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カミブクロのミアータ

マンガ・書籍・同人ゲーム感想と考察。珍言。日記。

悲しい。それでいいのか。

珍言

 絶交した元友人がフリーゲームを製作している。

だが開発が遅れてまだ全然形になっていない。

悲しい。

 話をしたいが、自分はかつて元友人にさんざ迷惑をかけたあげく、絶交の形になってしまったので、この状態で話をしても絶対にさらに迷惑をかけてしまうし会話にはならないと思う。

 自分ではこの状況をいかんともしがたい。

悲しい。

 

 もう1人の元友人が最近ガルパンで有名な大洗に行っている。

 このブログである時期ガルパンガルパンうるさかったのに、ある日から突然しなくなったのは以下の通り。

「俺はガルパン好きだと行っているが、映画館には1回しか行ってないし、遠い遠い大洗に仕事の合間に行く事は不可能。対して彼は大洗を満喫している……。どちらがガルパン好きといえるのか。」

 結局、彼に嫉妬してガルパンファンをやめてしまった。

 かつて自分にすごく良くしてくれた友人に嫉妬してしまう自分の狭量さが悲しい。それでいいのか。

 

 それでいいのか。

あなたはゲーム製作をやりたいからフリーターをしているのか。

フリーターをやりたいからゲーム製作をしているのか。

 

 しかし、そういうことを書いても、彼を不快にさせるだけで何も変わらない。むしろ、見方によっては彼は自分のやりたいことだけをやり、友人たちに囲まれている。彼が勝者だ!

 自分は、興味のない仕事をし、創作活動への意欲はとっくに萎えきってしまった。友人はいない。自分の方が敗者で、自分が間違った道を歩んでいるのかもしれない。

だが、そのことは悲しくない。この道は自分で選んだ道だからだ。

 

 悲しいのは、もしも彼らが今後の人生で自分の目指している夢を叶えられなかったらどうしようということだ。友人たちとの遊びや、「取材」「勉強」を口実にした現実逃避にまみれ、彼らが夢を叶えられなかったらどうしようと思っている。

 そのことを想像するとすごく悲しい。

 それでいいのかと思う。

 

 でもそれは彼らの人生の選択だからどうしようもない。

 自分だって10年後今の会社が残っているかわからない。そうすれば自分の方がひどい境遇になる。

 俺は自分の人生の方に100パーセントの力で取り組まなければならない。

 彼らの未来に幸運がありますように。

 

今日の1曲

 


ELVIS COSTELLO Alison 1977

文章とは関係ありません。