【イスタンブール=古川英治】米欧がトルコ軍の一部によるクーデター未遂事件を機に強権を発動する同国のエルドアン大統領の手法に懸念を深めている。トルコ政府は事件捜査の名目で19日までに教員ら公務員の大規模な解任やメディア弾圧にも乗り出しており、ケリー米国務長官らは自制を求めた。エルドアン大統領は大衆を動員して政府支持派デモを展開、反米色も強まってきた。対テロや難民問題でトルコに協力を求める米欧はジレンマに陥っている。
「やつらをつるせ」。18日夜、イスタンブール中心部のタクシム広場はトルコ国旗を掲げる数万人の市民で埋め尽くされた。軍部の反乱に関与したとされる米国に住むエルドアン大統領の政敵、ギュレン師の写真を付けた人形をつるして行進し、クーデター未遂の首謀者の死刑執行を訴えた。
デモ参加者は200人超の犠牲者を出した事件への怒りをあらわにする。「民主主義とエルドアン大統領のために毎日集まろう」。ダウトオール前首相が演説で訴えると人々は大歓声で応えた。子連れの家族の姿も目立ったこの日のデモは深夜まで続いた。
トルコ政府はこれまでに軍部や司法当局者ら7千人を拘束し、警官ら約9千人を解任した。これに加え19日には1万5千人の教員らも解任した。ギュレン師の影響下にあると見られる公務員や、政府に批判的と判断した人物を一気に排除する狙いと見られる。ギュレン師に関係するとされるテレビやラジオ局の免許取り消しも決めた。トルコ政府は19日、同師の送還を正式に米政府に求めた。
「国民が(クーデター首謀者らの)処刑を求めている」。エルドアン大統領は18日、米CNNのインタビューで語った。「死刑制度の復活を議会が決めれば、承認する」。怒りに満ちた“民意”を盾に「反対派」の弾圧を正当化する構えだ。
米欧は難しい対応を迫られている。欧州連合(EU)の外相理事会は18日、トルコ情勢について「民主的な制度を全面的に尊重することが極めて重要だ」とする文書を採択した。クーデターを非難し、トルコ政府への支持を打ち出す半面、事件の捜査で強権的な手法を慎むよう求めた。
EU加盟国の外相と会合を開いたケリー長官は同日の記者会見でトルコ政府に「法の支配」を求めた。EUのモゲリーニ外交安全保障上級代表も「死刑制度を導入すれば、EU加盟国にはなれない」とけん制した。
北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコは、シリアとイラクにまたがる過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦で米軍に基地を提供する要衝。欧州に流入する中東からの難民の経由地でもあり、EUは難民対策でトルコの協力が欠かせない。エルドアン大統領の強権を懸念しながらも、関係を悪化させたくないのが実情だ。
デモでは米欧批判も目立つ。20代の男性はギュレン師の滞在を認める米国を非難し、「トルコは米国の言いなりにはならない」とまくし立てた。妻と大学生の娘を連れた男性は「トルコはもはやEUに加盟する必要はない。自ら十分な民主化をなし遂げたからだ」と語った。「愛国心」をあおるエルドアン大統領が対米欧で一段と強硬な姿勢に傾く可能性もある。