NTR

夏目漱石の作品を読むと、
こいつ寝取られ願望でもあったんじゃねーか?と思ってしまうのはおれだけだろうか。
意中の女を友達に寝取らせようとする話ばっかだもん。
ほんとに、毎回毎回。
まあ当時の奥ゆかしさから出るものなのかもしれないが。


おれはたぶん寝取られ願望とかはあまりないのだけれど、
たとえば気に入った女の子が男と幸せそうにしている風景なんてのは、
とてもとても美しくて堪らなくなる。
美しいものを手に入れるよりも
美しいものが去っていくその美しさに
心が高揚する。
生きる力を与えられるくらいに。
チンケなナルシシズムと言われれば
その通りなのかもしれないが。


いまもあるのかは知らないが、昔2chに
「好きな子が毎晩男とSEXしてる現実を考えるスレ」というのがあって、
おれは当時もいまも好きな子なんて、まあまずいた試しがないのだが
そのスレに漂う悲壮感が非常に気に入って、よく覗いていた。

一度興に乗って、そのスレに自作のポエムを書き込んだこともあった。
確か2,3人に誉められたあと、ボロクソに叩かれたんだったな。
つまらないだとか下品だとか。
そのポエミーはいまでも思い出せる。


外は雨まみれ
ぼくの心はまるで血まみれ
気になるあの子もメンスで血まみれ
でもあの子は「よかったー」と
彼氏に笑顔で「来たよ」と報告
彼氏はあの子の頭をナデナデ
いちゃつきながら胸もモミモミ

外は雨まみれ
ぼくはおうちで雨宿り
おうちで一人、ネットで波乗り
気になるあの子は、ベッドで馬乗り
でも晴れててもおんなじなんだ
ぼくには行くとこないんだし
気になるあの子は生中出し

外は雨まみれ
ぼくの心に降る涙雨
気付けば涙が頬を伝わり
にがい涙に、鼻がグスン
気になるあの子は彼氏の濃いのが
顔に掛かって、にがいなーって
お口でゴクン


我ながらそんなに悪くはないと思うのだが
2ちゃんねらーの好みには合わなかったようだ。
ネタで書いてるわけだからいいんだけども。

まあこんなおふざけはともかく、いやでもこんなおふざけができるくらい
それは心に適ったものなのかもしれないよ。
失われたものに心を寄せるというのは。




すべて人のもの、っていう精神風景は
とても美しいと思う。
そっと手を伸ばせば、届きそうだったものが
目の前で、手から逃れていく
それはとてもとても、美しい光景で
ひょっとすると、それを手にするよりも
ずっと忘れずに残る、それはそれは
悲しく美しい場面なのかもしれない。


「そして死ぬのはいつも他人」と言ったのはマルセル・デュシャンだったか。
デュシャンがそう言ったのだとしたら、これもまたふさわしい言葉だ。
きっとデュシャンの無為は、喪失の観念と美しく結びついていたはずだから。
もっともデュシャンというのは特殊な例外的人物で、
何も手にしないことですべてを手に入れた人ではあるけれど。




実際のところ夏目漱石はさほど好きでもないんだけど
一つだけ忘れられない場面がある。
ある作品の終盤で、ある匂いを嗅いだ男が
ふっと幾つかの情景を想起させる
そして響いてくるのは
stray sheep stray sheep

作品名も話の筋もまるで覚えちゃいないんだけど
その場面だけでこれは名作だと思ったよ。
とても美しい
甦り、去っていく情景。


実のところ寝取られだとか女の話だとかじゃなくたって
手に届くはずのものが逃れ去っていくとき
そこには悲壮感もナルシシズムもなくて
そこにあるのは、自分の原風景に帰れたっていう
安堵感なのかもしれない。
だからこそそれを求めてしまう
そんな心理があるのかもしれない。
まるで成就されないことで
それが成就されたとでもいうように。


すべて人のもの、って思えるとき
そこには祝福も笑いもこもっている
どこまでも悲しくて、どこまでも美しい
そんな原風景は、きっと
大事に護り続けなくちゃいけない。
こんなに美しくて、身を切るような感情は。


夏目漱石が何を描いていたのか
おれにはよくわからないけれど、
もしかするとそんな原風景を持っていたんじゃないか
失われたものに心を宿すような
そんな思いを。





夏目漱石を読んで、そんなことをグダグダと考えているわけですが
いまふと思うのは、夜中にそんなロクでもねーこと考えてる暇あったら
さっさと寝ろってことだな。

stray sheep stray sheep






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