おいしそうな料理を目の前にしたとき、現代の日本には「食べる」以前に「撮る」か否かの選択肢がある。すっかり普及しきったスマホを使い、人々は日常生活のログとして、あるいはささやかな自慢のストックとして、料理を写真に収めてアップロードする。
しかし、そんな写真が他人の目に、まったくおいしそうに映らなかったとしたらどうだろう。実際、SNSでは率直に言って「まずそう」な、いわゆる“メシマズ”写真を見かけることがある。ひょっとしたら自分の写真も、「まずそう」と思われているかもしれない。
一体どうすれば、スマホで「おいしそう」な写真が撮影できるのか。フリー写真素材サイト『PAKUTASO』を運営するカメラマンのすしぱくさんに、“メシマズ”写真の実例を用いながら、スマホの料理写真撮影のコツを解説してもらった。
そもそも「料理の写真」は一番難しい
こちらはデジタル一眼レフカメラで撮影されたPAKUTASOのフリー素材
――スマホで料理の写真をおいしそうに撮るには、どうすればいいのでしょうか?
実は、料理は「写真で一番難しい」と言われているんです。
――そうなんですか!?
はい。もし人物の写真であれば、自動で顔を認識するなど、カメラが補正してくれますよね。しかし、料理の写真には人物のように、誰であれ、ある程度は形状が定まった「顔」のような要素はありません。だから、「どこにピントを合わせるか」といった、基本的なところでつまずいてしまうこともあります。
また、人物であれば感覚的に「肌の色」の自然なレベルがわかるのですが、料理ではそういった万人の共通認識がありません。「おいしそう」と思う色を出すのもカメラマンの腕の見せ所です。だから、カメラマンは「料理の写真をしっかり撮れたら一人前」と言われることもあるんですよ。
――知りませんでした……。カメラの性能はどうですか? やはり、スマホではデジタル一眼レフのような写真は撮れない?
人間の目は50mmのレンズだと言われています。一方、スマホのカメラは50mm以下の広角レンズ。広角だと、端が歪んでしまいます。だから、目で見たとおりには撮れません。みなさんが挑んでいるのは、そんな世界なんです。
とはいえ、料理写真とスマホカメラに特有のポイントをしっかりと押さえて撮影すれば、いい写真を撮ることは不可能ではありません。具体的には大きく「ライティング(照明)」「構図」「被写界深度(ボケ味)」「色」の4つを意識してみましょう。
ライティングがダメなら料理を回せ
――料理の写真は、お店が暗かったり、逆に明るすぎたりすると、撮りづらいことが多いですよね。
そうですね。本来、料理写真のライティング(照明の使い方)というのは、料理の後ろから光が来るようにして、前面の影を和らげるレフを置き、料理に対して斜め45度から撮るのが基本です。これで誰にでも、ある程度いい写真が撮れるようになります。撮影の鉄則ですね。
――それが難しい場合はどうすればいいですか?
まずは光源の位置を把握しましょう。そして、その光が料理に当たる角度を見極めてください。繰り返しますが、光は後ろから料理に当てること。例えば光源が固定されていて、料理との位置関係がいい状態ではなかったら、発想を転換します。
――発想の転換とは?
合言葉は「ライティングがダメなら料理を回せ」です。つまり、理想的な光源との位置関係になる場所に、料理を持っていくんです。もちろん、明らかなマナー違反になってはいけませんが、カジュアルなお店であれば、それだけでかなりライティングを改善できるでしょう。
――ここからは、ダメな例、いわゆる“メシマズ”写真の実例を用いながら、すしぱくさんに解説してもらおうと思います。画像は以前話題になった、こちらのNAVERまとめ記事に掲載された写真の著作権者から許可を得てお借りしました。さて、この写真は何がダメですか?
(笑)。そのNAVERまとめのことは、噂には聞いていましたが、本当にまずそうですね……。
これは前から光がドーンと入ってしまった、ライティングの失敗の好例です。繰り返しになりますが、光は後ろから当てないと。ちなみに、何の鍋ですか?
――モツ鍋と聞いています。
モツが見えないじゃないですか。
――はい……。
いわゆる“メシマズ”と呼ばれる写真を撮ってしまう人は、何を被写体にするべきか、わかっていないように感じます。モツ鍋なのだから、ニラじゃなくてモツに光を当てましょう。
――おっしゃる通りかと思います。まず、アクを取れよ、と。
はい。
――次の写真は「タコライス」ですが、青いです。
青いですね。料理が青いと食欲を減退させてしまいます。
――この写真をPAKUTASOの加工技術で再生させることはできますか?
えっ? うーん……。
「チーズ」というタイトルの写真にならできるかもしれません。
――(笑)。おいしそうなチーズにはできるわけですね。
はい、それならできると思います。
――あら、おいしそう。
色を変えて、ブレを直しました。ただ、そもそも構図が微妙だったので、トリミングしています。ライティングには、「照り」や「艶」を加え、シズル感を出すという技術があります。反射するものには、ハイライトを入れるとおいしそうに見えるんです。
この写真は、チーズに関してはたまたま照りが入っていました。なので、色を調整してあげればおいしそうに見えるようになった、ということです。商品メニューだと、ここに湯気を合成しちゃいますね。
スマホでも「いい感じ」のボケ味は出せる!?
――被写界深度について、説明をお願いします。
被写界深度とは、「ピントを合わせた部分の前後の、ピントが合っているように見える範囲」のことです。これが浅いほど、被写体以外はボケやすくなります。F値、焦点距離、撮影距離で決まる値ですね。
――つまり、どういうことですか?
簡単にいえば、スマホでも単焦点レンズほどとはいかないまでも、ボケ味を出すことができる、ということです。
――被写体にピントが合っていて、背景がいい感じにボケている写真ですね。スマホでは出せないものだと思っていました。
次の2つの写真は、僕がスマホで撮影しています。手前のコーヒー豆にピントを合わせたものと、奥のミルクにピントを合わせたものです。
――スマホでも「ボケ味」が出せることがよくわかりました。
はい。被写界深度を理解していれば、スマホでもボケ味を出すことはできます。もともと、F値が小さいほど被写界深度は浅くなるのですが、スマホのカメラのF値はだいたい2.8と小さく、ボケ味を出しやすいはずなんです。その他の補正機能とバッティングすることで、被写体にピントが合いにくくなることはありますが。
そう認識した上で、自分のスマホではどうすればボケ味を出しやすいか、被写体とボカしたいものとスマホの距離関係を変えながら、試してみるといいでしょう。
――この写真、背景はボケていますよね。
背景の前に、これは何ですか?
――チリクラブだそうです。
カニなら、ハサミと甲羅とか、カニを象徴するものを写してあげないと。
――返す言葉もございません。
とはいえ、背景のボケ味はいい感じです。被写体が変われば、本来は悪い写真ではなかったはずです
――えっ、そうなんですか?
例えば、料理だけ差し替えてみましょう。
この料理を先ほどのチリクラブの写真に合成してみます。
ほら、しっかり被写体にピントを合わせて、背景をボカせば、いい雰囲気になるんです。
――なるほど。話は少し変わりますが、例えばこの写真のように、“メシマズ”写真には全体がボケてしまった写真も多いです。
これはピンチが合ってないというか、ブレているだけですね。おそらくは、暗いお店だったのでしょう。このような場合はシャッタースピードが落ちるので、ブレやすくなります。カメラを持つ手をしっかり固定するのが重要ですね。
――そのあたりは普通のカメラと同じなんですね。
完全にブレてしまった写真は再生することが難しいので、撮影技術に自信がなければ連射モードがおすすめですよ。
基本の構図は寄り引きそれぞれ「真上」「45°」「真横」
――素人には構図が一番の難関かもしれません。
まず、寄りで撮る。寄りだけでは失敗したときにリカバリーができないので、引きでも撮る。引き寄りそれぞれ被写体にピントを合わせて「真横」「45°」「真上」から撮る。これで、初心者でも失敗の確率はかなり低くなるでしょう。
次の3つの写真を見比べてみてください。これらは、記事冒頭でイメージカットとして使用した朝食セットを、僕がスマホで「真横」「45°」「真上」から撮り直したものです。
高さのある料理や、「抜け」の雰囲気を伝えたいときは真横からがいいですね。
こちらは45°くらいから撮った写真。もちろん45°にこだわりすぎず、光の入り具合で角度を調整するのがいいでしょう。
最後は真上です。おしゃれですね。
――おしゃれですね。真上の構図はInstagramで流行していますよね。
僕もそう思ったので、試しにインスタ風に加工してみました。
――既視感があります(笑)。しかし、なぜ真上の構図が流行っているのでしょうか。
一因としてあると思うのが、真上は失敗しないんですよね。なぜなら、光源の向きを気にしなくていい。前後左右どこから光が入り、影ができようが、トリミングしてしまえば影響しないので。
――構図はどうでしょう? 初心者でも失敗しない構図はありますか?
「お皿を寄せる(三分割)」「日の丸構図にならないように気をつける」など諸説ありますが、被写体に寄ってボケ味を出しやすく、美味しく見えやすいのは縦位置構図です。特に単品料理を横位置で撮ろうとするのは難しいんですよ。
――初耳です。でも、ウェブには横位置やスクエアの写真が多いですよね。
はい、これも“メシマズ”写真が生まれてしまう1つの原因だと思います。
――では、恒例の講評に移りましょう。この写真はどうですか?
これはそもそも寄りすぎですね。高さのある丼を寄りで撮ってしまったことから、器が歪み、マグロの身がぐったりしているようなイメージの写真になってしまいました。1枚は必ず引きで撮ることを心がけましょう。
ただし、これはよく見かける落とし穴でもあります。人間って勢い込むと、寄ってしまうんですよね。でも、思い出してください。人間の目とカメラは違います。撮りたいものを最前面に持ってくると、意外とそれが何かわかりにくいんです。
――「前置きなく本題をバーっと喋っちゃう人」みたいですね。
相手の気持ちを考えない、という点では似ていると思います。試しに、この写真を加工しておいしそうにしてみましょう。
明るさと色を変えただけでも随分変わりましたね。続いて、ぐったりしたマグロの部分(写真下)と、青白い自然光(写真上)をトリミングします。この構図では、味噌汁などもあるので、横位置の方が良かったかもしれません。
このように、少しは違和感が薄れたのではないでしょうか。
――たまに次の写真のように、斜めから撮った写真を見ますが、どうですか?
真っ直ぐに撮るとのっぺりした写真になってしまうので、おそらくは自撮りのように「盛り」たくて斜めにしちゃったのかもしれませんが……。飲み物を斜めにしたら盛るどころか、こぼれてしまいますよね。
――上手いこと言いましたね。
はい(笑)。やっぱり、現実的にあり得ないような写真は、おいしそうに見えないんです。試しに加工で水平にしてみました。ボケ味のかかったマリーナベイ・サンズが写真に映えるので、この構図がよかったのではないか、と。
――綺麗な写真です。
いいロケーションなのだから、無理に迫力を出そうとしなくもいいと思います。
――次の写真は縦位置なのですが、まずそうです。
これはお皿を横にしないと。
――写真を、ではなく、お皿を?
そもそも、ステーキを縦に置いて食べないでしょう。
――なるほど、だから違和感があるんですね。
おそらくはステーキの断面を撮影したかったのでしょうね。だとすれば、赤みを強くして照りを強調、あとはお皿を綺麗にしてトリミングしてあげれば、おいしそうになるはずですよ。
――これは「おいしそう」と言えるのではないでしょうか。
そうですね。ライティングについて「料理を回せ」と言いましたが、構図についても同様です。その上で、どうしても難しいなら寄りで撮る、というのもアリです。
意外と忘れがちな「見る側の気持ち」を考える
――その他に気をつけるべきことはあるでしょうか?
写真のクオリティーを決めるのは、ほんの一手間だけ、ということもあります。例えば、先ほどのNAVERまとめから、この写真について考えてみましょう。
――これを……再生できる?
モツ鍋よりひどいので、無理です。すべては救えません。
でも、これは麺を箸で持ち上げてあげたり、レンゲでスープのとろみを表現したり、一工夫することでおいしそうになったはずなので、教訓にはなりますね。今からこちらの写真で説明してみます。
いかにも「冷蔵庫から持ってきました」的な写真で、ベチョっとしていますね。
――シャキシャキ感がありませんね。
高さを作るように盛ってみると、この通り! 店で出てくる料理というのは運び方次第で、必ずしもおいしそうに見えるわけではありません。だから、麺類であれば麺を箸で持ち上げて盛りつけ直すなど、そのちょっとした一手間が必要になります。料理の撮影現場にはピンセットと霧吹きは必携です。
※ここまでの3枚はデジタル一眼レフカメラで撮影
――そんな本気のカメラマンであれば、次のシチュエーションでもいい写真を撮ることができますか? お店が暗そうだし、そもそも被写体も難易度が高そうです。
もちろんできます。しかし、そもそも、お皿が汚いです。お皿をちゃんと拭いてあげるだけでも、これくらい印象が変わります。
これはあくまで加工ですが、写真を撮るなら盛りつけ直しましょう。あとはお皿の周囲を片付けること。
また、見る人にとっては誰かの手や、奥のお皿などはノイズでしかありません。したがって、それらをトリミングするだけで印象は随分と変わるはずです。
――あ、かなりよくなりましたね。
「マシになった」くらいのレベルではありますが、印象の違いを参考にしてもらえれば。
――ラスボス感のある“メシマズ”写真でしたが、やっつけてしまいましたね(笑)。でも、実は最後にもう1枚あるんです。
どんな写真ですか?
――一見そんなにひどくないのですが、なにかがおかしい。そんな違和感を見る者に与える、真のラスボスのような写真です。どうぞ。
※店名の焼き印にモザイクをかけました
お寿司がすべてこちらを向いていて怖いですね。
――この写真はどうすればよくなったのでしょうか。
多少でも斜めに置けば、印象は変わったかもしれません。また、真上の構図を選んでしまったことにより、シャリが見えず、一見して何の料理かわからない、という理由もありそうです。
――真上の構図にも弱点はあるのですね。
やっぱりお寿司なら、シャリを見たいじゃないですか。だから違和感があるのだと思いますよ。
――“お寿司なら、シャリを見たい”というのはとても説得力がありますね。コンテンツ制作でよく言われる「ユーザーのことを考える」ことと同じだと思いました。
写真もコンテンツなので、言われてみれば同じですね。もちろん、撮りたいように撮るのが一番だし、飛び抜ければ一種のアートになるのかもしれません。
でも、もし「おいしそう」という気持ちを共有したくてその料理を写真に収めたのであれば、見る側の気持ちを考えるのは当たり前ですよね。しかし、写真になるとそれが途端にできなくなって、独りよがりになりがちです。このことを忘れないでほしいですね。
最後のコツは「テンション」 フィルタ機能の進化と影響
――料理の撮影は難しいけれど、スマホの性能が低いわけではないので、それぞれのポイントを押さえればいい写真が撮れる、ということですね。
はい。ただ、例えば誰かと食事をしているときに、これらを全部しっかりやろうとして「(食べるのを)ちょっと待って」と繰り返すと、相手に失礼ですよね。だから、これらのポイントをいずれスムーズに判断できるように、少しずつ練習していくのがいいでしょう。また、そもそも料理写真を撮るときは、お店の方に一声かけるのもマナーです。
――ありがとうございます。最後に、スマホの料理写真が上手くなるコツが他にあれば、教えてください!
今回は「色」については個別の事例の解説に留めました。温度と彩度、明るさを調整すれば、それなりに美味しそうな写真になります。各メシマズ写真のレタッチ(加工)を参考にするといいかもしれません。料理によって映える色は違うので、写真を撮りながら自分なりの正解を見つけてほしいですね。
また、最近はスマホのカメラアプリも進化しています。これまでは撮り終えた写真の色をフィルタで変えていたと思いますが、今はあらかじめフィルタがかかった状態で撮れるアプリもあります。フィルタとは、僕が施したような色の加工を自動でしてくれる機能です。つまり、最初から料理に映える色で撮影をすることができるわけです。そうすると撮る側のテンションが変わってきます。
――テンションが上がると、写真のクオリティも上がる、と。
はい。例えば、のっぺりとしたデフォルトカメラと、フィルタがかかった状態を比較してみましょう。
フィルタなしの写真
フィルタAを入れた状態
フィルタBを入れた状態
ほら、雰囲気が変わりますよね。後からフィルタ処理をしてもいいのですが、おすすめなのが、フィルタがかかった状態で撮影することです。だって、のっぺりした状態で撮影するよりも、なんだか写真が上手くなったような気がしませんか? アプリによってはフィルタの種類も多く、スイーツや和食など、食事ごとに適した色合いを楽しむことができるんです。
不思議なもので、どんなテンションで撮ったかは、写真に反映されるんですね。色映えする状態でカメラを向けることで、ライティングや構図が自然と上手くなってきます。そうするとテンションが上がるじゃないですか。相乗効果でどんどん写真がよくなる。構図や設定ももちろん重要ですが、まずはその感覚をぜひ、味わってみてほしいです。
(朽木誠一郎/ノオト)