文/岡本亮輔(北海道大学准教授)
世界遺産「ブランド化」の弊害
トルコのイスタンブールで開かれていた世界遺産委員会が閉幕した。
クーデター未遂事件の中、21件が新たに世界遺産に登録された。台東区上野の国立西洋美術館を含む「ル・コルビュジエの建築作品」が登録され、さっそく開館前から行列ができている。
一方、あまり話題となっていないのが「紀伊山地の霊場と参詣道」の追加登録の見送りだ。高野山や熊野を中心とするこの物件は、2004年7月に世界文化遺産に登録されている。
今回、熊野三山の別宮・闘鶏神社(田辺市)、高野山参詣道の女人道(高野町)などの追加登録を目指していた。熊野古道などを中心に、もともと、総延長307.6kmの参詣道が登録されていたが、さらに40km以上が追加される見込みであった。
おそらく10月の委員会で追加登録されるだろう。紀伊に残る貴重な文化財や伝統が再認識される機会として重要だ。しかし、今回の追加登録延期は、過剰な観光客誘致戦略によって伝統文化が変質する危険性を考える機会にもなるはずだ。
2004年の登録からおよそ1年後、話題になったのは大門坂の苔の消失であった。大門坂は那智山へと続く石畳の美しい道だ。
しかし、急増した観光客が次々と歩き、特に登山靴を履いていた人がいたため、苔が削り取られてしまったのだ。
苔は保護の対象にはなっていないが、大門坂の雰囲気には欠かせない要素だった。物を保護するはずの世界遺産登録によって、長い時間をかけて作られてきた苔が消えてしまったのは皮肉な話だ。
世界遺産が、観光客誘致のためのブランド程度にしか考えられていない典型例である。
実は、こうした状況が加速している――。
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