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指定暴力団の元組員ら2人が起訴された。知人の組幹部が被告となった事件の…
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指定暴力団の元組員ら2人が起訴された。知人の組幹部が被告となった事件の裁判を担当する裁判員に、路上で声をかけるなどしたことが「威迫・請託」にあたると検察は判断した。
声かけの後、参加を辞退する裁判員が相次ぎ、職業裁判官だけで審理をやり直すことになった。ゆゆしい事態である。
現地の福岡県内では暴力団の動きが活発で、最初から裁判員を外しておけばよかったとの声もある。だがそれは違う。
殺人などの重大事件は裁判員裁判でおこなうと法律は定めており、例外とするには厳しい条件が課せられている。除外の申し立てがあっても裁判所が認めず、そのまま無事に判決に至ったケースもいくつもある。
なぜ裁判員の参加にこだわるのか。それは、この制度を採り入れた理由と重なる。
専門家任せにせず、主権者として司法権の行使にかかわり、ふつうの感覚を裁判に反映させる。経験を通じて、犯罪の背景にある社会問題やそれを乗り越える方策を考える。国民と直接結びつくことによって司法の基盤を強固にし、行政や立法をチェックする権能を高める。
そんな意図やねらいが制度には込められている。裁判員が理解できるように、審理の進め方や言葉づかいをわかりやすくする取りくみが進み、裁判が活性化する効果ももたらした。
今回の事件を、市民参加の意義をいま一度確認する機会にしたい。「無理して裁判員裁判をやる必要はない」という方向に流れてしまっては、私たち社会全体が理念を放棄し、無法に屈することになりかねない。
もちろん裁判員の安全・安心に最善を尽くすのが前提だ。制度が始まる前、この試みを軌道に乗せるため、法曹関係者らは協議を重ね、課題を出しあい、対策を考えた。裁判員の保護もそのひとつで、実際に特別な送迎態勢をとった例もある。
導入から7年。おおむね順調な運営が続き、当初の緊張がうすれた感は否めない。今回の声かけも、そうした緩みのなかでおきたものではないか。
再発防止にむけて、最高裁は全国の裁判所に通知を出した。それぞれの現場で適切な対応をとるのはもちろん、市民参加の提唱からいまに至るまで積み重ねられてきた議論を、あらためて共有する必要がある。
どんな制度も困難に直面し、ゆらぐときがある。そんなときこそ、原点に立ち返り、過去の工夫をたどり、新たな知恵を出す。そうすることで、制度は鍛えられ、よりたくましくなる。
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