ニュース画像

WEB
特集
重力波観測の陰に日本人の貢献が

今から100年前、アインシュタインが「一般相対性理論」の中で存在を予言しながら、誰も観測できなかった物理現象「重力波」。ことしに入り、アメリカの研究チーム「LIGO」が相次いで観測に成功したと発表し、世界に衝撃が走っています。実はこの研究チームがまだ生まれたばかりのころ、一人の日本人研究者が大きな役割を果たしたことはあまり知られていません。重力波観測の「カギ」を握ると言われるその功績とは、どのようなものだったのでしょうか。

研究者が見つめるのはノイズ?

ことし3月、その研究者の姿は岐阜県飛騨市の山の中にありました。地下200メートルの鉱山跡を利用して作られた、日本の重力波観測装置「KAGRA」。

ニュース画像

試験運転が始まったばかりのこの施設で、少年のように目を輝かせてモニターを見つめていたのが、東京大学宇宙線研究所の川村静児教授(57)、アメリカの研究チームで大きな貢献をしたその人です。

ニュース画像

川村さんが見ていたモニターには、装置から出る不要な信号「ノイズ」が大量に写っていました。実はこのノイズが、重力波観測の大きなカギを握っています。

重力波はどんなもの?

その話をする前に、そもそも重力波とはどんなものか、ご説明しましょう。アインシュタインの「一般相対性理論」では、質量のあるすべての物体は、空間をゆがめていると考えます。そして、ブラックホールどうしが衝突するといった激しい天体現象が起きたとき、この「空間のゆがみ」が波となって周囲に伝わるというのです。これが「重力波」です。重力波が伝わってくると、空間が伸び縮みします。しかし、例えば地球が重力波を受けた時に直径がどれぐらい伸び縮みするかというと、原子1つ分にも満たないという気が遠くなるほどかすかなものです。

ニュース画像

重力波を観測するには?

こんな僅かな伸び縮みをどうやって観測するのか。それにはレーザー光線を使います。KAGRAには、長さ3キロもある2本のパイプがL字型に組み合わされていて、その中でレーザーの光を発射します。パイプの両端には鏡が設置されていて、発射されたレーザーが反射して戻ってきます。通常は光が戻ってくるタイミングはぴったり一致していますが、重力波がやってくるとパイプの長さがごく僅かに伸び縮みし、往復する時間に「ずれ」が生じます。この「ずれ」を測定できれば、重力波が来たと分かるのです。

ニュース画像

究極のノイズとの戦い

この「ずれ」を検出するうえで大敵となるのが、さまざまな「ノイズ」です。それも並大抵のレベルではありません。例えば、1000キロも離れた海岸で打ち付ける波が起こす、かすかな振動。月の引力で地面が引っ張られて起きる、僅かな「ゆがみ」。こうしたものでも観測の支障となってしまうのです。

ニュース画像

重力波に魅了された川村さん

川村さんに話を戻しましょう。川村さんが重力波に出会ったのは、大学院時代のことでした。「『宇宙がどうやって始まったかを知りたい』というのがいちばんの動機。重力波の検出は、日本でまだ誰もやっていなかったので、自分がやってやろうと思いました」。

ニュース画像

子どものころから宇宙に強い好奇心を抱いていた川村さんは、すぐに研究にのめり込んだといいます。

いまも残る川村さんの功績

そして、大学院を出た川村さんが「研究の最前線に挑戦したい」と向かったのが、アメリカの研究チーム「LIGO」。およそ30年前のことです。

ニュース画像

世界で初めて重力波を捉えた「LIGO」ですが、当時の観測装置は、まだ試作段階でした。ここで川村さんは、システムの設計など重要な役割を担いました。「OSEM(オーセム)」と呼ばれる、手のひらに乗るほどの小さな装置は、川村さんが開発したものの1つです。OSEMは、観測の妨げとなる僅かな振動を、内蔵されたセンサーがとらえ、それを打ち消す力を発生させます。
現在、「LIGO」で観測装置の開発チームを率いる主任研究員のジャニーン・ロミーさんは、当時の川村さんのことを次のように話していました。
「プロジェクトに入って22年ですが、私が最初に指導を受けたのが川村先生でした。先生は、観測の精度を上げようと装置の開発に余念がありませんでした」。
このOSEM、川村さんの開発したものがさらに改良され、今ではLIGO全体でおよそ400個も設置されています。

ニュース画像

原因不明のノイズ源を探れ

川村さんの功績を示す、もうひとつのエピソードがあります。川村さんが参加した当初、プロジェクトでは、原因不明のノイズが邪魔をして、思うように観測の精度が上がらないという壁に直面していました。川村さんは、あらゆるノイズの可能性を、ひとつひとつ突き詰めていきましたが、どうしても、あるノイズだけは取り除くことができません。「ノイズの正体は何か」。寝ても覚めても頭を離れない日々が何か月も続いたといいます。

ついに発見!

さぞかし苦しい日々だったのではと思いがちですが、川村さんはむしろ試行錯誤を楽しんでいたといいます。そして、ついに原因を見つけ出します。それは、観測装置のパイプの端に設置された、レーザーを反射させる鏡にありました。鏡はワイヤーでつるしたうえで、何重にも防振対策を施していたので、「ノイズは生じないはず」と考えられていました。ところが、ここに落とし穴がありました。防振対策に使った装置自体が、かすかに揺れていたのです。この結果、鏡が、髪の毛1本よりもはるかに小さい振動を起こし、ノイズとなっていました。

ニュース画像

川村さんがノイズの対策を進めたところ、装置の感度はおよそ1000倍も向上。その後も改良が重ねられ、今回の重力波観測にたどり着いたのです。「川村さんは、私たちが思いもつかないような意見を出してくれました。いまの観測方法にたどり着けたのは川村さんのおかげです」。現在のLIGOで責任者を務める、デビッド・ライツィー教授もその功績をたたえていました。

ニュース画像

夢の続きは日本で

アメリカで、およそ10年にわたり、研究にあたった川村さん。日本に戻ったあとも第一線で研究を続け、いまは、KAGRAの中心メンバーとして2年後の本格稼働を目指しています。川村さんの今の夢は、重力波を通じて、いつの日か宇宙誕生の謎を解明すること。重力波は、宇宙が誕生した瞬間にも大量に発生したと考えられているからです。「重力波というのは究めていけば宇宙の始まりが見えます。先は長いですが、長生きをして、死ぬまでには見たいなと思っています」。少年時代の夢は、今も川村さんの原動力です。

ニュース画像

地道な努力を支えるものは

LIGOによる初観測で一気に加速した、重力波による宇宙探索。将来的には、観測装置自体を宇宙に打ち上げようという計画まで持ち上がっています。こうした研究は、川村さんのように、地道に一歩ずつ努力を続ける、数多くの研究者によって支えられています。なかなか注目される機会はありませんが、「人類の知の地平線」を広げようと、まっすぐ前を向いた川村さんのまなざしに、努力することの意味を教えられた気がしました。

田辺幹夫
科学文化部
田辺 幹夫