発起人一覧
発起人 猪野憲一
桶川女子大生ストーカー殺人事件で、一人娘の詩織さんを殺害された。最初は、不十分な取材と警察情報だけで記事を書くマスコミへの不信から、いっさい、マスコミとのコンタクトを避け、口を閉ざしていた。しかし、『ザ・スクープ』キャスターの鳥越俊太郎氏の取材攻勢を通じて、鳥越さんとの間に信頼感を持ち、いまでは犯罪被害者の問題や報道のあり方について発言している。まだ埼玉県を相手に国家賠償を求める裁判を戦っている。
発起人 岩上安身
ノンフィクション作家。1959年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経てフリーとなる。『現代』『文藝春秋』『週刊ポスト』『週刊現代』『週刊文春』『Number』『中央公論』『別冊宝島』など各誌にルポルタージュを寄稿。テレビのドキュメンタリー番組のレポーターやコメンテーターもつとめる。
96年にソ連崩壊と民主ロシア誕生を描いた『あらかじめ裏切られた革命』(講談社)で第18回講談社ノンフィクション賞を受賞。ほかに共著として『医者が金持ちになる本当の理由』(メディアワークス)、『都心マンション成功する選び方』(小学館文庫)、『ソ連と呼ばれた国に生まれて』(宝島社)など。2000年10月からはフジテレビ系『とくダネ!』の木曜日レギュラーコメンテーターをつとめている。
発起人 小川和久
軍事問題評論家。神戸の大震災の際、ヘリコプターからの空中消火のあり方などで、 『ザ・スクープ』にゲスト出演し、これをきっかけに、『ザ・スクープ』の常連出演者となった。調査報道を踏まえたテレビ報道の必要性を強く主張している。
発起人 川人博
弁護士。過労死110番などで 『ザ・スクープ』と関わりがあった。東大の講師を務めているが、毎年、学生を連れて『ザ・スクープ』の見学をし、鳥越俊太郎氏やスタッフなどとの交流を深めている。 『ザ・スクープ』の熱烈サポーターを任じている。
発起人 紀藤正樹
問題意識旺盛な行動派の弁護士。『ザ・スクープ』で法律上の疑問が出ると、必ずディレクターらが、どういうふうにみるべきか、どう捉えるべきかなどについて、紀藤氏にアドバイスを求め相談していた。『ザ・スクープ』が、桶川事件を取り上げた際、上尾署の告訴取り下げ問題で、「告訴は一度取り下げたら二度と同じ案件では告訴できない」という条文を発見し、『ザ・スクープ』にアドバイスした。これがヒントになって、番組の取材が一気に進んだことがある。テレビの報道番組にとっては、大変な知恵袋の助っ人。
発起人 三枝成彰
音楽家として有名。六本木男声合唱団の主催者。鳥越俊太郎氏の個人的な友人でもある。
発起人 田島泰彦
上智大学新聞学科教授、メディアの問題では積極的に発言してきている。毎日新聞の「開かれた新聞」の委員でもある。『ザ・スクープ』にはメディア規制の問題などで、数回ゲスト出演し、接点がある。鳥越俊太郎氏は田島教授の依頼で、上智大学新聞学科の特別講義を持ったこともある。田島氏自身、テレビの報道番組の中で、『ザ・スクープ』の調査報道を踏まえた報道の仕方に評価を与えている。
発起人 谷美智士
谷クリニック院長。実は、鳥越俊太郎氏の主治医。しかし、社会派正義感の強いの医師でもある。ルーマニアでエイズに感染した孤児の治療を、漢方薬で行う方法を何年も続けた。鳥越氏は、『ザ・スクープ』で、最初から評価を与えて取材を続け、数度にわたって現地からも報告している。
発起人 中村梧郎
岐阜大学教授。もともとは、フォトジャーナリスト。早くから環境問題に関心を持ち、カメラを通じて、環境破壊の現場で問題に迫り、さまざまな告発をしてきた。『ザ・スクープ』ではダイオキシン問題を取材・報告し、日本のダイオキシン問題を掘り起こした最初の人物。中村氏にとっては、『ザ・スクープ』の調査報道との連携は、きわめて貴重。この番組によって、環境問題を告発する機会が一気に増えた。
発起人 原寿雄
取材記者としては鳥越俊太郎氏の大先輩。共同通信の社会部記者として知られ、共同通信の元編集主幹。国内のジャーナリストの世界では、辛らつな意見や問題提起を行い、いまでも大御所的な存在。朝日新聞のオンブズマンの1人でもある。
発起人 藤田謹也
鳥越俊太郎氏が、最も信頼する友人の1人で、弁護士。下町生まれのべらんめー調の口調。行動力もあり、しかも曲がったことが大嫌い。正義感の強い言動が信条。最近、1999年7月に全日空機が乗っ取られ機長が殺されたハイジャック事件で、機長の遺族の弁護士を引受け、国が適切な事件防止策をとらなかった、とし、国などを相手取った損害賠償訴訟にかかわっている。
発起人 牧野義司
ロイター通信日本語ニュースサービス編集長。毎日新聞で20年、ロイター通信で14年というジャーナリスト人生だが、毎日新聞「サンデー毎日」編集長から転じてテレビ朝日『ザ・スクープ』のキャスターになった鳥越氏と同じような人生二毛作ということもあって、仲がいい。とくに、毎日新聞時代、鳥越氏が大阪社会部の敏腕記者として、破たんした日本熱学という企業の事件取材で東京に出張取材した際、後輩の経済部記者として、取材対応し、そのときの連帯感が付き合いの原点になっている。『ザ・スクープ』の掘り起こしジャーナリズム型報道を強く支持している。
発起人 元木昌彦
雑誌編集のプロ。講談社で、月刊誌「現代」を振り出しに、「週刊現代」編集に10年携わったあと、1990年から写真週刊誌「フライデー」編集長、さらに2年後に「週刊現代」編集長を経験。「ヘアヌード」という言葉を“発明”して部数を伸ばすなど、週刊誌を中心に新しい雑誌文化をつくりだした。しかし、告訴される件数で史上最多の編集長、という点でも有名。いまは、1999年にインターネット・マガジン「Web現代」を創刊し、いまは「デジタルの鬼」に変身中。