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「30分だけ在宅勤務」
サントリー流仕事術が浸透

「30分だけ在宅勤務」<br />サントリー流仕事術が浸透

 サントリーホールディングスは2008年に在宅勤務制度を設けたが、当初の利用者は年間わずか数十人。それが現在では年間2500人が利用するまでに普及している。「1日の就業時間のうち数十分だけ在宅勤務」といった働き方もできるようにするなど、制度利用を促す工夫を重ねてきた。

 「育児休暇明けから始めた在宅勤務は、仕事と家事の切り替えが容易にできる。仕事と家庭の両方に対して不安を抱えずに済むようになった」。こう語るのはサントリーホールディングス デジタルコミュニケーション開発部の高木京子氏だ。

 高木氏が所属するデジタルコミュニケーション開発部は、ネットを使った情報発信を担っている。顧客向けのメールマガジンや会員サイトを運営するほか、企業ホームページと公式SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトで、国内向けと海外向けに分けて情報を発信している。

 高木氏はこれらの仕事を兼務している。メールマガジンやホームページなどそれぞれで、グループ会社の担当者とコンテンツの内容を検討したり、協力会社の担当者と連携してコンテンツを制作したりしている。

在宅勤務で就業時間不足を補う

サントリーホールディングスで海外向けSNSを運営する高木京子氏は在宅勤務を活用

 育児休暇を終えた昨年(2014年)4月。高木氏は復職後から在宅勤務制度を利用するようになった。ただし朝から夕方までのフルタイムを、自宅での勤務に割り当てているわけではない。

 自宅よりもネット環境が整ったオフィスのほうが、仕事は進めやすい。また、グループ会社やコンテンツ制作会社の担当者との会議も多いので、高木氏の勤務の場は基本的にオフィスだ。

 ところが保育園へ子供2人を迎えに行くためには、終業時間前にオフィスを離れる必要がある。そこで高木氏は、仕事を早めに切り上げて保育園へ向かう一方、その日の就業時間に足りない分を在宅勤務で補っている。つまり在宅勤務制度を"スポット"で利用しているわけだ。

 自宅では、帰宅して夕食などの家事が一段落した後や、翌朝の出社前に時間を勤務に充てる。家事をこなす必要もあり、在宅勤務に充てられる時間は長くて1時間半程度と限られている。

 その時間を高木氏は効率よく使う。例えば、メールの集中処理。会社での執務中は離席していることも多く、メールへの回答が滞ることもある。家でまとまった時間を確保し、効率よくさばいていく。

同社の海外向けFacebookページ

 また、コンテンツ原稿のたたき台や新しい企画書の作成といった、対人コミュニケーションが必要ない仕事も在宅勤務で進める。たたき台や企画書を作ってから出社することで、オフィスでの打ち合わせをスムーズに始められるようになったという。

自身の業務スキルや決断力がアップ

 帰宅してから「仕事であのメールを送り忘れていた」「あの仕事をやらなくてはいけなかった」と思い出して不安になる。読者の皆さんにもこんな経験はないだろうか。

 そういった不安を高木氏はスポット在宅勤務で解消している。「やり残した仕事を家で思い出しても、在宅勤務ですぐ対応できる。仕事が手いっぱいのときでも、子供のことや家事が後回しになるのでは、という心配事を抱えずに済むようになった」と高木氏は話す。

高木氏は“スポット在宅勤務”で仕事と家庭を両立

 仕事と家事の切り替えがたやすくなったことに加え、「在宅勤務を始めたことで、仕事に費やせる時間が限られていることを改めて痛感した」という高木氏。仕事術のレベルもアップした。

 複数の仕事を同時並行で進める日々だが、子供の体調不良などで保育園から急な呼び出しを受けることもある。それに対応できるようスケジュール管理を徹底。処理すべきタスクが複数あるときに、優先順位を付けて効率よく仕事を進められるようになったという。

 在宅勤務を生かして、自身の仕事をより効率的に進める工夫も凝らすようになった。

 大きな工夫の1つが「隙間時間」の活用だ。SNSのコンテンツの原稿を作成途中で、会社の仕事を早目に切り上げる場合、帰る電車のなかで、残りの内容についてアイデアを検討。まとまるとその場でスマートフォンにメモを残し、自身のアドレスへメール送信する。帰宅後、家事が済んでからパソコンに向かったときに、まずそのメールを確かめることで、原稿作成をスムーズに再開できるようになったという。

 また忙しくてメールにすぐに返信できないときでも、内容の確認を後回しにするのをやめた。ざっと確認した内容を踏まえて、回答の方向性を固めるように心掛けた。「その場で判断していくようになったことで、決断のタイミングが早くなってきた」と、高木氏は在宅勤務で思わぬ効果があったことを話す。

 さらに同じ会社に勤める夫と協力することで、子供の体調が思わしくないときは、家で看病する時間を確保できるようになった。また、帰りが遅くなりがちな夫も週に数度は夕食の時間前に帰宅。「父親含めて全員で食卓を囲む家族の時間も取れるようになった」と、スポット在宅勤務が家族の団らんにプラスになっているメリットを高木氏は話す。

普及の陰に制度見直しなど4施策

 スポットで在宅勤務を活用することで、仕事と家庭の両立を図る高木氏。在宅勤務の利用のきっかけは、育児や出産を経験した先輩社員だった。「ここ5年で制度を利用する先輩が増えてきている。在宅勤務制度の活用を勧める会社の動きもあって、自分もやってみたいと思った」と振り返る。

 実はサントリーホールディングスでは、2008年に在宅勤務制度を設けたが、当初の利用者は年間で数十人どまり。それが今では年間2500人が利用するまでに普及している。

 その変化のきっかけになったのが、2010年から本格化させた一連の取り組みだ。それまでも、オフィスの照明を夜10時に消灯して深夜残業を減らしたり、社外から社内サーバー上の仮想パソコンを利用できるテレワーク環境を整備したりしてきた。

 それをさらに進めることで、「それまであった時間や場所の制約をなくし、働き方の革新を目指した」と、サントリーホールディングス グローバル人事部の森原征司課長は話す。

2010年の勤務制度の大幅見直しが、在宅勤務を含む「S流仕事術」の浸透につながった

 海外での事業を拡充し、グローバル化を進めるサントリーは、年齢や性別、働く国やハンディキャップの有無の違いを超えて、多様な人材が同じ会社で一緒に仕事ができる、ダイバーシティ経営を目指している。個人のニーズに沿って柔軟な働き方を選択できる体制作りは、その一環でもある。

 在宅勤務制度を導入したものの、実際に制度を活用する社員が少なく、有名無実化している企業は多い。サントリーで、数千人もの社員が在宅勤務制度を使ってワークスタイルを変革しているのはなぜか。そこには4つの施策が奏功したことが見えてきた。いずれもワークスタイル変革の勘所として参考にできる。

 1つは、在宅勤務制度を見直したことだ。この見直しは、労働関連の法令から逸脱しないように行政機関と連携したり、労働組合と合意形成を図ったりしながら進めた。

 それまで在宅勤務は週1日が上限だった。これを見直し、1週間の営業日のうち半分以上出社すればよいことにした。1日単位ではなく10分単位で在宅勤務ができるように制度を変更。高木氏のように帰宅後、家事の後に30分、会社のメールを処理するといった、時間を"スライス"しての勤務も可能になった。

 合わせて、出退社時間を柔軟に変更するフレックスタイム制度も見直した。必ず出社しなければならない「コアタイム」を設けていたがこれを撤廃。その一方、勤務可能な時間帯である「フレキシブルタイム」を朝5時から夜10時までに設定。海外拠点とコミュニケーションを取る社員が増えている実情に合わせた。

前週に勤務計画を提出し、翌週は日次報告

 第2のポイントは、ワークスタイル変革に必要なITの整備だ。テレワーク環境に加えてITのさらなる拡充を図った。

 具体的には、勤務計画の作成や確定、勤務状況の日次報告ができるような「新外形管理システム」を開発した。社員が在宅勤務をする場合、このシステムを使って、前の週に勤務計画を上司に提出し、承認を得ておく。在宅勤務を行ったら、勤務状況をこのシステムで日次報告する。

 さらに自宅のパソコンから社内ネットワークにアクセスする際のセキュリティを確保したうえで、接続時間が見える仕組みも作り込んだ。これと自己申告した勤務状況との不一致がないかを確認し、サービス残業の防止に活用している。

 例えば、申告では午後8時までしか働いていないことになっているのに、それ以降もネットに接続した履歴があれば、サービス残業が生じていることになる。このほか、ウェブ会議システムやスマートフォンなど、機動的に仕事ができるITも併せて整えた。

新しい「S流仕事術」を社内啓蒙

S流仕事術の具体的なイメージを社員に持ってもらうため活用事例を人事部門が社員に提示

 第3のポイントは、仕事の仕方のイメージを社員に具体的に示したこと。人事制度改革によってスポット在宅勤務のような新しい仕事の仕方が可能になったものの、当初は社員がそれをどう活用すればよいか、よく分からない状況だった。そこで2010年4月からワークスタイル変革の普及活動を本格化させた。

 人事部門は、ITを最大限に活用して働く場所と時間の制約をなくし、決められた時間で最大限の成果を出す仕事の仕方を「S流仕事術」と定義。森原課長らは、S流仕事術のイメージをタイムテーブルで示した説明資料を作成。在宅勤務を利用した働き方と、在宅勤務とフレックスタイムを組み合わせた働き方の様々なパターンを具体的に示した。

 在宅勤務を利用した働き方の1例が「会社よりも近い訪問先に午後出かける」というケース。午前中は自宅で仕事をして午後訪問すれば、移動時間も短くなって効率が高まるメリットと併せて紹介している。

 また「午前中を在宅勤務にして午後は年次有給休暇を取得することで、通勤時間をなくす分、自由に使える時間が増える」「年次有給休暇を半日取得して人間ドックを受診できる」など、休暇との組み合わせパターンも示した。

 さらに在宅勤務にフレックスタイムを組み合わせることでできる働き方をまとめた資料では「朝の家事の後、在宅勤務をしてからラッシュアワーを避けて出社する」「いったん会社での仕事をやめて、帰宅後に再開する」といった働き方ができるとアピール。前出の高木氏が実際に行っている働き方は、人事部門の担当者が先回りして提示していたわけだ。

 そのうえで2010年4月、20部署でワークスタイル変革の試行を開始した。当初は、大きく働き方を変えることになるので、翌週の働き方の打ち合わせなどで管理職の負担が増えることが予想された。

 ところが実際には「社員が上司と部署内ミーティングなどを通してコミュニケーションを取って仕事を進めるスタイルが現場に定着していた。在宅勤務をする前週に上司と打ち合わせをすることもその枠組みを使ってスムーズにできていた」と森原課長は話す。

 さらに新しい人事制度を生かして新しい働き方を実践する社員の事例も、イントラネットで公開。効率が上がり家庭生活も充実するといったメリットを、事例を基に訴求しながら、2010年8月から全社展開に踏み切った。ウェブ会議システムを使い、東京・台場の本社から、20拠点に向けた全社説明会を実施。対面での説明も行い、新しいワークスタイルを訴求した。

 ただし単に訴求しただけで、ことが進むとは限らない。そこで現場のマネジメント層を旗振り役にする策を講じた。具体的には、2010年9月を「S流仕事術トライ月間」に設定。およそ1000人の管理職に、この1カ月のうちで1度は、在宅勤務を経験してもらうことにした。

 管理職は、タイムマネジメント研修も受けて在宅勤務にトライ。その結果、「時間に対する意識が高まり、メリハリを持って働ける」「通勤時間をずらすことでラッシュの負担が避けられた」と好評を得た。管理職が実践したことで、若手の社員も気軽に活用しやすい雰囲気が生まれた。

 社宅から歩いて10分ほど離れたところに研修所がある地域では、研修所のなかにサテライトオフィスを新設。社宅から最寄りの研修所に"出勤"して、持ち込んだノートパソコンでメールを処理したり、企画書を作ったりすることに集中。昼休みにいったん自宅に戻り、家族と昼食をとることもできるようになった。

 「社員が在宅勤務を身近なものだと感じてもらうには、どうしたらよいかを考えて様々な施策を講じていった」と振り返る森原課長。これまで紹介してきた施策を次々繰り出していくことで、S流仕事術は定着していったわけだ。

グローバルなコミュニケーション基盤も整備

 サントリーホールディングスが進めるワークスタイル変革は、時間スライス可能な在宅勤務制度によるものだけにとどまらない。国内にとどまらずグローバルなビジネスでもワークスタイル変革を起こせるように新たな仕組み作りを進めている。

グローバル化が進む2015年4月から海外含めたコミュニケーション基盤を整備

 具体的には、海外グループ会社を含めたグローバルコミュニケーション基盤を整備。マイクロソフトが提供する、メールやオフィスソフトが利用できるクラウドサービス「Office 365」と、ウェブ会議やインスタントメッセージングなどが可能なクラウドサービス「Lync」(現在の名称は「Skype for Business」)を採用。それらを組み合わせた基盤の運用をこの4月から始めた。

 基盤を利用するのは、日本、欧州、アジアで働く2万2000人のグループ会社の社員。まずはオランジーナなど海外ブランドを扱うサントリー食品インターナショナルからだ。

 このコミュニケーション基盤の統合を進めるのが、サントリービジネスエキスパート。サントリーグループの事業会社に共通する業務を担うグループ会社で、技術開発やSCM(サプライチェーンマネジメント)、経理、給与計算などに加えてITも担当している。

 グローバル化を進めるなかで、海外グループ会社への出張頻度も増える。サントリービジネスエキスパートが海外での社員の働き方を分析すると、「メールの確認や資料作りをもっとスムーズかつセキュアに行う必要があることも分かった」と、同社グループ情報システム部の椎野浩幸部長は説明する。そこでグローバルなコミュニケーション基盤の整備に乗り出した。

 海外とのコミュニケーションは出張時だけではない。グローバル化が進むほど、日常の意思決定に国を越えたメンバーの知恵を集める必要性が高まる。そこで海外グループ会社との連携が必須の職場で、先行してLyncを導入。研究開発や生産管理部門などが参加する商品開発ミーティングなどで生かす。
(日経情報ストラテジー 西村崇)[日経情報ストラテジー2015年6月号の記事を再構成、日経電子版2015年8月24日付]

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