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田中均の「世界を見る眼」

各地で蠢く排他的ナショナリズム、世界は歴史的な岐路に

田中 均 [日本総合研究所国際戦略研究所理事長]
2016年7月20日
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中国に吹き始めた逆風
THAAD韓国配備と南シナ海仲裁裁判判決

 歴史の岐路には変動の引き金となる事件が起きる。1989年に起こった二つの事件がそうだった。6月に起こった天安門事件は中国の民主化の芽を摘み、共産党の一党独裁体制の強化につながり、今日の中国をつくる契機となった。11月のベルリンの壁の崩壊がソ連邦の崩壊と東欧諸国の民主化、そして東西冷戦の終了につながっていったのは周知の通りである。

 それから四半世紀あまりの時が経った今日、再び世界の変動の引き金となるような出来事が起こっている。南シナ海問題での常設仲裁裁判所の審決は、中国の対応次第では、中国と国際社会の関係を本質的に変えていくかもしれない。国民投票による英国のEUからの離脱は欧州の分解に繋がっていくのか。そして米国大統領選挙は従来の選挙とは本質的に異なり、米国の世界における立場を大きく変えることになるのかもしれない。

 中国にはごく最近まで順風が吹いているように思われた。WTO(世界貿易機関)への加盟が経済成長を押し上げ、中国の国力は飛躍的に増大した。中国は、一帯一路という壮大なプロジェクトの下で東南アジア、中央アジア、中東、欧州、アフリカで経済協力を土台に影響力を飛躍的に拡大してきた。ロシアはウクライナ問題による欧州での孤立から逃れるために中国と連携を求め、北朝鮮への影響力を期待する韓国との蜜月時代が続くかと思われた。

 ところが中国に逆風が吹き始めた。経済成長率の低下は共産党統治の正統性を揺さぶる。北朝鮮はミサイルの実験を頻繁に続け、韓国は米国と共に地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の導入を決断した。これは中国が戦略のバランスを変えるとして最も忌み嫌ったものであり、中韓関係は厳しい試練を受けている。

 同時に中国の南シナ海における傍若無人な行動に対して、7月12日にハーグの常設仲裁裁判所は、中国の主張する9段線は中国による南シナ海支配の根拠とはならないという明確な法的判断を下した。

 当初中国は他の国の反応を見るかのように曖昧な形で9段線の議論を行っていた。中国経済が飛躍的に拡大し、国力が増大し、影響力が強化されるとともに、中国は強引で傲慢となってきた。南シナ海で岩礁の埋め立てをはじめ歴史的に中国は南シナ海を支配していたとして、その根拠に9段線を示すようになった。しかし地域の国々で9段線の議論を信じている国はないといっても過言ではなかろう。明らかに中国は自国の力を過信した行動にでた。

 法的判断が下った今、中国はどう対応していくのだろうか。来年に人事を扱う党大会を控え、習近平は南シナ海問題で一切妥協はしないだろうという見方が強い。そればかりか南シナ海の支配を更に進めるために埋め立てを加速させ、上空に防空識別圏を設置するといった強硬策に出る可能性があるとの見方もされている。

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田中 均 [日本総合研究所国際戦略研究所理事長]

1947年生まれ。京都府出身。京都大学法学部卒業。株式会社日本総合研究所国際戦略研究所理事長、公益財団法人日本国際交流センターシニアフェロー、東京大学公共政策大学院客員教授。1969年外務省入省。北米局北米第一課首席事務官、北米局北米第二課長、アジア局北東アジア課長、北米局審議官、経済局長、アジア大洋州局長、外務審議官(政策担当)などを歴任。小泉政権では2002年に首相訪朝を実現させる。外交・安全保障、政治、経済に広く精通し、政策通の論客として知られる。

 


田中均の「世界を見る眼」

西側先進国の衰退や新興国の台頭など、従来とは異なるフェーズに入った世界情勢。とりわけ中国が発言力を増すアジアにおいて、日本は新たな外交・安全保障の枠組み作りを迫られている。自民党政権で、長らく北米やアジア・太平洋地域との外交に携わり、「外務省きっての政策通」として知られた田中 均・日本総研国際戦略研究所理事長が、来るべき国際社会のあり方と日本が進むべき道について提言する。

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