英国が先月、国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めた後、大和証券グループ本社の日比野隆司社長は、勢いを増す円高に駆られて日本企業の対外M&A(合併・買収)に拍車がかかると予想した。だが、そのときでさえ、国民投票後の英国に渦巻く不確実性のために、英国で何かすることを検討するのは「非常に勇敢な人」だけだと予告した。
今回が初めてではないが、進み出たのはソフトバンク創業者の孫正義氏だった。英半導体設計大手アーム・ホールディングスに対して240億ポンドの買収を仕掛け、孫氏はエスタブリッシュメント(支配階級)の常識を覆し、日本一勇気ある人物としての役割を再演してみせた。
それほどはっきりしないのは、このタイトルを欲しがる日本の企業経営者がほかにいるかどうかだ。
発表から1日、市場は買収を歓迎しなかった。ソフトバンク株は19日、10%下落した。だが、孫氏は日本企業の気概とリスク選好を示す極端な立ち位置にいることに満足しているように見える。同氏のM&Aの前歴は良かれあしかれ、規模において大胆だっただけでなく、ソフトバンク自身のDNA(遺伝子)を変える意欲においても並々ならぬものがあった。
■15年のM&Aは過去最高だったが
アナリストらに言わせると、決定的に重要なのは、孫氏が自己資金をつぎ込んでリスクを受け入れていることだ。同氏はソフトバンク株の19.2%を保有しており、それが大胆巧妙なM&Aのアメとムチになっている。
対照的に、日本株式会社はそれをあまりやらない。自社株をごくわずかしか持たず、可能な限りリスクを避けることでトップに上り詰めたサラリーマン最高経営責任者(CEO)の世代が率いる企業が増えている。
比較的規模が大きく、資金力のある一部の日本企業は、株主からの圧力を受け、長期的な成長と高い自己資本利益率(ROE)を求めて海外に目を向けることに以前より積極的になり始めた。日本企業は2015年に、過去最高となる10兆円の対外M&Aを記録した。それでも「完全な変身」というよりは「改善」だった。一連の対外M&Aはやや保守的で、世界の中でも信頼できる先進的な地域で、規模の大きな付随事業を探す保険会社、銀行が主体となっていた。
また、グローバルな基準に照らすと小さめなM&Aの規模は、買収側の企業に自社を根本的につくり変える意欲がないことを浮き彫りにしている。ディーロジックの数字によれば、日本は昨年前例のないM&Aブームに沸いたものの、対外M&Aランキング(件数ベース)の7位につけただけで、英国やオランダに後じんを拝している。
日本きってのリスクテーカーとして突出する孫氏の能力は、より根深い問題にもスポットライトを当てている。日本株式会社を抑制し、アベノミクスが長期的な勢いを得ることを妨げている企業の姿勢がそれだ。株式を保有したり、株式をインセンティブとして使ったりすることに乗り気ではないのだ。