大阪府泉佐野市の「犬鳴山納涼カーニバル」では、夏の風物詩として川に金魚を放流して参加者にすくい取らせるというイベントが行われているそうです。
2016年7月、このイベントを問題視する声がtwitterを中心に挙がり、実際に主催者に指摘や問い合わせ等を行った方が現れ、結果的に今年の金魚放流が中止になる……ということがありました。
僕の感想は「川に金魚を放流する? 外来生物問題が取りざたされる現代で、そんなとんでもないイベントがまだ行われていたんだな」というものでしたが、どうも「金魚を放流して何が悪い」「伝統ある行事を中止させるなんて」という反応の方も多くいらっしゃった様子です。
本エントリでは、この案件を題材として、以下の大きく2点について考えてみたいと思います。
- 「なぜ金魚を放流してはいけないのか?」という外来生物問題
- webでの炎上がイベント中止に繋がる、クレームにかかわる問題
事態の経緯
日付 | できごと | URL |
---|---|---|
7月14日頃 | twitterに、当該イベントのポスター画像が貼られ、問題視する声が高まる。これを見た方が、主催である泉佐野市観光協会や泉佐野市に電話で問い合わせ・苦情・問題点指摘を行う | 泉佐野市「犬鳴山納涼カーニバルの金魚放流」についてのつぶやきまとめ - Togetterまとめ |
7月15日早朝 | 主催者:観光協会が「金魚の放流の中止」を決定、facebookおよびtwitterで発表。なおイベント自体は行われ、金魚は来場者への配布という形をとることに。 | https://twitter.com/Kanko_Izumisano/status/753921302507950080 |
7月15日夜 | webメディア媒体のねとらぼが記事に。本記事はニコニコニュースやmixiニュースなどでも配信され、話題を呼んだ模様。 | 「虐待でしかない」 30年以上開催されている“金魚放流イベント”で物議、開催地の泉佐野市に聞いた - ねとらぼ |
7月15日夜 | 同じくwebメディア、Buzzfeed日本版が記事に。 | 金魚8000匹放流イベントは動物虐待? 担当者「すべて捕まえるので問題ない」 |
7月15日夜 | 悪名高きまとめサイト「ハムスター速報」もこれに便乗し、記事を作成。 | はてなブックマーク - 泉佐野市で40年行われている金魚放流祭りがネットで問題視される:ハムスター速報 |
7月18日頃まで、各記事コメント欄等で盛んに議論が続いていた印象です。
このイベントは、自然河川に金魚を直接放流し、子供ら参加者に網ですくってもらう……という内容です。主催側によると「30年以上続いていている」一方、過去にも外来生物問題として指摘された経緯があるようです。今年は8,000尾の放流を予定しており、過去のイベントの記事では1万尾を放流していたことも。
泉佐野市観光協会Facebookページ
続いて、外来生物問題としての金魚の放流の是非を考えてみましょう。
外来生物問題としての金魚の放流
「なぜ、金魚を放流してはいけないのか?」
一言で言えば、「そこに昔からいたいきものが困るから」です。
現在、「他所から持ってきたいきものを自然環境に放してはいけない」ことは、だいぶ広まってきているかと思います。ここでは、金魚を例として「なぜいけないのか?」を考えてみたいと思います。
まずは、環境省による外来生物に関する説明ページから解説画像をみてみましょう。
続いて、twitterなどでとても可愛らしくわかりやすいいきもの絵を描いておられるツク之助 さん、外来生物に関する著書もあるさくま功さんの画像をここで紹介します。
「いきものを逃がしちゃいけないワケ・改」 pic.twitter.com/CBV1yuzCti
— ツク之助◆博物ふぇすC13&14 (@tukunosuke) 2016年7月12日
あ、前に出したまま反応薄くて放置していたこれ、ツク之助さんのと表裏にすればいいのか?ひょっとして。 pic.twitter.com/KzBp3srSUX
— さくま功(文と企画ほか) (@Biz_Sakuma) 2016年7月16日
これらを踏まえて、金魚について考えてみましょう。大きく2つの理由があります。
- 金魚が他のいきものに病気を移してしまうかもしれないよ
観賞魚、特に金魚は高密度で飼育されることが多く、魚や他のいきものに悪影響を及ぼす病気を持っている危険性があります。実際、放流した魚によって病気が流行した事例*1があります。
- 本来いなかった金魚を放すことで、どのような問題が起きるのかすべてはわからないよ
たとえば、金魚が他のいきもの――水草や小さな虫など――を食べることで、それらを餌にしていた他のいきものと競争になってしまうかもしれません。また、よく目立ち動きも早くない金魚はサギなどの鳥に食べられるでしょうが、本来それらの鳥が食べていたものが増えてしまうかもしれません。自然の中のいきものは複雑に関係しており、そこに本来いなかったいきものが入ることで、どのような影響が起こるかわからないのです。
おおもとの考え方としてわかっていただきたいのは、多くの生き物が相互に関係性を保っている「生態系」というのは、現在の状況になるまで長い時間をかけてつくられてきたものだ、ということです。そして、何かの拍子にバランスが崩れたとき、それを元の状態に戻すことはできない*2のです。
「なぜいきものを放していけないのか?」という問いは、「今まで長い時間をかけてつくられてきたものを、人間の都合で改変していいのか?(いやよくない)」という問いでもあるのです。
また「生態系サービス」という概念があります。
「生態系や自然、種や遺伝子には未知の部分が多く、難病の特効薬や食糧難の解決など、これから人間のために活用できるものがたくさんあるはずだ。だから、今ある自然環境をできるかぎり大切に保全しておこう」というものです。ある意味人間中心の考え方ではありますが、「元からある自然環境を保全しよう」という結論は同じです。
放流を容認、あるいは賛成する意見に対して
さて、いろいろな意見を見ていくうち、「別に放流してもいいだろ」という放流賛成・容認派とも呼ぶような層があることに気づきました。代表的なものをピックアップしてみましたので、これらについて考えてみましょう。
- 30年も続いてるんだから既に生態系は壊れてる(金魚を含んだものになっている)だろ
→確かに、何年も放流が続いていれば、放流する前の状況とは既に変わっていることが予測されます。しかし、放流はそのたびに環境悪化リスクを生じるものですし、見える影響ばかりが生じるわけではありません。既に完全な状態ではないからとはいえ、リスクがあることを続けることが容認されるわけではありません。ゴミが既に落ちている道端だからといって、ポイ捨てが容認されないのと同様です。始めてしまっていたことについては、一年でも早く止めることが解決策のひとつです。
- ブラックバスと違って金魚は魚を食べないし、影響はない
- どうせ全部死ぬか食われるかするだろうし(全部下流で回収するし)影響はない
→川に棲んでいるのは魚だけではありません。また病気の感染源という観点からは、個体を回収しようと放流した時点で既に環境を悪化させていることになります。
- 金魚はフナだから放しても影響はない
→金魚は元々、フナの仲間を品種改良してつくられた観賞魚です*3。しかし日本には在来フナが複数種類おり、こうした近縁種の魚が放されることで交雑してしまうという別のリスクがあります。
- 人間だって自然の一部なんだから、人間がやること(放流)で生態系が変わってもそれも自然の一部
→「自然」という言葉を拡大解釈しています。人間はヒトといういち動物種であると同時に、その知能・技術による自然環境への影響力は他の生物種と比べ物にならないくらい大きいものです。ヒトは、自然の一部であることを自覚しながら、自らを含む生態系への影響を抑えつつ暮らしていかなければならないと僕は思っています。
- イベントを批判するなら調査して影響がないことを調べてから反対しろ
→検証の主体が逆です。本来は、放流する側が、調査結果や有識者への相談などの根拠を揃えて「影響がないと思われる」と検証しなければなりません。また「金魚の放流」という点で既に悪影響は容易に予測されるため、なお放流しようと思うのであれば、これら指摘に対して答えるべきでしょう。
炎上…「金魚を放流すべきでない」という問題点指摘に批判が集まった理由
さて、本件は「川に金魚を放すのはよくないよ」という話だけでは済みませんでした。電話で本イベントに関する苦情・問題点指摘を行った側に対する批判も多く見られたのです。イベントを批判した側をシーシェパードやグリーンピース、動物愛護団体、果てはなぜかIS(イスラミック・ステート、テロ組織のイスラム国)になぞらえて批判する方まで現れました。
これは、「苦情を受けてイベントが中止になった」という関係性を取り上げ、ネット発の炎上によるスクラム……すなわち「声の大きなクレーマーが祭りを中止に追い込んだ」ということに対する反発なのではと考えられます。
心当たりのひとつとして、webで炎上しやすい話題のひとつである「過剰な動物愛護」があります。今回はwebメディアで取り上げられた際の記事タイトルが「虐待」であり、そうした反発を引き寄せやすかったのではないかと推察します。
実際には、イベントの問題点は外来生物の移入・放流による生態系への影響という観点が主であり、「金魚への虐待」というのは論点のごく一部でした。それを殊更に取り上げたため、煽られて「またクレーマーか」といった反応を呼んでしまったのではと考えます。
今回は、社会的に正当性のある(と僕のようないきもの好きは認識している)指摘だったと思いますが、特に興味のない方からは「まーたイチャモンつけてるよ」と思われかねない流れ……というか、実際にそう思われていたように感じます。
環境を悪化させる行為を止めたという点では、結果的に中止という判断に至ったのはよかったと思いますが、同様のイベントにこうした圧力を加えることがよいことだとは思いません。あくまで問題点の指摘に留め、主催側の判断を待つべきでしょう。
例えば、僕の話です。
僕が小学生だった20年以上前には、札幌市内の豊平川にヤマメとニジマスを放流し、釣り大会が行われていました。毎年夏、当日の朝放流して昼からの開始です。当然、上下流に仕切りなんてありませんでしたし、全部の魚が釣り切られるわけでもないから、残りはそのまんまです。かなりの数が残ったでしょう。今のご時勢では絶対続けられない類のイベントです。
外来生物や放流に対する考え方はこの20年で大きく変わり、北海道では外来種の放流・放逐に対する罰則付きの条例ができたりもしています(ニジマスは対象外になったとはいえ)。20年前に普通に行われていたことが、学術的知見の積み重ねや問題意識の広まりによって新たに問題視されることは往々にしてあるのです。こうしたイベントも、社会的な要請や価値観で変わらざるを得ないのだなと思います。
放流の中止という判断――イベント主催側の対応について
ねとらぼの記事では、「このイベントは30年以上前から行われている」「既に生態系などに関する質問を数件もらっているものの、30年以上続いているこのイベントにこれほどの意見をもらうのは初めて」という主催者側の意見が紹介されています。
最初にこの話を聞いたとき、僕は「まだこんなことやってるの!?」と思いました。
正直なところ、人口10万人を数える泉佐野市ほどの規模の自治体で、「金魚放流」なんてイベントが20年以上も続いてたのには、驚きを隠せません。内部や参加者などから「これ放流して大丈夫なの?」という声が挙がらなかったのでしょうか?
一方で、地方自治体の環境行政担当者では、30年以上続いているイベントの問題点を指摘するのも難しいかな、と半ば諦めのように理解できる気持ちもありました。
実際、放流に関する問題点が指摘されたのは今回が初めてではないらしく、それを認識しながらも続けられたきたと考えられます。
ガタコオヤジ 38k(@mairin13813)/2010年07月16日 - Twilog(2010年の問い合わせに関するつぶやき)
そういう意味では、いかに反対意見の数が集まったとはいえ、イベント前日に「放流中止」の判断を行うのはとても困難なことだったと思います。そのご英断に、僕は敬意を表したいです。
僕には、中止の判断に至った詳しい経緯がわかりません。「以前から内部でも問題視する声があり、外部からの苦情でそれが表面化した」のか、「ただネットで炎上したからとりあえず中止した」のかはわからないのです。
僕が望むのは、主催者である観光協会内や市役所担当課内で「放流イベントの何が問題だったのか」「なぜ抗議が来たのか」「どういったイベントなら環境に配慮しつつ楽しんでもらえるか」……といった建設的な話が進むことです。
夏に川に入って魚を捕るの、楽しいですよね。まだ慣れてない子供が、目立つ金魚を追いかけて網でばちゃばちゃやるのは微笑ましいですし、子供にとってもとても楽しい体験になると思います。それでも、やってはいけないラインは存在します。涼しげで楽しいイベントに、ついでに川のいきものや環境について学べるようなイベントにするにはどうしたらいいのか、考えてみていただけると嬉しいなと思います。
金魚を放流しなくても魚捕り体験はできますし*4、ゴムチューブやライフジャケットを用いた川流れ体験みたいなのをしてみてもいいでしょう。こうしたイベントをきっかけに、川に親しみ、いきもの好きになってくれる子供たちが増えることを強く望んでいます。
以下、補足など
「○○はどうなんだ」について
本記事では、あくまで「観賞魚である金魚を自然河川に放流すること」という事例に対しての解説を試みたものです。外来生物にかかわる問題としてよく出てくるお話である「野菜だって人間がつくったものだろ」「ニジマスの放流はいいのか」「人間だって外来種だ」などは、それぞれ答えが異なる層の問題になります。
ここですべてを説明することはできません。ご了承ください。
魚類の放流に関するガイドラインについて
日本では古くから「放流はいいこと」とされ、アユやヤマメ、コイなどの放流が積極的に行われてきた歴史的経緯があります。他方、生態学的観点から「他の地域の魚を放流すること」の問題点が広まってきており、数十年前のように軽々しく放流が行われることは少なくなってきたと言えます。
僕が小学生だった20年以上前、市内の川にヤマメやニジマスを大量に放流し釣らせる釣り大会が毎年開催されていました。
生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン(日本魚類学会・2004年)では、こうした保全目的の放流を絶対的に否定はしないものの、放流に関わる生物多様性に対する問題点として以下を挙げ、注意喚起を行っています。
- 生息に適さない環境に放流した場合には,放流個体が短期間のうちに死滅するだけに終わる
- 在来集団・他種・群集に生態学的負荷(捕食,競合,病気・寄生虫の伝染など)を与える.ひいては生態系に不可逆的な負荷を与えうる
- 在来の近縁種と交雑する.その結果,遺伝・形態・生態的に変化し,地域環境への対象種の適応度が下がる.交雑個体に稔性がない場合には,直接的に在来・放流両集団の縮小につながる
- 在来の同種集団が,遺伝的多様性(※3)が小さい,あるいは在来集団と異なる遺伝的性質をもつ放流個体と混合したり,置き換わることにより,地域環境への適応度が下がる
その他の観点(環境教育の場として)
本イベントは、子供に自然と触れ合う機会をつくる環境教育の場としても見ることができます。企画・主催側にそういった意図があるのかは不明ですが、「池や水槽の中にいる金魚を自然の川に放してもいい、と思わせてしまう」という観点から、環境教育としては悪手だと考えます。
上記「放流の中止という判断」でも述べたように、この機会を活かし、より広く川といきものに親しんでもらえるイベントになることを望んでいます。僕も、自分が住んでいる町で、子供を川で遊ばせたり魚を一緒につかまえるイベントに携わっています。
参考文献など
- 作者: 川道美枝子,堂本暁子,岩槻邦男
- 出版社/メーカー: 築地書館
- 発売日: 2001/12
- メディア: 単行本
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本ブログで外来生物について取り上げた記事です。
*1:農林水産省/コイヘルペスウイルス病に関するQ&Aや、農林水産省/レッドマウス病の発生及び今後の防疫対応など
*2:不可逆、という言葉を使います
*3:大陸原産のギベリオブナが原種であるとの説をはじめ、諸説あり:ナーフー(その2) - 湿地帯中毒
*4:土地勘がないので、魚種や安全面からこの川のこの場所でできるかどうかの判断までは僕にはできませんが……