ジッド「アンリ・ミショーを発見しよう」

昔はそれなりに詩も読んだけど、いま読んでもピンと来ないことが多い。
文学的素養のある人は違うのかもしれないけど、
詩っていうのは十代の感性にこそよく馴染むものだと思う。
十代の頃はランボーの「イルミナシオン」に熱中したもんだが
いま読んでもたぶんよくわからないんじゃないかな。
いまだに読んで素晴らしいと思うのは、
ボードレールとロートレアモンとエミリー・ディキンスン、
そしてアンリ・ミショーぐらいなもんだ。



ミショーを初めて読んだときのことは覚えている。
何の予備知識もなくページを開いて
最初に読んだ詩の最初の一節が、

奴らは待つということを知っていた

ガツンときたね。頭ぶん殴られたみたいに。
すげえ作家に出会うと時々そうなる。


アンリ・ミショーが素晴らしいのは肉体があることだと思う。
幻想的、奇怪、混沌
といったような言葉で表わされる類いの作品ではあるけど、
ただイメージが宙を彷徨っているのではなく、
そこには確かに肉体がある。
ある想像上の国を描いていたとしても
土着的な、その地の風土を感じさせられるものがある。
あるいは後のマジックリアリズムにも通じるようなものが。

同時代ではシュルレアリストの詩人たちが
まあなんか色々と御託を並べていたようだけれど、
彼らが述べていた立派な理論を
実際にはほとんど作品化できなかったのに対し、
そういった芸術運動から距離を置いていたミショーが
それを一番具現化した作品を書いていたというのは
おもしろい事実だと思う。
夢想家というのがベッドに横たわっている人間を指すのだとしたら
それはあまりにも単純すぎる話だ。




ジッドが書いたこの本は、
当時ほとんど無名だったミショーを紹介する講演で
ジッドが話した言葉を収めたもの。
あくまで無名の詩人を紹介するという名目のものなので
評論などといった詳しい分析がなされているわけではなく
あくまでその紹介に留められているので、
さほど目にとまるようなことが書かれているわけではないが
ミショーの入門としてはいい本だと思う。
また後半には、ミショーの翻訳者である
小海永二の評論が収められている。


ミショーが日本であまり読まれているとは思わないけれど、
数年前に個展があったし、画家としては少しは再評価されているのだろうか?
是非詩人としても再評価されてほしいし、もっと読まれてほしい。
(ついでに言えば、これを書いた20世紀の大作家ジッドですら
いま日本で読まれているとは思えないので、もっと読まれてほしい)
また、あらゆる文学の系譜から孤立していて
ともすれば忘れ去られてもおかしくないアンリ・ミショーの作品を
長年翻訳し続けてくれた小海永二さんも評価されるべきだと思う。






スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

プロフィール

Author:グートグッバイ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR