がんの体験談 「生きる」ストーリー 鳥越俊太郎さん.
鳥越俊太郎さん
1940年福岡県生まれ。新聞記者、週刊誌編集長をへて、報道番組のキャスターをつとめる"ニュースの職人"鳥越さん。
イラン・イラク戦争をはじめ、さまざまな不条理に対して体を張った取材をつづけてきました。
65才のときに直腸がん、その後、肺、肝臓に転移したがんの手術を受けながら、今も現役最前線で活躍しています。
「告知」ではなく、「目撃」でした。.
ご病気の経過を教えてください。.
2005年の夏頃に下血があり、約1ヶ月後に内視鏡検査を受けました。
モニターで自分の直腸を見ていると、馬蹄形をした肉が盛り上がって、真ん中がクレーター状で黒くなっている。
「先生、これは良性じゃないですよね?」
「良性じゃないですね。」
「ということは先生、これはがんということですか?」
「がんですね。」
あらたまった「告知」は受けてないんです。がんの「目撃」ですね。
その3日後には自分のテレビ番組に電話出演して闘病宣言し、腹腔鏡手術を受け、約1ヶ月後には番組に復帰しました。イラクにいっしょに行ったことのある若いディレクターに手術の様子をカメラで撮ってもらい、番組で放映もしました。
そのバイタリティはどこから来るのですか?.
手術はめったにできない体験です。
耐えられない苦痛ではなかったから、ひとつひとつが、自分にとっては好奇心の対象でした。手術前日は海外旅行に行くようにワクワクしていました。
ぼくらの仕事はどんな経験をしようと、それが全部表現できる。自分は表現者であり、伝える立場にいる。これだけがんになる人が増えている時代に、がんになるというのはどういうことかを伝えたいという気持ちがあります。
つらかったことは?.
夜中、胃の分泌液を吸い出すために入れていた胃管が、乾燥したのどの粘膜にふれて痛かったんです。そんなとき、唾液を出そうと思って何か口にくわえるものをさがしました。すると枕元に、長女からプレゼントされた腕時計があった。その革バンドをくわえてみたら期待通り唾液が出て、とても楽になりました。一晩中、ぼくが腕時計を口にたらしているから、見た看護師さんはびっくりしたんですよ。
うれしかったことは?.
娘を2人持っていたことです。麻酔からさめたときに、右手を上の娘、左手を下の娘が握って、足もとには女房がいてくれました。「ああ、娘でよかった。息子だったら、手なんて握ってくれないだろう。」と思いましたよ。(笑)
その後の経過はいかがですか?.
じつは左右の肺にも小さい影があったのですが、昔の肋膜の既往症だと診断されていました。ところが直腸の手術後、3ヶ月に1回、CT検査をしたらだんだん大きくなっている。
そこで2007年の1月に、左肺の胸腔鏡手術を受けました。組織を調べたら、肺が原発ではなく、直腸がんの転移でした。抗がん剤も、ひきつづき飲んでいます。
テレビのスタッフには「1週間休みをとります」と言って手術し、その通り復帰しました。
だからみんなはぼくが冬休みをとっただけだと思ったようです。
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