石田純一氏の出馬宣言で損害賠償請求をした企業は正しい

2016年07月19日 06:49

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7月14日に告知日を迎え、東京都知事選挙が始まった。候補者は21人と多数の出馬が報じられているが、主要候補としては小池百合子氏、与党公認の増田寛也氏、そして野党統一候補として鳥越俊太郎氏の3人があげられる。

すでに立候補を取り下げてしまったが、今回の都知事選で3候補を上回って異常なまでに注目を浴びた候補は石田純一氏だ。

■どの候補よりも注目を浴びた石田純一氏。

都知事選はすでにメディアで多数の報道がなされているが、数日前にはタレントの石田純一氏の存在が他を圧倒していた。テレビを見ていない人は気づいていないと思うが、情報バラエティ番組では他の候補者全てを合わせたより何倍も長い時間を使って注目候補として取り上げられていた。
しかし、出馬によりCMが流せなくなることで数千万円の損害賠償請求を受けていると石田氏本人の口から語られ、結果的にそれが原因で立候補を取りやめることになったようだ。

「東京都知事選への出馬を示唆したタレント、石田純一(62)が9日、大阪市内で講演を行った後に取材に応じ、出演しているテレビCMの差し替えによる損害賠償を求められていることを明らかにした。」
石田純一、CM差し替えで賠償請求「数千万とか。天文学的数字」 産経ニュース 2016/07/10

立候補取りやめについては石田氏のスタンスを支持する人から、なぜお金の問題になるのか、与党からの妨害ではないのか、立候補で損害賠償なんておかしい、どこの企業がそんな事をしているのか、と批判の声が多数上がった。

脳科学者の茂木健一郎氏も石田氏が受けた損害賠償請求について以下のようにコメントをした。

「公職の選挙に出るときは、このような違約金の対象外になるという社会的ルールを確立すべき。」
茂木健一郎氏 公式ツイッターアカウントより 2016/07/10

支持者にとっては腹が立つ話だとは思うが、もし茂木氏が主張するようなルールが認められたらどうなるか。これは野党支持者にとっては最も許せない憲法違反となる。「財産権」の侵害を公式に認めることになるからだ。そして財産権の話を別にしても、このようなルールが出来てしまえば芸能人は一切広告にもドラマにも出演出来なくなる可能性がある。

■出馬宣言で企業に損害が発生する理由。

財産権はざっくりと説明すれば憲法で認められた基本的人権の一部だ。一言で言えば、誰も誰かの財産を侵害できない、ということになる。
今回石田氏が出馬宣言をすることでドラマやCMの放送が一時的に中止されたが、これは嫌がらせでも与党の妨害でもなく、テレビ局は放送の中立性を法律で求められている。都知事選では最初に挙げた3人が主要候補としてテレビでは報じられているが、その他の候補も必ず合わせて名前が表示される。選挙報道では公平中立である事が求められているからだ。

結果的に石田氏に出馬の可能性があれば、特定の候補が有利になってしまうためCMや各種番組は放送中止せざるを得ない。ドラマの再放送中止で損害賠償が成り立つとは思えないが、CMの放送が突然出来なくなった企業は、旅館や飲食店が当日にキャンセルを受けたのと同じように、広告枠について満額の支払いをTV局から求められてもおかしくない。CMの放送一回分だけで数千万円になることは考えにくいが、一定期間の放送枠を企業が押さえていればそれが全てパーになってしまう。CMの制作費もそれなりの額がかかっているだろう。

結果として企業は放送中止の原因を作った当事者である石田氏に損失の補償を求める、ということになってしまう。もちろん、それが正当な請求かどうかは契約内容次第、そして争いになれば裁判次第となるが、石田氏の責任がゼロということは考えにくい。石田氏が立候補をする事は誰にも止められないが、その責任を本人が背負うのは当然ということになる。

※今回は立候補を取りやめたことで損害は一部に限定されたと思われるが、石田氏が口にした数千万円という損害賠償は出馬した場合なのか出馬宣言をした時点での話なのか、詳細については語られていない。
※立候補ではなく立候補のをほのめかした時点でのCM放送中止は妥当だったか疑問は残るが、これは企業とテレビ局の間の話であり、石田氏と企業間の争いとはまた別の問題となる。いずれにせよ企業にほとんど責任の無い状況で損害が発生している事は間違いない。

■企業の損失は個人が負担する。

企業が損失を受けることについて、テレビCMを流せるくらいの大手企業ならちょっとくらいの損は我慢しろと思われているフシもあるが、社運をかけて大金を投じてCMを流し利益を得るはずが、コストすら回収できなくなれば大損が発生する。その損は「企業」という実態の無いモノが負担するのではなく、株主・経営者・社員と「個人」が全ての損失を負担することになる。
石田氏の支持者が気分的に納得できないことは分からないでもないが、財産権は基本的人権の一部であり、安易に財産権の侵害を認めるようなことになれば誰も安心して自分の資産を貯めることが出来なくなる。これは自殺した場所によって遺族が賃貸アパートの家主や鉄道会社から損害賠償請求を受ける状況と似ている。損害賠償をする側もされる側も困っているという状況だ。

蛇足になるが、本来であれば契約には守秘義務が伴う。損害賠償請求を受けていると明かしたことについても、今後石田氏に不利に働く可能性があるかもしれない。少なくともクライアントである企業の心象を極めて強く害したことは間違いない。

たとえば実費の負担で済んでいたところが、逸失利益(いっしつりえき・CM放送によって得られたはずの利益)まで請求されるなど、自分自身を追い込んだ可能性すらある。そもそも出馬宣言をする時点で誰かアドバイスをする人はいなかったのか、なんとも残念としか言いようが無い。

■企業はタレントの「出馬リスク」を意識するようになる。

そんな話はおかしいと、茂木氏が主張するように立候補による損害賠償が認められなくなれば企業や広告代理店はどうするか。言うまでも無く、過去にほんのわずかでも政治的な発言をした芸能人を政治に興味がある、つまり「出馬リスク」があるとして広告から徹底的に排除することになるだろう。
広告起用時には過去のテレビ番組やブログ、ツイッター、フェイスブック、雑誌などすべての言動がチェックされ、例えば「若い人は選挙に行くべき」程度の発言でもリスクとして認識されるようになるに違いない。

企業は宣伝広告に数億円、数十億円、大企業ならば数百億円から数千億円の資金を投じる。それがある日突然、起用した芸能人の不用意な出馬宣言でパーになるリスクを考えればそれくらいの対応は当然ということになるだろう。結果的に採用する側がそのような対応を取れば、芸能人は政治的発言が一切出来なくなる。

あるいはテレビCMは立候補が絶対に出来ない動物や未成年のタレント、アニメキャラクターだらけといった奇妙な状況になる可能性もある。つまり損害賠償を認めないという主張はかえって芸能人の政治活動を狭めてしまう危険な提案ということになる。

茂木氏の提案が実現するまでもなく今回の石田氏の行動により、企業のリスク管理としてタレントの「出馬リスク」を広告の制作時に織り込むことは常識となるかもしれない。そうなればタレントの政治的発言の自粛は現実のものとなるだろう。

■ベッキー騒動でも批難された企業の損害賠償請求。

今年1月にはベッキーさんの不倫騒動でも、CMの放映を中止せざるをえなかった企業が損害賠償請求をした事について、企業を非難する声があがり、不買運動をすべきだとの意見まで散見された。しかし、企業の損失はそこで働く人の損失でもある。事前に出馬の可能性を聞いていない以上、企業は何も悪いことをしていないのに被害を受けた、つまりとばっちりを受けた被害者としか言いようが無い。
そしてとばっちりを受けた上に最低限の権利である損害賠償まで批難をされたらたまったものではないだろう。企業の対応を非難している人は自身の勤務先のCMでベッキーさんや石田氏と同じことが起きた時にどう感じるか、どんな被害を受けるか、もっと想像力を働かせるべきだ。

石田氏の出馬とその取りやめについては、一体何をやりたかったのか?と馬鹿にされている状況だが、政治活動をする事についてはなんら反対するものでは無い。結果的に石田氏の目指していた野党統一候補となった鳥越氏を始め、今回準備万端で選挙に臨む主要候補は一人としていない。

勢いで出馬表明をした石田氏をバカに出来る候補はいないだろう。石田氏が本気で都知事を(あるいは政治家を)目指すのなら、次の都知事選を見据えてコツコツと準備をすれば良い。前都知事の舛添氏も二回目の都知事選挑戦で当選をした。

ただ、せっかくの期待を裏切らないためにも利害関係者には話を通しておくべきであることは言うまでもない。

今回の出馬騒動で最大の問題は、石田氏の出馬宣言でもその取りやめでもなく、被害を受けた企業の正当な権利行使である損害賠償請求へのトンチンカンな批判であることは間違いない。

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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

追記

本文で言及した茂木健一郎氏よりコメントを頂いたので、コメントとその返信を追記します。

以下、茂木氏へのツイッター上での回答です。

筆者です。コメント頂いたので回答を。言いたい事は分かりますが、金銭補償がされても「ぜひ石田さんに当社のCMに出て欲しい」という期待を裏切って、放送も出来なくなるわけです。そういう契約違反はまともな対応ですか?

政治活動が経済活動より偉いと自分は思いません。どちらも重要です。茂木さんには釈迦に説法だと思いますが、こういった問題が起きる背景は選挙報道で公平性という縛りがあるわけで、その背景には放送局が極端に少ない独占性という問題もあるわけで。

せっかくコメントされるのであればそこまで切り込んで頂ければ、多数のフォロワーの方にもなぜこんな問題が起きるのか理解出来るはずです。(企業が)何の責任も無く被害を受けた上に一方的に悪者扱いされるようでは、フェアな批判ではありません。

茂木さんは制度の問題だと理解していますが、多くの人は企業が悪いと勘違いします。結果的にすでに報じられている様に一切余計な事を発言するな、といった対応を取らざるを得なくなります。せっかくなので問題の本質をえぐったコメントを期待します。

※()内は転載時に付け足しました。

回答にある余計な発言をするな、という報道は以下のとおりです。

石田の所属事務所は「11日の会見をもちまして、今後一切、政治に関する発言はできなくなりました」と説明。CMなどのスポンサー契約やテレビのレギュラー番組がある限り、政治問題に携わることは難しいという。
【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない スポーツ報知 2016/07/15

中嶋 よしふみ
ファイナンシャルプランナー シェアーズカフェ・オンライン編集長

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