた職員は、高い割合で白血病が発生している。特に電磁波にさらされている配電工は、そうでない職員の約七倍の高率で白血病になっている」と報告している。
一方、イギリスのNRPB(英放射線防護委員会)内に設置されている「非電離放射線諮問小委員会」では、昨年11月、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の発生が電磁波と関係があることを示唆する報告を行っている。この報告は多くの疫学研究から電気の仕事とALSを関係づけているが、ロスアンゼルスの南カリフォルニア大学のデニス・ディーペンとブライアン・ヘンダーソンが1986年に発表した疫学研究を拠り所にしたものだった。またこの報告では「アルツハイマー病の原因となるわずかな証拠はある」としている。
荻野さんは、職業人を対象とした疫学研究の件数は、低周波・高周波で「100件以上はあると思う」としている。関連があるとされている病気には、頭痛、白内障、流産、ノイローゼ、躁うつ病、てんかん症、白血病、脳腫瘍、乳がん、リンパ腫瘍、女子出産(女児の出産割合が多い)、精子減、生理不順、肺がん、睾丸がん、腎臓がん、アルツハイマー病、痴呆症、ALS、自殺、免疫不全などが挙がっている。
また、とくに西欧諸国では、「電磁波過敏症」といった訴えも見られる。微弱な電磁波(電場または磁場)をあびることで頭痛、胸痛、めまい、吐き気、あるいは発作を起こして倒れてしまうなど、化学物質過敏症と同様の症状を起こしていることが報告されている。アメリカには電磁波過敏症を専門に診る医師もいるという。
「欧米ではどのくらいの電磁波被ばくがあって、どのくらいの発がん危険性があるかといった調査までありますが、日本ではそんなことはまったく調べられていません。そして、日本のマスコミは外国での電磁波の危険性を示す研究については報道したがらず、一方、日本の研究については『電磁波は悪影響がない』とする結果が出たものについて報道したがるところがあったのです。昨年のWHOのファクトシートについての報道などは、私が『よくぞやった』と思うほどでした」
こうした疫学調査の結果ばかりでなく、動物実験や細胞実験などで電磁波の影響を調べる研究も行われている。1995年に日本企業が出資してアメリカでヒヒを低周波電流の電界に一定時間さらす研究が行われたが、「影響なし」との結果だった。
しかし、1997年1月、労働省(当時)の産業医学総合研究所が、人間の血液が高圧線や一般の家電製品から出る超低周波の電磁波に長時間さらされると、がん細胞に対する攻撃機能を強める性質をもつたんぱく質である「TNF- 」の生産量が七%程度に落ち込み、免疫力が低下すると発表した。これは電磁波を浴びるとがんが誘発されるということを直接的に証明するものではないが、生体ががんにおかされやすくなる可能性もあることを指摘したものといえる。
なお、2001年10月のWHOの高圧線と小児白血病の関係を示したファクトシートでは、「脳腫瘍やその他の固形がんについてはリスクは認められていない」こと、また、「動物実験による系統的な発がん性を示す証拠はみられない」ことを指摘している。
作用メカニズムは未知
WHOのファクトシートでは、高圧線の電磁波で、小児白血病リスクが上昇することを認めているものの、「これを説明する科学的根拠はみられない」としている。現在のところ、電磁波がどのように作用して健康被害をもたらすかというメカニズムはわかっていないのだ。
生物が誕生したのは37億年ほど前のこととされている。生命の源であるRNAやDNAが海で合成されたと考えられる。深い海の中には太陽光線も届かないが、波長が地球の半径の半分にも達するような超低周波なら届く。そのため、「生命を生み出したエネルギーは超低周波だったのではないか」という説がある。
電磁波はじつは地球の表面からも放出されているし、脳波などのように人間の身体からも放出されている。そして、2つの単位面積あたり電磁波の強度はぴったりと一致する。荻野さんは「DNAの二重螺旋構造は電磁波のエネルギーによって形成された可能性があるのではないか」と話す。
すると人類は、ごく最近までこうした超低周波より波長の長い電磁波は経験していなかったことになる。そして、現在、突然のように我々は電気を使い始め、電磁波の海に取り囲まれてしまった。おまけにオゾン・ホールのために、電離放射線という電磁波(紫外線)まで浴びるようになってしまったのだ。電磁波が何をもたらすかについて、今人類すべてが実験台に上っているようなものであるともいえそうだ。
電磁波がどのように生物に対して影響するかについては、いろいろな考え方が示されているが、もちろんまだほとんどわかっていない。そのなかで、最も注目されているのがマグネタイト、カルシウム、メラトニンの3つの要素だ。
電磁波を利用したMRI
マグネタイトは磁石の性質を持った酸化鉄のことで、最初はバクテリアの中から見つかった。「単磁石」と呼ばれる磁石として最小単位のマグネタイトが 鎖のようにつながった形で存在し、地球の静磁場の検知をしているといわれる。ハト、ミツバチ、イルカ、サケなどで見つかったのに続いて、人間の脳からも 1992年に発見された。これが脳内ホルモンの調整役を果たしており、電磁波によって何らかの影響を受けるのではないかといわれている。
カルシウムは、いうまでもなく生物にとっては重要なミネラルであり、神経伝達や精子・卵子などに深くかかわっている。ニワトリの脳細胞に電磁波を照射する 実験で、低周波を受けた時、脳細胞内からカルシウム・イオンが漏れていることがわかった。電磁波がカルシウムの体内の働きに影響を与えているかもしれない のだ。
メラトニンはカルシウムと関係が深い脳内にあるホルモンだ。脳の松果体という小さな組織から主に分泌され、光と関連があることがわかっている。一九九五年にメラトニンは「奇跡のホルモン」としてブームになった。睡眠促進、時差ボケ修正、ストレス抑制、ノイローゼや自殺防止、フリーラジカル防止、酸化防止、がん抑制、老化防止、コレステロール抑制などの効果があるということで、サプリメントとして爆発的に売れている。北海道大学名誉教授の加藤正道さん(日鋼記念看護学校学校長)は、ネズミを使った実験で、50ヘルツの低周波で50ミリガウスの磁界におくと、メラトニンに変化を与えることを確かめた。一方、国立環境研究所では乳がん細胞を使った実験をし、磁界がメラトニンのがんの増殖を抑える働きを低下させる、という結果を得ている。
「マグネタイト、カルシウム、メラトニン以外にもいろいろな報告がなされていますが、いずれもつい最近の研究成果なのです。電磁波の悪影響が完全に確立しているというわけではありませんが、『用心したほうがよい』という学者が増えています。逆にいえば、電気は『安全だ』ということが確立して利用されてきたわけではないのです」
“予防原則”の適用が必要
今から10年前、ブラジルで開催された環境サミットでは、リオ宣言の一つとして「予防原則」の考え方が採択された。これは、科学がまだ十分評価できていないけれど地球環境にとって危険性の考えられるものに対しては、とにかくこれを避けるようにしようという考え方だといえる。
一方、今年1月、欧州環境庁(EEA)は、政策決定における「予防」の使用に関する1896年から2000年までの出来事を解析し、そこから得た教訓をまとめた欧州環境庁環境問題報告書『早期警告からの遅い教訓:予防原則1896-2000』というものを発表した。これまでにも、環境汚染化学物質が生態系や私たちの健康と結びついているかもしれないのに、「科学的に不確実である」などの理由で、政策決定の上で無視され、そのため被害をいっそう増大させる事例があった。この報告書では、「漁業の崩壊」「放射線」「ベンゼン」「アスベスト」「ポリ塩化ビフェニール」など全部で一四の例を挙げている。そして、予防原則を軽視することは、100年余りにわたる歴史的な被害をもたらし費用がかかるということを述べている。
電磁波の問題についても世界の多くの国で、社会的な不安が高まっていることから、こうした予防原則の考え方で対応する動きが見られる。スウェーデンでは「慎重なる回避」という考え方を示し、EUでは「事前対処の法則」という提案がなされている。
「予防原則は、電磁波問題だけでなく遺伝子組み換え植物や地球温暖化問題などに対するEU諸国の基本的な考え方です。簡単に言ってしまえば、EUでは、『安全性が証明されていないものはダメ』というわけです。『危険性が証明されないかぎり安全』とするアメリカや日本の態度とは、正反対です。電磁波問題は、地球規模の環境や生物の存亡にかかわる大問題なのです」
実際、薬害エイズや薬害ヤコブ病、狂牛病の問題などで、日本の対応はヨーロッパなどに比べて大きく遅れをとってしまった。電磁波問題についても、これまで我々はあまりに無警戒過ぎる面があったといえるだろう。すなわち教訓を生かそうという態度がまだ我々には備わっていないようである。
「W杯の時、ヨーロッパなどから取材に押し寄せてきた大勢の記者たちが、『日本では子供が携帯電話を使っている』と一様に驚いたそうです。向こうでは電磁波の問題から子供には携帯電話を使わせないというのが常識になっています。日本の電磁波問題への対応は、ヨーロッパなどから見れば異常といっていいほどだと思います。諸外国ではおびただしい数の危険な現象が報告されていながら、なぜ日本だけ安全神話が広がるのでしょうか。WHOという外圧でようやく目を覚ます人が出はじめたというのが日本の電磁波をめぐる状況なのです」