▲交通系非接触ICの世界標準化に向けた動きの成果は......


本連載で5月に紹介した「Apple Payと通勤ラッシュの奇妙な関係、日本のSuicaは要求仕様が厳しすぎる?」という回で、現在世界で進みつつある交通系非接触ICカードの標準化における、東日本旅客鉄道(JR東日本)の最新の取り組みを紹介した。

JR東日本は、日本での非接触ICカードの中でも普及率の高いSuicaを有しているため、求められる要求仕様に関しても発言力は大きい。また本誌読者であればご存じの方も多いと思うが、世界的に見た場合Suicaの要求仕様は非常に高いレベルとなっている。
世界的な標準化という観点からは、Suicaの要求の高さは世界の標準的仕様との乖離を生み出し、日本だけが標準化の蚊帳の外に置かれてしまうのでは、という懸念ともなっていた。今回は、この話題に関する最新情報をお伝えしたい。


▲東日本旅客鉄道(JR東日本) IT・Suica事業本部 部長 山田 肇氏


前回(下記リンク参照)は、なぜ日本国内で高い要求水準が必要とされるのか、日本代表としてJR東日本はこれを標準仕様に盛り込む重要性を訴えるべく、欧米の鉄道系標準化団体の会合へと参加している......という点に関してお伝えした。

Apple Payと通勤ラッシュの奇妙な関係、日本のSuicaは要求仕様が厳しすぎる?:モバイル決済最前線

こうした点などについて、7月14日に東京都内で開催されたNFC Forumの会合で東日本旅客鉄道(JR東日本) のIT・Suica事業本部 部長 山田 肇氏が講演し、この件に関する最新状況について報告した。現在もなお存在する、国内外での仕様ギャップはどの程度縮まったのだろうか?

ついにグローバル携帯でモバイルSuicaが使えるように?


                               ▲国内外での改札機の要求性能の違いの例。速度面などにおいて、モバイルSuicaは非常に厳しい


さて、こうした標準化において最大の懸念は、異なる利害を持つ団体同士が互いの主張を譲らず話し合いが物別れに終わることだ。前回紹介したように、Suicaは反応速度などの面において海外の標準的な交通系ICカードと比較して非常に厳しいことから、構図でいえば「日本の仕様を海外に認めてもらう」という形になる。

さらに、日本国内ではFeliCa(Type-F)を使用したインフラが発達している一方で、海外のほとんどの地域ではType-A/BをベースにしたICカード技術の利用が進んでおり、多少の差異はあれ「Type-A/Bで共通化」を推進しやすい。

山田氏によれば、実際に話し合いの中で「じゃあ日本だけ別でもいいんじゃないの?」という方向性に何度かなりかけたものの、最終的に両者が歩み寄ることで一定の合意を得ることに成功したという。


▲仕様こそ異なるものの、反応距離の部分では歩み寄れる部分があるようだ

交通系非接触ICカードの標準化では、下地となる無線(RF)部分とその上位層(ハードウェア+ソフトウェア)の2つが求められることになるが、今回は主にRF部分での話し合いが行われている。

RF部分でSuicaとそれ以外の標準的なもの(海外のType-A/B)を比較すると、タッチの反応範囲と処理時間の差異があることがわかる。海外の標準的なもの(おそらくロンドンのTfLの"オープンループ"での処理が参考値として用いられていると思われる)では反応速度が500msと遅いだけでなく、反応距離がSuicaの4分の1以下だ。つまり、リーダーにカードを長い時間密着させない限り、処理が進まないということになる。

だが、この反応距離はアンテナサイズに起因するものであり、磁界強度に関する仕様は調整レベルで対応可能だという見解となったようだ。すでに設置が進んでいる改札機などのインフラを短期間で入れ替えることは難しいため、主に海外でSuica側の仕様に合わせることは難しいと思われるが、端末側の仕様を合わせることで共通化というのは可能だろう。

具体的には、日本国内ではSuicaの標準的な利用スタイルになり、海外ではリーダーに端末を近付けてしばらく反応を待つといったスタイルで使い分けるイメージだ。


                               ▲2017年4月以降、GSMA準拠で交通系利用を想定したNFC携帯はNFC-Fに対応が求められるように

次の問題は「反応速度」となる。反応速度は純粋にICチップの性能が反映されるため、Suicaの改札要求性能を満たすにはType-Fが必須となる。つまり、モバイル端末でSuicaの改札をくぐろうとした場合、NFC対応端末でもさらにFeliCaチップの搭載が必須となる。

そこで公共交通に対応するため、携帯キャリアの業界団体であるGSMAは、GSMAの技術仕様(TS)であるTS.26、TS.27において、NFC ForumのNFC-A、NFC-B、NFC-Fを規定した。これにより、2017年4月以降に公共交通で利用されるGSMA対応グローバルモデルのNFC携帯電話は、すべてNFC-Fも実装が求められることになるという。


▲今回の決定が即座にグローバル携帯で日本の電子マネーやモバイルSuicaが利用可能になるという話ではないが、それに近付いた状態

これが意味するのは、このタイミング以降に発売されるグローバルモデルのNFC携帯はGSMAの公共交通対応を謳う限り、FeliCaもサポートされる可能性が高いということだ。言い換えれば、比較的近いタイミングでは日本国内の電子マネー群、そして少し先の視点ではモバイルSuicaが、グローバル携帯であっても利用可能になるということである。


▲今回の決定は通信部分の仕様であり、今後さらにICチップ側の仕様すり合わせなど、越えるべきハードルは多い。入り口を確保したのが今回の決定といえるだろう


ただし注意点としては、現状では、まだRF部分、つまりNFCの通信部分の標準化が進展しだした段階に過ぎないという点。今後のさらなる標準化推進にはセキュアエレメント(SE)側や通信仕様部分も手を付けなければならず、完全な相互乗り入れにはまだ時間がかかるのが実態だ。

ただ、今回の出だしの部分で「NFC-F」が仕様に盛り込まれた意味は大きく、今後携帯端末が買い換えサイクルにより代替わりしていく過程で、順次対応モデルが増えて下地が整う効果が期待される。

気になるのはAppleとiPhoneの対応


さて、今回の山田氏の講演が行われる少し前、携帯関連のジャーナリストとして知られる石川温氏が自身のメルマガで関係者の話として「次のiPhoneがFeliCaに対応する可能性」について言及しており、読者を中心に話題となった。

今年も9月くらいのタイミングで新しいiPhoneがAppleから発表されることになると思われるが、このiPhone+FeliCaの話題は検討するに値するものだと筆者は考える。

理由は前述のように、2017年4月以降のGSMA準拠のNFC対応スマートフォンにおいて、交通系への対応をうたう場合はNFC-Fへの対応が求められるようになったからだ。Appleの場合は世界中に同一モデルを提供するビジネスを展開しているため、おそらくNFC-Fへの対応が求められるようになる。

現在はまだインターフェイスの仕様のみだが、今後の展開を考えるならばFeliCa対応のセキュアエレメント搭載など、より踏み込んだ対応が求められるだろう。そのため、少なくとも2017年に登場するiPhoneはNFC-Fに対応し、場合によってはFeliCa搭載まで踏み込む可能性が高くなることとなる。


現在、AppleはNFC Forumのボードメンバーに参加しており、関係者をNFC Forumのすべての部会に対して張り付け、熱心に情報収集を行っているという。今回のNFC Forum+GSMA+JR東日本を含む鉄道の標準化団体のハーモナイゼーションにおける動向や決定も内々で把握している可能性が高く、先行して2016年モデルのiPhoneでNFC-F、さらにはFeliCa対応という可能性もゼロではなくなってきたと考える。

注意点としては、仮にAppleが今秋発売のiPhoneでNFC-F対応(さらにはFeliCaチップ搭載)を行ってきたとしても、それが即「iPhoneで日本の電子マネーサービスが利用できる」ことにはつながらないことが挙げられる。

手順として、まずiPhoneがFeliCaチップを搭載し、次にNFCのインターフェイス(もしくはセキュアエレメントの領域)をサードパーティに解放し、FeliCa検定にパスしなければいけない。

さらにモバイルSuica対応を求めるなら、JR東日本の要求水準を満たすかどうか検証に時間が必要だろう。つまり、次のiPhoneでのFeliCa搭載の可能性とは、将来への投資の意味合いが強いと考える(言い換えると、iPhone 6/6s世代のユーザーは「ごめんなさい」というわけだが......)。
グローバル携帯でのモバイルSuica利用についに道筋が。将来のiPhoneでも利用可能に?(モバイル決済最前線 鈴木淳也)
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