1
内緒の話をしよう。
あなたはモニさんが現れるまでの、わしの最大の(てゆーのはヘンだけど)ガールフレンドで、あなたがわしと結婚することに真剣であったのとおなじくらい、わしもあなたと結婚することを真剣に考えた。
あなたは、ぼくの真剣さを信じなかったろうけれど。
あの頃、ぼくは、簡単に言えばロクデナシで、ラスベガスで完膚ないまでにすって、赤い砂漠の岩の上に寝転がって、もうどうとでもなれと思ったり、メキシコの、プラヤデルカルメンへの国道で、一文無しで行き倒れて、大西洋を越えてやってきた妹に救われたりしていた。
でもあなたはオカネモチの娘に独特な純良さで、わしの魂を救おうとしてくれた。
おぼえていますか?
ロンドンの、あなたが必要ですらないパートタイムの店員をやっていた美術骨董時計店で、時計を掃除する手を休めて、
「ガメ! あなたに会えるとは、なんと素晴らしいことでしょう!
ずっとニューヨークに行ってらしたのでしょう。
『新世界』はどうでしたか?」と述べたときのことを
懐かしい声。
懐かしいアクセント。
あなたは、わし世界のひとなのだった。
セブンダイアルズを歩いて、チーズ屋でチーズを買って、ミドルイースタンカフェで、コーヒーを飲んだ。
あなたとぼくのアクセントを聞いて振り返るひとたち。
ジュラシックパークの恐竜に出会ったとでも言うような。
ぼくはあなたに飽きていたのではなくて、自分が生きてきた世界に飽きていたのだと思います。
なんだか、泣きたくなってしまう。
小さなベンチに腰掛けてSalif Seydouの写真を何枚も見た。
あなたのやさしい唇にふれて、これは、なんというやさしい時間だろうと述べた。
あなたは19世紀的な女びとであって、「ガメ、あなたはきっと、わたしと結婚するのでしょうね?」と述べた。
柔らかなシルクのサマードレス。
暖かな太腿。
無防備な太陽。
金色の産毛が輝いている、アールヌーボーのライトのなかで、あなたの腕が伸びていて、ぼくはぼくの社会のおとなが振る舞うべく振る舞っている。
でも、ぼくは女神に似たあなたの呼ぶ声に答えなかった。
ぼくは出て行った。
世界の外へ。
ブライトンのパーティで会ったでしょう?
あなたは病院が八つとふたつのホテルチェーンの持ち主で、ホステスの席で、艶然と微笑んでいて、ぼくの名が紹介されると、少しだけ顔が強ばった。
あなたは、ベッドの暗闇のなかで、ぼくがどうしてそんなことをするのかと怒ったことを思い出していたのに違いない。
男と女ということになると、人間は、どこまでも生物的なのであると思います。
人前で、涙を見せたりするのは、わしらの習慣ではない。
激しい感情を見せるのは、明らかにわしらの習慣から外れている。
でもね。
モニもきっとわかってくれるに違いない。
あなたは、いまでも、わしの真の友なのである
2
日本に行くのだ、と述べたら、あなただけが「あら、ガメは世界の外に行くのね」と杉の木の扇の軽さで述べた。
あなたは、いつも、ぼくのことを知りすぎていて、どうしてぼくが日本語や日本に執着しているのかさえ精確に知っていた。
「ガメは、この世界でないところならどこへでも行くのよ」と歌うように述べた。
ガメは自分でいることに耐えられないのよ。
あの子のタイトルを見てごらん。
あの子が、自分のタイトルを呼ばれるたびに、とびあがるみたいにする様子を見てご覧。
あなたは、わしの女神のように振る舞った。
あなたもぼくも、恐竜的な世界に住んでいて、
そこでは「時」は止まっていて、
性や虚栄が澱んでいて、テーブルライトに照らされた金色の産毛が輝いていて、
われわれの魂を現代から引き離していた。
この世界でないところならどこへでも行くのよ、というが、
この世界、とはなにか。
きみとぼくとは、どんな文明に生きていたのか。
その文明は1915年には死んだ文明ではないのか。
3
I was in pain.
4
そうして、ぼくは、「新世界」の通りをほっつき歩いていて、まるで捨て犬を拾うように、やさしい腕をのべて、抱きしめて、助けてくれたモニさんと結婚することになったが、それは愚かな人間への世界からの不意な救済だった。
どちらかというと宝くじにあたったような突然の救済であって、順々としたプロセスも納得できる必然性も、なにもなくて、マリア様の奇跡に似た、唐突の解決だった。
5
こんなこと、日本語で書いても意味がないのか。
でも、わし友を考えると、日本語で書いておくことに意味があるのです。
なんで?
と言われても判らないけど。
ぼくの、思い込みに過ぎないのかも知れないのだけど