得も損もない言葉たち。

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日常を1マスすすむ。

あなたのクスッとをください。

さずかるもの 【ショートショート】


いつの時代も、超人的な力を発揮する者は存在する。



鏡を使って、吉凶を占う者。
スプーンを自由自在に曲げる者。
聴くものすべてを快楽にさせる歌声をもつ者。
100メートルを、驚きの速さで駆け抜ける者。


人間には、それぞれ得意な能力が備わっているが、中には常軌を逸した能力が芽生える人もいる。

ただ、それはどのタイミングで誰に宿るのかは神のみぞ知ることだ。



ふとした瞬間に、生きている世界が変わる。
いままで無かった感覚が体のなかを駆け巡る。
目を開くと、割れんばかりの歓声。

気持ちいいだろう。


わたしは35歳になるが、
超人的な能力が芽を出さない。


これかなって思えるものはある。
極度の大食いだということ。


ただ、テレビに出られるほどのものではない。
周りから見たらの話だ。


配偶者はしっかり存在する。
大学生時代の同期だが、その頃から食事になると呆れきった顔でこちらを見つめる。

「ほんとに、よく食べるなぁ」

いつも言われる。

当たり前だ。これがわたしの幸せなのだから。



おぇ!



それは、ある日の夕食に突然やってきた。

いつもは、美味しい料理たちを、わたしの体が寄せ付けないのだ。

嘔吐感。


においも、今日は刺激が強い。
食べ物を視界にも入れたくない。

なのに、お腹はすく。
グーグーなるが、においを嗅ぐと吐き気がする。


こんなに辛いことはない。
どんなに嫌なことがあっても、
ごはんを楽しみに乗り越えてきた。
それを取り上げられてしまったのだ。


それ以降、わたしの日常は少しずつ変わっていった。


鼻が異常にきくのだ。


配偶者が、家に近づくと、
そのスーツのにおいがしてくる。
我が家の愛犬よりも反応がはやい。

隣の県で花火大会があったら、火薬のにおいが家でもする。


チーズや、納豆みたいな、
大好きだった食べ物は鼻がおかしくなる。
我が家では、配偶者も食べることを禁じた。


毎晩、わたしは泣いた。
絶望的だ。


食べることが生きがいのわたしから、
喜びを奪い取られたのだ。


食べられるのは、水を液体化させたゼリーのようなもの。
それでも、都会の水だと臭くて食べられない。
田舎の両親が送ってくれる川の水がいい。



こんなわたしに、この先どんな希望があるというのだ。


警察に協力をしてやろうか。
警察犬よりもわたしのほうが鼻がきく。
麻薬の密輸も防げるし、指名手配犯だって追える。

スーパーヒーローだ。
生活は大きく変わるだろう。
いろんな人に感謝され、たくさんの名声を得るだろう。

だけど、それでどうなる。
おいしいものも食べられないのに、幸せなんてないじゃないか。

いっそ、この世を離れてしまおうか。






ーーーーーーーー




「神様。どうやらこの者は、せっかく神様が授けた超人的能力のせいで死のうと考えているようです。なんということでしょう。『嗅覚の発達』という、使い方次第で多くの人を幸せにできる能力を得たというのに」


「しばし、どうするか考えようではないか」



雲の上では、会議が行われました。





ーーーーーーーー




変な夢をみた。
神様がどうとか、能力がどうとか。
とにかく、わたしの嗅覚のことを話していた夢だ。

うわぁ、また食べ物のにおいがする。

キッチンへ行くと、
旦那が、今日はお粥を作ってくれていた。


「これぐらいのものなら、食べれるかなって思ってね」


水でダメなのに、お粥が食べれるわけがないと思ったが、今日はそこまで気にならなかったので食べれた。


さらには、
旦那が食べているハムエッグも少しもらった。
においは気になるが、美味しく感じられた。

久しぶりの幸せを感じた。

どうなっているのだろう。


箸を足元に落とした時に、
下を向いて驚いた。


わたしのお腹が大きくなっている。
時おり、中で何かが動いている。


なんということだ、
わたしは一晩のうちに妊娠していたのだ。
いや、ずっと前から授かっていたのかもしれない。


嗅覚の発達は、つわりから来るものだったのか。
そういうことだったのか。


その後すぐに、産婦人科へ行った。
そして、家族ができたことを旦那に伝えた。


彼はすごく不思議がったが、同時に喜んだ。
わたしたちには、子供がいなかったからだ。


ひとつ、生きる意味が生まれた気がしてくる。
そうと決まったら、もっと栄養をつけておいしい物を食べよう。


ーーーーーーーー



「神様、彼女はこれでよかったのでしょうか」


「あぁ、いいんだよ。超人的な能力を持つことが、必ずしもその者の幸せには繋がるわけじゃない。だから、いつもこの『嗅覚の発達』を拒む者には、『幸せに生きる』ための命を授けているのさ」


「次の人を探しますか」


「しばらくは、また様子を見ようではないか」


雲の上では、今日も超人的能力を授けるための会議が続いている。


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