孫正義氏の戦略 遠大な発想による買収
ソフトバンクグループの孫正義社長が、また大胆な経営判断を下した。英半導体設計大手のアーム・ホールディングスを3兆3000億円強で買収する。日本企業による海外企業の買収で過去最大規模だ。
とはいえ、アームの昨年の最終利益は約450億円にすぎない。一方でソフトバンクは3月末で約12兆円の有利子負債を抱えている。巨額の買収に伴ってさらに借金が膨らみ、短期的には得るものが小さいと株式市場は評価し、ソフトバンク株は10%以上下落した。
それでも孫氏は「将来の成長余力を考えると安く買えた」と説明し、10年先を見た買収だと強調する。
アームは通信用半導体の回路設計の最大手だ。自社では生産しないが、省電力性能にすぐれたアームの技術なしではアップルやサムスン電子もスマートフォンをつくれない。あらゆるモノがインターネットでつながる「インターネット・オブ・シングス(IoT)」の進展で、その企業価値の高さが注目されている。
現在、世界に存在するモノのうち99%はネットに接続されていないが、将来は自動車や家電だけでなく、さまざまなモノが対象になり、生活や産業を根底から変えると言われる。アームはその時、現在の10倍から100倍の利益を生み出すに違いないという青写真が、孫氏の戦略の根底にある。
孫氏は、これまでも直感的な判断と独自の戦略に基づいて投資と買収を繰り返してきた。その度に話題を呼び、企業は大きくなった。
ベンチャー企業にすぎなかった米ヤフーへの投資や、全米証券業協会と組んだ新興株式市場の創設。「メディア王」ルパート・マードック氏とともに、テレビ朝日の買収に動いたこともあった。プロ野球のダイエー・ホークスも手に入れた。
中国の電子商取引最大手アリババへの投資は、一時10兆円の含み益をもたらしたと言われる。最近では約1兆8000億円で米携帯電話大手スプリントを買収している。
こうした過去の例と比べても、アーム買収はケタはずれで、遠大な発想に基づく。しかも、決断まで2週間だったというから驚く。孫氏自身も「私の人生の中で最もエキサイティングな出来事だ」というほどだ。
ソフトバンクは昨年度の連結売上高が9兆円を超えた。日本ではイオンやパナソニックを上回って8番目だ。それでも、世界と未来を見据え、高い成長を追い続けている。
アーム買収の成否がはっきりするのは相当先になる。だが、現状に安住しないチャレンジ精神と広い経営の視野には参考にすべき点もあるだろう。