今から10年前は、アニメオタクは「ヤバイ奴」だった。その頃はオタクから「アキバ系」へと名称が変化してきており、妙にテレビで秋葉原が取り上げられることが多くなってきていたが相変わらずワイドショーでは「秋葉原には見るに耐えないポルノが蔓延している!」と批判的に取り扱ったり、未成年による殺人事件があると短絡的にアニメやゲームのせいにして、コメンテーターが秋葉原の映像を見て不快感を示していた。
「ゴクドーくん漫遊記」という、アニメ化までしたライトノベルで小説家デビューした中村うさぎ氏は、デヴィ夫人や和田アキ子、叶姉妹といった調子に乗った芸能人をコキ下ろす「屁タレどもよ!」というコラム集のなかで、なぜか芸能とは関係のないアニメオタクをボロクソに貶す章を書いていた。アニメオタク相手の商売でデビューした人がかつての自身のファンをバカにするなんて、と思ったが文庫化の際にはアニメオタクの章は無くなっていた。
そんなアニメオタクを批判する風潮の中でも特に印象に残るのは室井佑月氏だ。秋葉原やオタクを取り上げる番組の席には必ず室井氏がいて、「えー気持ち悪ーい」「上から目線で生身の女は嫌いとか言ってるけど、誰もアンタみたいな気持ち悪い男なんて相手にしないって!自惚れんな!」
エロゲーのアフレコ現場を取材したVTRでは、明らかに40代らしき肥えたオバサン声優が「あん…あぁん…」と喘いでいた。それを観た室井氏は「こんなオバサンの声を若い女の子だと思って興奮してるんでしょ?オタクってバカだね!」
当時はオタクをバカにする役を一手に引き受けていた室井氏。わかりやすくオタクを小バカにするコメントができ、オタクを悪意的に取り上げたいテレビ業界からは意図した通りに動くので重宝されたのだろう。
スポーツ新聞のコラムで、室井氏はこんなことを書いている。「電車男ブームで、自分たちはモテると勘違いしたオタク達が女性を襲いそう!」
当時、電車男が映画・ドラマで大ヒット。ダサいオタクがイケてる美女に恋をして、彼女を射止めようと必死に脱オタクを図る物語だ。電車男の中では、チェックのネルシャツ、ケミカルウォッシュのジーパン、頭にはペイズリー柄のバンダナ、黒縁メガネ、両手に紙袋、背中には巨大なリュックサックというステレオタイプなオタク像が描かれていた。
これは80年代後半から90年代初頭にかけて、テレビに引っ張りだこだった宅八郎氏の姿そのものである。宅氏がテレビのバラエティ番組でオタクタレントとして登場し、小学校低学年の女児のスカートを捲ろうと必死に女児を追いかける(今じゃ絶対放送できない!)などの企画で世間に「アニメオタク」という存在を知らせ、「おたく」という言葉を流行語にした。 それから15年経ち、2005年になって「オタク」から「アキバ系」へと言葉が変化しても、その中身のイメージは宅八郎からまったく進歩していなかった。もちろん、当時でも既に秋葉原にはそんなステレオタイプなファッションのオタクなんて一人もいなかったにも関わらず。
世間のイメージがステレオタオイプだっただけでオタクは普通のファッションをしていたのに、電車男のヒットをうけて「脱オタクファッションガイド」というサイトが書籍化されてこれもヒットした。「元オタクの管理人がファッションを知らないオタク達に今時のイケてるファッションを指南する」という名目のサイトだが、この中でもオタクは宅八郎ファッションで描かれており、管理人は絶対オタクじゃないだろうということはミエミエだった。
途中に登場するアニメネタも微妙に古いものばかりだし。この中でも「オタクを卒業しないと、かわいい彼女はできないぞ!」と呼びかけた。
電車男ブーム当時は素人100人が芸能人パネラーと日本社会や政治について討論する、昔でいう「ココがヘンだよ日本人」のような番組にはオタク軍団50人が登場し、全員スレテオタイプな宅八郎ファッションだった。素人のフリをしているが、全員売れない若手芸人やエキストラ俳優だ。
そんなオタク軍団の出番のテーマは「オタクよ!生身の女性と恋をしろ!」オタク軍団は生身の女性はシワだらけで気持ち悪いとか、アニメの女の子は自分を裏切らないとか、自分がモテないことをを棚に上げて身勝手な珍論を滑稽に熱弁する。そして司会者や芸能人パネラーが指を指して嘲笑する。「討論」なんて大仰なものではなかった。
「ネプベガス」という深夜のバラエティ番組では、これまたステレオタイプなオタク像の素人出演者の男が何故かスタジオで美少女フィギュアを握り締めて立っている。そこに江頭が乱入し、オタクから美少女フィギュアを奪い取り、フィギュアを嘗め回した挙句、自身のタイツの股間部分にフィギュアを突っ込んで逃げてしまう。そしてオタクが激怒して江頭を追い掛け回すというシーンは、番組の名場面として何度も紹介された。
電車男ブームを受けてもなお、バラエティ番組ではオタクはステレオタイプな嘲笑やイジメの対象でしかなかった。 10年前当時は秋葉原やアニメというものがやっとフィーチャーされてきたのに、やっぱりオタクは「社会不適合者」という印象のままだったし、ワイドショーはそういう扱いをしたがった。「秋葉原が今すごいことになっている」と少し好意的に報じているように見せかけて、VTRを観たコメンテーターはオタクを批判したり「恋人が欲しければオタクを卒業しよう」と言っていたのだ。
テレビでもそんな中途半端な扱いだった分、学校でアニメの話なんかしようものなら真っ先にイジメの矛先が向いた。女子から忌み嫌われ、スクールカーストの頂点にいる男子からは徹底的に無視された。
でも、学校でアニメの話をする奴なんて、眉毛が繋がり鼻毛も飛び出しヒゲもボーボーの顔面毛むくじゃら野郎とか、何日も風呂に入らず頭はベタベタで常に悪臭を振りまき、毎日洗濯していない同じ服を着ている奴とか、マトモな奴が少なかったのも事実だが。
それから10年、アニメに関する世間の評価が一気に変わった。あれだけアニメを批判的に取り上げていたワイドショーが、かなり好意的に取り上げるようになったのである。
一番掌返して驚いたのが、「とくダネ!」の小倉さんである。10年前は「今このアニメのDVDが売れています」という話題のとき、周りのアナウンサーやコメンテーターが「面白いですね」とニコニコしているのに小倉さんだけはモニターを睨み付けており、「何が面白いのか理解できません。」
秋葉原やメイド喫茶が流行っていると、秋葉原で美少女フィギュアを買う客にインタビューしたVTRが流れても小倉さんはしかめっ面。「いい歳した大人がこんな幼稚なことをやってたら、日本はダメになりますよ!情けない!」
昔パソコン番組の司会をしてパソコン通信やパソコンゲームについて熱く語っていた人なのに、こんなに許容の無い人だったとは。
なのにある日突然、とくダネの中で小倉さんが「腐男塾」というメンバーが全員アニメオタクという女性アイドルグループを猛プッシュするようになる。女性なのに男装をして一人称が「俺」というアイドル界でも特にややこしいグループなのに、小倉さんときたら「腐男塾の曲は今の日本を元気にしますよ!感動した!」
自身のラジオ番組の中でも腐男塾の楽曲はリピートされ、腐男塾の素晴らしさについて熱弁を奮う。ついには腐男塾をラジオのゲストに招く。が、当然話題はアニメの話一色。
しかし小倉さんは「うんうん。アニメはいいよね。日本を代表する文化だよね」「アニメは日本の活力」「おじさんも、キミたちがオススメするアニメ見ちゃおうかな~。」あれだけアニメを批判していたのに…どうした、小倉!?
掌返したのは小倉さんだけではない。各ワイドショーは、10年前あれだけアニメを批判していたのに急にアニメを好意的に特集するようになる。
近年なんかは、毎年夏と年末は「コミケはこの季節の風物詩」と特集する。アニメが好きだという若いタレントにコミケの魅力について語らせ、「コミケは外国人観光客が大挙するので、日本経済にとっても有益」と結論付ける。
昔は「コミケではこんなものが売られています」と、女性リポーターがエロ同人を読み「信じられない!」と叫んでいたのが信じられない。
「アニメは今の若者の間で大流行している」と報じる。昔はワイドショーでインタビューされるオタクなんていうのは、みんな見た目が気持ち悪い男ばかりだったが、今のワイドショーでインタビューされるアニメファンはみんな端正な顔立ちで、清潔感のある今時の若者ばかりだ。
めざましテレビやZIP!では、「今の若者はカラオケでアニメソングばかり歌うらしい」とカラオケの個室内にカメラを設置し、リア充感溢れる爽やかな若者たちがアニソンやボーカロイドばかり歌う映像を流す。なんなら、そのVTRを観た若い女性アナウンサーが「私もこのアニメ大好きなんですよ!」なんてコメントする。
実際、カラオケ店に行って選曲履歴を見ると、アニソンとボーカロイドばかりが出てくる。ちょっと前なんて、履歴にはエグザイルと西野カナばかり残っていたものだが、エグザイルなんて履歴100件のうち2、3曲だけで、残りは全てアニソンという勢いだ。
10代から20代前半の若者とカラオケにいっても、ほんとアニソンしか歌わない。アニソン以外で歌うといえば、女の子はアニソンの間にヴィジュアル系バンドの曲を挟むくらいだ。ヴィジュアル系バンドもアニメオタクの趣味のうちのひとつと考えることができる。海外では日本のヴィジュアル系バンドとアニメは、どちらもオタクの趣味という認識だろう。
彼らにはアニメは気持ち悪い趣味といった後ろめたさは微塵もなく、むしろ堂々とアニメを観ていると公言する。まるで、月9のドラマでも観ているかのように。
この10年でいったい、なぜここまでアニメの扱いが変化したのだろうか?
一番影響しているのは、スマホの普及だろう。ガラケー時代のリア充はパソコンなんて触らないし、ネットなんてガラケーでグリーやモバゲーなどのショボい携帯サイトしか見ないという人だらけだった。テレビの印象も相まって、オタクやアニメは気持ち悪いという印象のままだ。
筆者の個人的な思い出で申し訳ないが、リア充の友人へのメールにネットのノリでつい語尾に「w」と付けてしまった。彼からの返信には、「ダブルってどういう意味?」今から5、6年前の話である。
そんな彼も今ではツイッターやフェイスブックで「w」を使いこなしている。ガラケーしか持たず、ネットスラングなんて見たことも聞いたこともなかった彼が、スマホを手にしてネットスラングを自ら使うようになった。
スマホが普及して初めてガラケー用サイトから飛び出した彼らは、ニコニコ動画や「やらおん」「はちま寄稿」などのアフィブログなどでPC側のネットの世界を知ることとなる。
長年ネットをやってきたはてなユーザーや2ちゃんねらーにとって、アフィブログなんてデマばかりの信用できない、他所からネタを丸パクリするだけしか脳のないネットのゴミということは知っているので、そこに書いてあることは信じないし自ら読もうとも思わないというリテラシーはできている。
しかし、スマホではじめてネットの世界に触れた人たちは、アフィブログをヤフーニュースと同じような感覚で読み、鵜呑みにしてしまう。アフィブログなんて芸能ゴシップかアニメのネタしか載ってないので、読んでいるうちにアニメへの嫌悪感や違和感などはなくなってしまうのだろう。
ネットはアニメの話題が多いので、アニメの話をするのはリア充にとっても生活の一部になってしまった。 また、スマホを手に入れるのと同時にツイッターやフェイスブックといったSNSも始め、そこでバズっているバイラルメディアにもよくイイネ!を押す。
バイラルメディアなんて、それこそ我々にしたら10年前にとっくに使い古された噛んでも味のしないネタを今更引っ張ってきて羅列しているだけだが、ネットを始めたばかりの彼らには新鮮なおもしろネタに写るのだろう。
「デスノートの作者はガモウひろしだった」なんて、今時そんな陳腐なネタで記事作るかね?と呆れるしかないバイラルの糞記事ですら、リア充のみなさんは「すごい話だ!」と感動してイイネ!している。今、2016年だぞ。
アフィブログやバイラルメディアは、そういったネット初心者を餌にして食っている。
ニコニコ動画の影響力も凄まじかった。「歌ってみた」「踊ってみた」動画が若者の間でかなり流行し、いままでは動画サイトといえばYouTubeくらいしか知らず、エグザイルで踊る様子をアップしていたリア充たちが、ニコニコ動画の影響でコスプレをしてアニソンで踊るようになった。
アニメだって、今話題のものはググれば動画サイトに大量に違法アップロードされている。金を払わなくても、テレビを録画しなくても、スマホひとつあればいつでも手軽にアニメを視聴できる。
10年前はアニメに興味なんてなかった筆者の同級生の女子たちは、ニコニコ動画のブームと共に急にアニメに夢中になりだした。急に「踊ってみた」「歌ってみた」動画をアップしだし、毎月500円払って顔出してニコ生まで始める始末。
昔はジャニーズやロキノン系バンドを追っかけていた女子のSNSには、それら追っかけていたアーティストの名前は無くなり「歌ってみたの○○さんのライブに参加しました」「声優の○○さんの武道館ライブのチケット、手に入りました」といった文字が並ぶ。
若い女子の間がアニメの話題一色になっては、男はアニメの話をしないとモテないという状況になった。というより、彼女がいれば自然とアニメについて詳しくなるだろう。
アニメは「気持ち悪い犯罪者予備軍の趣味」から、「若者のファッション」へと変貌した。2005年から2015年にかけての10年間は、アニメ史にとっても激動の10年間だろう。
といっても、2000年代初頭から当時の10代女子の間ではオタクアニメを受け入れる土壌は既にできていた。
2002年当時、クラスの女子の間で、まるでキティちゃんやリラックマなどのファンシーキャラを愛でるような感覚で、「あずまんが大王」のアニメを見るのが流行っていたのを記憶している。女子が「かわいい、かわいい」と言いながら。
それでも、あずまんが大王を男子が観ているなんてことがバレたらやっぱり女子からは気味悪がられ、イジメの対象だったが。
またまた筆者の個人的な思い出話になって申し訳ないが、2002年当時の筆者の彼女の本棚から「苺ましまろ」が出てきて驚いた。オタクでもなんでもない、普通の女の子である。本屋で偶然見つけ、絵柄が可愛いから愛読しているのだそうな。まさか彼女の本棚からロリコン漫画が出てくるとは…
生まれながらに少女漫画に慣れ親しんでいると、オタク向け美少女キャラクターも違和感無く「可愛い」と認識できるのだろう。
また、2000年代前半にはジャニーズファンの若い女性の間で「テニスの王子様」が話題となる。ジャニーズ並みのイケメンたちが大量に登場すると、世のイケメンハンターの女性たちが熱く注目した。
それが自然にジャニーズファン以外の女性たちにも広がり、いつしか若い女性の間でBL漫画を読むのは少女漫画を読むこととイコールとなった。
今は、小学校高学年にもなれば女子ならばBL漫画を読んでいて当たり前である。小学校から既にホモセックスの漫画を読むだなんて変な性癖にならないか心配だが、2000年代初頭にホモセックスBL漫画を読んでいた小中学生も今はアラサーとなり、普通に恋愛・結婚をし生活しているので大丈夫なんだろう。
世の流行するものは全て女性発信というが、そもそも女性にはオタク漫画を受け入れる土壌は十分にあった。「オタク気持ち悪い」はテレビが無理やり押し付けていた価値観で、ネット・スマホが普及し、テレビの影響力が段々下がっていくにつれ、「オタク気持ち悪い」の印象も同時に薄れ、若者の情報源はネットのみになり、ネットではアニメの話題をよく目にするので生活の一部となり、女性がアニメにハマりだし、いつしか若者の文化となってしまった。
あれだけオタクを犯罪者予備軍と批判していたワイドショーも好意的に取り上げざるを得なくなったのだろう。
もちろん、AKB48の影響もバカにはできない。AKBがメディアに登場した頃は、まだ世間ではAKBは秋葉原のアニメオタク文化とイコールで、気持ち悪いものとされた。
しかしAKBがテレビで普通のタレントとしての地位を向上させていくと、秋葉原のイメージもジメジメした猥雑なイメージから一気にクリーンになり、結果としては秋葉原やオタクへのイメージ向上につながった。
10年前はアニメオタクをいじめていたような連中も今は「アニメ大好き」とか言ってるのは引っかかるが、若者ならアニメを見ていて当然といった風潮になった以上、もはや「アニメオタク」という言葉が薄れてきてしまっているので、仕方のないことだろう。
思春期になればJ-POPや洋楽に懲りだすのは当たり前だったが、今の10代の学生はそれらを聴かず、アニソンとボーカロイドばかり聴いているという。
人間というのは、15歳頃に聞いていたジャンルの曲は大人になっても、いつまでも好んで聴くのだという。
もしかしたらこの先、昭和歌謡や最近やっと90年代・2000年代の曲が流れるようになったテレビやラジオの「なつメロ」番組で、今のアニソンやボーカロイドが流れる日が来るのかもしれない。
その頃の若者の間では、アニメはどういった受け取られ方をしているだろうか。「気持ち悪い」か、「ダサい」のか、それとも今と変わらずアニメはファッションのままだろうか。今から楽しみだ。