時代の流れはあっという間だ。
布団から見上げた景色も裸電球からLEDへと変化しとる。
煌々と照らすLEDの光が、次第にかすんで見えてきた。
ようやくだ。
おばあさんが亡くなって10数年、わしはこの時をずっと待ち望んでいた。
柔らかな光に包まれ、記憶が走馬灯のように思い出される。
年金でモンストに課金したりしてしまったが、良き人生じゃった…。
わしはそっと目を閉じた。
やっとおばあさんの元へいけると思ったのに。
ドンドンッ。
強制的に現実へ引き戻される。
ドンドンッ。
「…様、目を覚ましてください!…様!」
またデイサービスのやつらじゃ。生存確認の見回りにでもきたのだろう。
わしは死んどる!おこさんでくれ!
それにしても今日は一段と激しい起こしかたじゃな。
老人は優しく揺すらんとすぐに骨が折れてしまうというのに。
ドンドンッ。
「イタイ!イタイ!首が折れちゃ…」
一瞬で目が覚めた。
パッチリ開いた二重のキレイな眼をうるわせながら、少女がわしを抱きかかえている。
風になびかれて時折鼻をくすぐる銀髪が妙に色っぽい。
今日のデイサービスは一段とキレイだな…。
「王子様!よかった。目を覚まされたということは…ついに召喚が成功したのですね。」
「我らが王子様…。」
なんだこの子は。何か薬物でもやってるのか。
それとも暑さでやられてしまったのか。
「わしは王子様ではない。おじい様じゃ。」
少女は一瞬固まったかと思うと、大きな目をさらに開き喜びの声をあげた。
「な、なんと!まさか大賢者の称号までお持ちとは!」
「伝説の大賢者さまを召喚できるなんて…やっぱり奇跡っておこるのですね!」
少女はさらに力強く、わしを胸元へ引き寄せる。
やばい。このままでは胸に押しつぶされて顔面骨折してしまう。
それになんだあの呪文のような言葉は。これは危ないタイプの人間だ。
85年培った直感が危険信号を出している。
それにしてもここはどこだ。寝ている間に老人ホームへ連れてこられてしまったのか。
いずれにせよ、はやく逃げなければ…。
「す、すまんが、ちょいとトイレにいきたいのじゃが。」
「すみません。大賢者様。召喚してすぐで申し訳ないのですが、2万を超す魔物の群れが今にも城の門を壊して襲ってきそうな状況でして、一刻の猶予もありません。」
完全にいかれてしまっている。
魔物ってなんだ。闇金か?
取り立てに2万人もよこすなんてどんだけ怒らしたんだ?
バンッ
「姫様!大変です!魔物の群れが…おお!召喚が成功…え?……老いぼれ?」
ドアが勢いよく開いたかと思うと、赤髪の新たなデイサービスが現れ、コッチを指さしている。
いや、何かがおかしい。
赤髪の少女が着ている胸当てや腰に差している剣鞘など、あきらかにコスプレの域を超している。
それにわずかではあるが、赤髪の少女から血の匂いが運ばれてくる。
まさか…これが異世界召喚ってやつか?
85歳で死ぬ間際になって異世界召喚?
孫ほども年の離れた少女とラブラブキャッキャしろということか。
残念じゃが、あと70年ほど早く召喚されたかった。
わしはもう十分生きた。さっさとおばあさんのもとに行くんだ。
「アラン!口をつつしみなさい!この方は伝説の大賢者の名をもつ偉大なるオジイ様ですよ!」
「あまり無礼なことを言うと私が…!」
そっと口の前に手を差し出したつもりが、あやまって胸を触ってしまった。
冥土にいく前に良い土産が出来た。
おばあさんには内緒にしておこう。
「てめぇ…!大賢者だかなんだか知らねぇが姫様になんてことを!」
赤髪の少女が剣を抜いて、とてつもないスピードで襲い掛かってくる。
「やめなさい!アラン!」
一瞬でわしの元にやってきたアランの剣先が、ピタリと止まる。
「今は私のことをかばっている時ではないのです。一刻も早く魔物を退治して皆を守るのが先決。たとえ私がそのあと大賢者様に弄ばれようと…」
「大賢者様、この状況を打破していただけるのなら、私の身は自由にしていただいてかまいません。もしも足りないのであれば城のもの総勢でお相手いたします。ですからどうかお力を貸していただけませんでしょうか。」
なんというハーレム設定じゃ。これが異世界の破壊力か。
じゃがわしにはもうそんな機能はそなわっておらん。
残念じゃが期待には答えられん。
わしはさっさとやられておばあさまの元へ行きたいんじゃ。
「悪いが姫様とやら、杖を貸してくれんか。」
「おお!召喚が成功して本当によかった。まさか大賢者様の魔法をこの目で見ることができるなんて…アラン!アレをもってきてちょうだい!」
「はっ」
「大賢者様、どうぞこれを。我が一族に伝わる宝杖『デモンズアーク』でございます。大賢者様の魔法に耐えうるかどうかわかりませんが、これが今用意できる最高峰の杖です。」
先端にドクロをつけた毒毒しい杖を手に取り、わしはゆっくり立ち上がった。
黒く立派な彫刻をほどこしてある杖は無駄に重い。
だが一瞬の我慢だ。
魔物とやらの大群のなかに飛び込めば、わしは一瞬で食いちぎられておばあさまの元へ行けるだろう。
痛いのは嫌じゃが、ここは仕方がない。
「アランとやら、その魔物がいる門まで案内してくれんか。」
「…おお。面白い。老いぼれ一人で魔物の大群を払うっていうのか。いいぜ、案内してやる。」
アランに先導され、いくつもの扉を超えるとようやく外に出ることができた。
目の前に広がる光景はまさに戦場。
数百メートル先の門を守るために幾多の兵士が必死でおさえたり、上から弓を降らしたりしている。
「どうした、大賢者さん。門を前に怖気づいたか?」
アランが不敵な笑みをうかべて、わしの顔を覗き込む。
まだ若いな。
わしはもう85歳じゃ。この年まで生きると恐怖心やイラツキといった感情が麻痺してくる。
怖いのではなく、体がいうことを聞かないから震えてるだけじゃ。
わしは渾身の力を振り絞り、さけんだ。
「門を!門をあけぇぇぇい!」
なぜかついてきた姫様を守るようにアランが立ち、私が門に近づくのを興味深く見ている。
ようやくだ。
思い描いた最期とはかけ離れているが、これでようやくおばあさんの元へいける。
一歩一歩門に近づくたびに、門の向こうから聞こえる魔物の声が大きくなってくる。
「何をしているの!早く門を開けなさい!」
後方から姫様の怒号が聞こえて、兵士たちが一斉に門をあける。
門まであと数十メートル。
門が開かれたわずかな隙間からドス黒い化け物が一斉に城の中へなだれこんできた。
チビッた。
なんだ、この生き物は。
これは無理だ。気持ち悪いを通り越して悪寒がする。
大量にあふれ出てくる化け物と尿にとまどいながらも、杖を力強く握りしめふんばった。
おばあさん、力を貸してくれ!最期に耐える勇気を!
「ト…トメ子…」
「トメコォォォォォォ!!!!」
杖からまばゆい閃光が飛び出し、わしの体を包んだ。
と、同時に目の前からあふれ出てくる化け物が私を避けるようにして城の中にはいっていく。
「あ、あれは!」
「どうしたんですか?姫様」
「アラン!今の言葉を聞いたか?」
「老いぼれの雄たけびですか?トメコ?とか…」
「あれは禁術よ。ただの昔話だろうと思っていたんだけど、自分の存在を無にする禁断の魔法があると聞いたことがあるの。それも無独唱でやるとは…」
「え?てことは…」
「はめられたわ。あの大賢者は化け物の味方。門をあけて自分を無敵にして城の中を全滅させる気よ。」
「クソッ!急いで逃げなければ!」
なんじゃ。何がおこった。
門からあふれ出てきた化け物は、城の中にいた兵士を一瞬にして全て食い殺してしまった。
一人残らずだ。
それなのにわしには指一本触れず、化け物の群れはどこかに消えてしまった。
なんてことだ。
死ねないどころか、召喚してくれた人たちが全滅してしまった。
わしは何のために異世界にきたんだ?
しょうがない。
次の死期が訪れるまで、ここでのんびり暮らすか。
こうして85歳で異世界転生されたわしは、誰もいなくなった城の主として生活していくことになった。
後にここが「最後の楽園」と呼ばれることも知らずに…。