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【埼玉】

田子山富士塚「志木のお富士さん」山開き 修復完了30年余ぶり

山頂の陰陽石の前で田子山富士塚の魅力を語る深瀬さん

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 志木市本町の敷島神社境内にある富士山を模した人工の塚で、「志木のお富士さん」の愛称で親しまれている県有形民俗文化財「田子山(たごやま)富士塚」の修復がほぼ完了した。老朽化や東日本大震災の影響で登山道や石碑などが崩れたため長年、立ち入り禁止になっていたが、かつての姿を取り戻した。7月2日に「山開き」が行われ、その後一般公開される。 (服部展和)

 「小学生のころ、学校から帰ると親に『お富士さんに行ってくる』と言って、友達とここに登って遊んだものです。立ち入り禁止になって三十年余り。ようやく元通りにできました」。近くに住む田子山富士保存会副会長の深瀬克(みのる)さん(71)は二十七日、感慨深げに田子山富士塚を見上げた。

 富士塚は山岳信仰の一つで、本物の富士山に登れない人のために、神社の境内などに土を盛って造った塚。登ると富士山登山と同じ御利益があるとされる。江戸時代以降に関東を中心に広まり、県内では木曽呂(きぞろ)の富士塚(川口市東内野)が国の重要有形民俗文化財に指定されている。

 田子山富士塚は一八七二(明治五)年、地元の有力者の呼び掛けで造られた。敷地面積約九百九十平方メートル、高さ約九メートル、周囲の長さ約百二十五メートルと、「ほかの富士塚と比べて大きいのが特徴」と深瀬さん。「当時は陸上と水上の交通が交差する要所として栄え、信仰のあつい人たちも多かったため、立派な塚ができたのでしょう」

 ふもとの浅間(せんげん)下社に始まり、山頂の祠(ほこら)や陰陽石まで、山腹のあちこちに約百五十もの石碑や石像などが建てられ、登山道沿いには富士山から運んできた溶岩がちりばめられている。天気の良い日には山頂から富士山を望むことができる。

 ただ、老朽化に伴って登山道などが崩れ、三十年余り前から立ち入り禁止に。東日本大震災で石碑など多数の建造物が倒壊、それに追い打ちをかけた。保存会で草刈りなどの手入れを続けていたものの、登山はできないままとなっていた。

 そこで、地元のシンボルを復活させようと、保存会が修復費用の募金を呼び掛けたところ、市民らから千七百万円以上が寄せられた。県や市の補助金も活用して修復に着手し、二年間でほぼ完了にこぎつけた。年内には、塚の内部に掘られた長さ十六メートル余りの横穴「御胎内(おたいない)」の修復を終える予定だ。深瀬さんは「皆がお富士さんを愛してくれたおかげ」と感謝する。

 山開きは七月二日午前十時から、式典に続き、歴史説明会などがあり、同十一時半から一般公開される。翌三日と、その後の「大安」「友引」の日の午前十時〜午後三時に一般公開する。一般公開日はふもとで富士山グッズなどの販売もある。問い合わせは志木市商工会内の保存会事務局=電048(471)0049=へ。

 

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