何かと話題の憲法改正。
けれどもこれがわかりづらいと思っている方も、多いのではないでしょうか。
特に9条は複雑怪奇で、その解釈は憲法学者の特権事項のようになっています。
「それでいいのか」という問題意識に駆られた私は、憲法を勉強して、主な論点と代表的解釈をまとめてみることにしました。
しかし、この作業が眠たい。憲法学って、神学論争みたいで退屈です。
そこで、中江兆民『三酔人経綸問答』に習って、3人の酔っ払いが登場する対談形式にしてみました。(中江の著作に出てくる3名とは、大きく思想・立場が異なります)。
第1回のテーマは、「戦争放棄って?」です。
登場人物紹介
・洋学紳士:東京帝国大学卒業、フランスにも留学した超エリート。順風満帆な学者人生を送ろうとしていたが、太平洋戦争が開戦。戦地に送られ、軍隊では自分より学歴の低い上等兵に散々に虐められる。「畜生・・・こんな阿呆に何でこの俺が殴られなければならないんだ」。この経験から、戦争は絶対反対という立場をとるようになった。
・東洋豪傑君:大東亜共栄圏の理想に燃え、戦争中は第一線で果敢に戦った血の気の多い男。日本国敗戦の報を、涙を流しながら聞く。「畜生・・・何でアメ公に押し付けられた憲法に、誇り高い日本国民が従わねばならんのだ」。とはいえ、出来てしまったものは仕方がない。自主憲法制定を目指しながらも、今の9条の下で日本を護らなければという思いに駆られている。
・南原先生:3人の中では1番年下の知識人。戦争の事は幼かったのでほとんど記憶にないが、あの戦争は間違っていたと思う。やっぱり平和が一番と思うが、今度はアメリカとソ連が仲悪そうだ。どうやら「戦争反対!」と叫んでいても、平和は訪れなさそうなので、9条を柔軟に解釈しなければと考えている。
「戦争放棄」って?
日本国憲法第9条は第1項では、「戦争放棄」が謳われています。これはわかりやすそうでいて、難しい。「戦争」といっても色々あるのです。
第2章 戦争の放棄
①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
洋学紳士:さて、これから日本国憲法について話すわけだけれども、それにしても素晴らしい憲法だと思う。この憲法は永久に護っていかなければならないね。
東洋豪傑君:貴様、何を言っている。こんなアメ公から押し付けられた憲法を素晴らしいと言うなんて、全く馬鹿げている。さては共産党員だな。お前のような売国奴は、ソビエトに帰れ!
南原先生:まぁまぁ落ち着いて。私たちは立場は違うけれど、3人とも日本人。日本のためを考えている点では共通です。その上で違う点は違うと認めながら、建設的な話し合いをしましょう。
洋学紳士:その通り。さて、まず9条の第1項だけれども、「国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使」を永久に放棄すると言っている。つまりどんな戦争も許さないと言っているんだ。全く、世界に誇れる先進的な憲法だね。
東洋豪傑君:いやいや、待て待て。これは全ての戦争を放棄してるんじゃない。確かに、領土拡大を目的にした侵略戦争はダメだろう。しかし、他国から攻められた時に自国を守る「自衛戦争」は放棄していないはずだ。また、やられたらやり返す「報復戦争」も当然許される。
洋学紳士:君のような人間が、「自衛戦争」だの何だのと大義名分を掲げて戦争に突入するんだ。そうやって言い訳をしながら、中国などのアジアの国々を侵略したんだろう。一度、南京に行って、中国人に謝罪してくればいい。
東洋豪傑君:聞き捨てならん。あれは、「大東亜共栄圏」を築くための聖戦だったのだ。中国人などアジアの同胞のためを思って行った、正義の戦争だ。
南原先生:歴史の解釈は置いておきましょう、憲法が話題ですから・・・洋学紳士さん、自衛戦争がダメということは、他の国から攻められたらどうするの?
洋学紳士:そんな事は、今の平和な時代にはありえない。戦争の前に、対話に基づいた外交をするべきだ。
南原先生:仮定の話です。現に、お隣朝鮮では戦争がありましたし、アメリカとソ連の対立も激化しています。何があるかわかりません。
洋学紳士:んー、そういう仮定ならば、非暴力・無抵抗を貫くべきだろう。防衛中とは言っても、殺人は殺人だ。悪である事には変わりない。
東洋豪傑君:だから貴様は何を言っているのだ?国滅びるのを座して待てというのか?
洋学紳士:日本は世界史的役割を持っているんだ。国が滅んだとしても、絶対平和を貫いた国家として歴史に残るはずだ。我々はその実験国になればいい。
東洋豪傑君:呆れた、本気で言っているのか。この「美しい国」を滅ぼすとは、やはりお前はソ連の手先のようだな。
南原先生:まぁまぁ、レッテル貼りはやめましょう。うーん、私は、東洋豪傑君さんの言う「自衛戦争」は違憲だけれども、「自衛権の行使」は許されると思います。
東洋豪傑君:何を詭弁を使っているのだ?「自衛戦争」と「自衛権の行使」の何が違うのだ?
南原先生:「自衛戦争」も立派な戦争ですし、第1項でやっぱり放棄されていると思います。僕の言う「自衛権の行使」とは、それにしっかりと制限をかけるというものです。①現実に日本が攻撃されていて、②他に手段がなくて、③それが必要最小限ならば、実力を行使してもいいと思います。
洋学紳士:いやいや、だから日本国憲法は全ての戦争を放棄しているんだよ。たとえ制限をしたとしても、戦争は戦争だ。
南原先生:憲法13条を読んでみてください。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を守るって書いてあるでしょう。つまり、国民の生命を護らなきゃいけない。憲法はそもそも国民を守るものなんです。外国が来ても何もしないっていう東洋紳士さんの意見は、これと矛盾しているように思います。
解題
やはり、南原先生の立場がかなりわかりづらくなってしまいましたが、それぞれ酔っ払い3名は、以下の立場を代表しています。
●洋学紳士・・・日本国憲法は、侵略戦争はもちろんのこと、自衛戦争も放棄している。
●東洋豪傑君・・・日本国憲法は、侵略戦争を放棄しているだけ。自衛戦争は当然許される。
●南原先生・・・日本国憲法は、侵略戦争と自衛戦争どちらも放棄している。ただし、国民の生命を守るため、必要最低限の実力の行使は認められる(政府の立場ならびに憲法学のマジョリティ)
次回・・・いつになるかわかりませんが、「自衛隊は違憲か」というテーマでやろうと思います。