「負けた時の周囲の反応は、当然大きいだろうなとも思っています。ただこれ、将棋の手を決めるのと同じようなところがあるんですよ。この先どういう局面になるかわからないけど、とりあえず、先に手を選ばなきゃいけないという。正しいのか、メリットがあるのか、やってみないとわからない」
欲の強さが大事。そういう思いが強くなってきた
若手に負けが込むようになった今、30年の棋士人生で一つの分岐点を迎えている。そこには年齢を重ねて来るにつれ、強くなったこんな思いがある。
「欲は大事ですよね。勝ちたい気持ちはもちろんあります。ただ、強く思わないほうがいい結果に結びつくことを経験則で知っている。それも、欲と言えば欲なんですね……」
すると、意外な話を始めた。
「去年、『(松岡)修造カレンダー』がすごく売れたじゃないですか。何でだろうって考えてみたんです。やっぱり、自分も含めて日本人は、強い自我とか気持ちを前面に出すことが弱いんですよ。自分で欲を抑えてしまって、持ってる力を発揮しきれない。
日本人のメンタルの欠けてる部分をあのカレンダーは補っている。結局、最後の最後、何で決まるのかと言ったら、自我の強さとか、欲の強さみたいなものが大事なんじゃないかなと。そういう思いは、若い頃より強くなってきました」
真剣に話すと一転、こう言って楽しそうに笑い転げた。
「ただ、今からどんなに頑張っても、松岡さんみたいにはなれないですけどね。もう、今さら」
強い者と闘うことに意味は要らない。欲のないコンピュータに、欲の強くなった羽生が挑む。羽生がコンピュータを打ち負かすところを見てみたい。
「週刊現代」2016年7月23日・30日合併号より